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伍 マヨネーズを狙う者

 講習の後、栄斗からの飯の誘いを断り、俺は隣町まで来ていた。神楽は面倒臭いと言って星影に残っている。誰のために俺がこんなところまで足を伸ばしていると思っているんだか。バスの中で食べたおにぎりのゴミを公園のゴミ箱に捨てようとすると、ゴミ箱の枠に陣取ったカラスが睨んできた。米の粘りしか残ってないし、米が残ってたとしてもおまえにはやらないぞ。俺がゴミ片手に睨み返してやると、カラスの目つきが悪くなった。羽を逆立てて完全に戦闘態勢である。このまま俺にゴミを捨てさせないつもりなのだろうか。それとも隙を見てこのツナマヨとチーズおかかの袋を奪い取ろうというのか。


「晃一さん、お待たせしました」


 烏天狗のお面をした青年がやって来た。紫苑が顕現した姿であり翼も隠しているが、やはりあのお面は怪しすぎる。あまり一緒に歩きたくないが、何もない所を見て話しているよりは怪しく見えないだろう。俺が。


「美味しいおにぎりでした。やはりツナマヨは至高の具ですね。鶏マヨも美味しかったです」


 バスと並走して来た夕立がお面付き紫苑になった時にコンビニの袋を渡したのだが、ものを食べるにはお面を取る必要がある。取ると姿が見えなくなり人前で食べられないため、公園の茂みでこっそりと食べて来たらしい。神様であっても味覚はカラスなのか、顕現した状態で一緒に買い出しに行った際、悩む間もなくマヨネーズの入ったものをカゴに入れたのを俺はしっかり見ていた。そしてこの感想である。


 ゴミを捨てようとゴミ箱を見ている紫苑に気が付いたのか、俺を睨んでいたカラスがそちらを向く。謎のお面野郎登場に少し驚いた素振りを見せたものの、戦闘態勢は崩さない。俺が持っているゴミよりもマヨネーズの匂いが強いからか先程よりも目がぎらついている。対する紫苑はというと、カラスの睨みを気にすることもなくゴミを突っ込む。


「カア、クワア」


 ゴミが手から離れる瞬間、マヨネーズがほんの少しだけくっ付いて残ってしまったおにぎりの袋へカラスが嘴を伸ばす。


「戯け!」


 そして紫苑に鉄拳制裁された。食べ物を得ようとしただけなのに殴るとは一体このお面野郎は何なのだ、と言わんばかりにカラスが紫苑を睨む。


「人の残りを漁ることでしか食物を得られないのですか、そのような生き方ばかりしていては貴方のためになりません。野鳥なのであれば自分の食事は自分で用意すべきです。しかし、どうしても獲物が手に入らない、そのような時は致し方ないでしょう」


 許されたと思ったのかカラスが再び鶏マヨの袋へ嘴を伸ばす。


「この痴れ者が!」


 そして再び鉄拳制裁された。


「人の話は最後まで聞きなさい。貴方は普段からこのゴミ箱で食物を得ているのでしょう、そうでしょう。見れば分かるのですよ、そこに貼ってあるカラス注意の写真は貴方のものなのですから」


 カラスに注意をしているお面男の近くにいると俺まで変な人だと思われてしまいそうだったので少し距離を取った。周りの視線など気にせずに紫苑はさらにまくし立てる。


「常日頃からこのような行いを繰り返すとはなんて汚い生き方をしているのでしょう。カラスの風上にも置けない不届き者です。見ているこちらが恥ずかしくなるので、金輪際やめていただきたいのですがよろしいでしょうか。……ふう」


 お面で表情は見えないが、おそらくやりきったというドヤ顔をしているのだろう。言われたカラスは困ったように尻込みをして飛び去って行った。


「おや晃一さん、なぜそのような遠い場所にいらっしゃるのですか? こちらへ来て下さい、晃一さんもゴミを捨てるのでしょう?」


 公園にいた人々が視線を紫苑から俺へ移す。……帰りたい……。





 昨日は惨殺されるカラスを見て具合を悪くしたというのに、自分は己のプライドが許さない下劣なカラスをあれほどまでに制裁するというのか。かなり痛そうだったぞ、あのカラス。


「紫苑様、頼むから顕現してる状態でああいうことしないでくれるか」

「ああいうこととは? 私、何か晃一さんが気を悪くされるようなことをしてしまったのでしょうか」

「……もういいよ。お、ここか」


 目の前に現れた鎮守の森を見付けて立ち止まる。妖が離れていても本体からは同じ気配がするらしいので、神社の鈴を片っ端から調べて神楽の妖力を感じるものを探せばいいということだ。気の遠くなる作業だが、仕事なので仕方がない。今回は依頼主が神ではなく妖なので翡翠の力が発動するとは思えない。ということは自力で探すしかないということだ。


「あったあった、これが本殿の鈴だな。お参りするときに鳴らすやつ」

「妖力は感じられませんね。付喪神にすらなっていないのでしょう」

「空振りか……」


 これをあと何回繰り返せばいいのだろう。一社目にして既に気力を失いそうな俺は、この先の仕事の安泰を願って賽銭を投げ込む。二礼二拍一礼をして横を見ると紫苑の姿がない。まさかはぐれたのだろうか。先程まで隣にいてはぐれるだろうか。いや、真面目に見えて案外天然なアイツならあり得なくはない。


 ざわざわと木々が鳴り、生ぬるい風が俺の頬を撫でた。田舎の寂れた無人神社に一人きりにはしないで欲しい。


「紫苑様ぁ」


 本殿の周りをぐるりと回って戻ると、賽銭箱の前に紫苑が立っていた。


「おい、どこ行ってたんだ」

「申し訳ありません。こちらの神使を見付けたので少々お話を伺おうと思ったのですが、追い駆けっこになってしまいまして」

「話は聞けたのか?」

「えぇ。どうやらこの稲荷神社、見かけこそ残念ですが、古いものではないそうなのです。物が付喪神となるには少なくとも百年は必要です」

「じゃあ、百年以上歴史のある神社に絞って探せばいいのか」


 紫苑がジャケットの内ポケットから手帳を取り出してドヤ顔になる。お面をしているから、ドヤ顔になったように見えたと言った方が正しいかもしれない。


「狐のみなさんが教えて下さった、近隣の神社の中で百年以上前からあるものをメモしてあります。もう一度探しましょう、晃一さん」










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