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弐 感じる視線

 数学、国語、日本史の夏期講習を終え、帰路に着こうとした俺は背後から呼び止められた。振り向くと、栄斗と、俺の腐れ縁幼馴染二号の美幸(みゆき)、そしてその親友の日和(ひより)が並んで立っていた。三者三様ににやにやと笑っている。何か企んでいるのだろうか。


「何だよ」


 さっさと帰って今日の復習がしたいので、少し不機嫌そうな色を声に滲ませて訊く。すると、反比例するように栄斗の顔がぱあっと輝いた。


「晃一、昼飯一緒に食おうぜ!」

「えっ、やだ」

「こーちゃん、そんなこと言わないでよ」

「何で」

「朝日君、学校の近くに新しいお店ができたんだって。みんなで行こうよ」

「……そこまで言うなら」


 今断ると後々面倒臭いことになりそうだ。三人もの敵を作るのは良策ではない。


 四人で連れ立って歩いて行くと、校門の所で待っていた夕立が小首を傾げた。


「お姉様達とお出掛けですか」


 夕立の言うお姉様とは日和のことで、彼女の飼っているインコが主人をオネエチャンと呼ぶことに起因する。


「では、お帰りの際に場所をお知らせ下さい。私はもう一度、陽一郎(よういちろう)さんの所へ行って参りますので」


 陽一郎さんというのは日和のお隣に住むおじいさんだ。鳥好きの優しいおじいさんだが、曰くオオワシを手懐けただとか、ヒグマと戦って勝っただとか、畑にやって来るエゾシカを身一つで追い払っただとか、真偽不明の武勇伝を持つ別名ブナ林のボスである。


 呼べば答える神出鬼没のカラスは一声「かあ」と鳴いて飛び立った。


「あれ、今の夕立じゃない? 朝日君懐かれてるんだね」


 四人で歩くと自然に二人ずつに分かれてしまう。元気いっぱいに歩く栄斗と美幸の後を日和と並んで歩き出すと、開口一番そう言われた。懐かれているのとは少し違うが、とりあえず頷いておく。


「夕立はかっこいいよねぇ。あんなのとは大違い」


 日和の視線の先にはゴミステーションがあり、今朝の燃やせるゴミの残りがないかとうろうろする数羽のカラスがいた。


「この前のゴミの日にゴミ袋持って外に出たらさ、お隣のおじいちゃんちの庭にいた夕立と目が合ったの。あー、これ狙われるのかなー、とか思ったんだけど、ゴミ袋には目もくれずに『かあ』って挨拶して来たんだよね。やっぱりスーパー真面目紳士だなあ」


 日和による夕立べた褒めはいつものことだ。ノーインコ・ノーライフな日和にとって、その友人であるアイツは他のカラスとは一線を画した存在であるらしかった。


「ここよ!」


 美幸が立ち止まる。汚れなど知らなさそうな外観は確かに店が新しいものであると物語っているようだ。煉瓦の壁で、赤・白・緑のトリコロールの旗が掲げられている。


「美食家(あけぼの)美幸がおすすめする、美味しいイタリアンよ」


 いつから美食家になんてなったんだ。


 店内に入ると、陽気なラテンミュージックが流れていた。気さくそうな店員のお姉さんに案内され、俺達は席に着く。変な視線を感じたような気もするが、おそらく気のせいだろう。


 メニューを開くと長期フェア開催中の文字が躍るページが目に入った。『祝・北海道新幹線開業! 今ならコースビュッフェを特別価格で!』とある。星影市は道南に位置していて、名前の雰囲気こそ似ているものの北斗市とはやや離れている。実を言うと新幹線の恩恵は全くと言っていいほど受けていない。


 特別価格だとしても高校生のお昼ご飯にするにはやや値が張る。やめておこう。


「晃一と東雲(しののめ)ちゃんは何にするか決まった?」


 もう一冊のメニューを見ていた栄斗と美幸がこちらを見ている。


「俺は決まったけど……、日和は?」

「うん、決めた」


 「すいませーん」と栄斗が手を挙げると、これまた気さくそうな、日に焼けたお兄さんがやって来た。


「えーと、これと……これと……あと、これと……」


 栄斗が全員分注文している間、することもないのでお冷をちびちび飲んでいたら誰かに肩を叩かれた。おかしい。俺達が座っているのは角の席で、俺は壁を背にしている。そして横の日和は右にいるのだから、左肩を叩けるはずがない。


 何かいる。先程感じた視線が気のせいではないということか。


 再び肩を叩かれる。振り向いてはいけない。こういう時に振り向くのは馬鹿のすることだ。だんまりを決め込んでお冷をちびちびやっている間に注文が終わったらしく、店員のお兄さんが注文を復唱し、眩しい笑顔で厨房へ向かう。その背を見て、俺は息を呑む。口に含んでいた水があらぬ域へと侵攻を始めた。


「うっ……げほっ……」


 やばい。気管に入る……。


「朝日君っ!? 大丈夫!?」

「こーちゃん!」

「どうしたんだ晃一!!」


 スポーツマンのような角刈りだったお兄さんが長髪になっていた。長い長い後ろ髪を引き摺って歩いている。咳き込みながらその後ろ姿を見ていると、後ろ髪がずるりとお兄さんの頭から落ちた。それにも驚きだが、一番の驚きは長い毛の中から覗く赤い瞳が俺を捉えたことだろう。










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