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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

辻斬りあやし

作者: 伊燈秋良

 享保十二年。江戸幕府誕生から百年が経過した日本の安寧と発展の下、人々は活気付いていた。

 しかしそれで活気付くのは商人達であって、以前はその力を示していた武士は、誇示すべき戦場(ばしょ)を失ってからは、嘗ての先祖の功績と肩書きを頼りに生きるのが精一杯だった。特に領地の少ない下級武士は、副業で傘でも作っておかねば暮らす事が出来ない。


 下級武士である坂堂宗兵衛(はんどうそうべえ)もそうだった。長屋の広さは百姓のそれと殆ど変わらない。城に仕事に出てもする事は管理職の一片をし、上級・中級武士の態度を伺いながらひたすら媚び諂う毎日だった。出世しようと勤しんでも、その階級の性で疎んじられて無理なのが現状だった。ただひたすら、持てる暇を費やして鍛錬に勤しむのが毎日だった。


 太陽が傾き、夕日が城下町を包む頃。宗兵衛は行きつけの茶屋で晩酌をしていた。一合の酒と、茹で蛸と鮪の刺身を肴に、今日の疲れを吐き出していた。酔いも少し効いて来た頃で、近くの町人の男二人の会話が耳に届いた。


「――なあ聞いたか? また辻斬りがあったってよ」

「またか? 何回目だ?」

「四回目だ。飛脚が急いで夜ん中走ってて斬られたらしい」

「同心は何をしてるんだよ……さっさとひっ捕らえてくれないものかね。これじゃあ夜中に出歩けねぇよ」

「というか、役人が外出を許してないからな」

「はっ、違いねぇ……ひっくっ……」




 その日は思った以上に溜め込んでいたのだろうか、宗兵衛は三合も酒を飲んでしまっていた。その性か気が付けば夜も深まっていた。しかたなく提灯を買って町から離れた長屋へと帰路に着いていた。提灯が放つ朧気な灯りで、足下と少し先の暗闇を照らし出しながら歩いていると、前方に赤い何かが浮かび上がった。


「何だ?」


 宗兵衛は咄嗟に右手の提灯を眼前にまで掲げ、左手を腰に差した刀に乗せて鯉口を切る。赤はおぼつかない足音を出しながら、ゆっくりと宗兵衛に近寄って行く。提灯の光が届く範囲にまで近づいて浮かび上がったのは――赤い着物を着た町娘だった。


「其方……灯りを持たず、こんな所に何故いる?」


 夜間の外出は、提灯の携帯は必須である。しかも町から離れたこの道を、普通の町娘がいるのはおかしかった。更に言えば、町娘の足取りはおぼつかず、首は傾き、目線もはっきりとしていなかった。正気を疑うその風体に、宗兵衛は町娘を警戒した。そして警戒は的中した。町娘の背後に隠れた右手から、あやしい光が煌めいた。


「刀……!? なるほど、連日の辻斬りは其方の仕業か。ならば」


 そうでなくても状況的に立ち向かうしかないと判断した宗兵衛は、右手の提灯を捨て、意を決して抜刀する。

 落ちた提灯は地面とぶつかり倒れ、中の魚油が零れて提灯に引火した。大きく燃え上がる提灯は先程よりも巨大で強烈な光を発しながら激しく燃え上がる。

 娘は引き摺る様に持っていた刀を両手に持ち上げた。刀は正面に出た事で炎の光に照らされ、より一層妖艶な、あやしい光を映し出す。息を吞む程の煌めきに、一瞬こそ宗兵衛は見とれてしまった。


 その瞬間、町娘の一刀が頭上から襲い掛かる。


「なんと!?」


 咄嗟に宗兵衛は刀を担ぐ様にして防御した。そのまま一気に娘の横を通り抜けて距離を取った。

 再度構え直して対峙する宗兵衛。またもや上段から切り掛かる町娘。冷静に宗兵衛は、がら空きとなった動体目掛けて刀を振り抜いた。接近する勢いと刀の勢いがぶつかり合い、宗兵衛の真横を通って背後から少し先まで進んだ町娘は、腹から血を噴き出しながら地面へと倒れ込んだ。宗兵衛は娘と向き合い、刀を振って血脂を払う。


「このままではこちらが辻斬りと勘違いされそうだな。どう説明しようか……――?」


 今後について考える中、宗兵衛の意識と目線はあるものへと釘付けになった。それは町娘が手にしていた、先程の刀だった。町娘が持っているのがおかしい刀へと、宗兵衛は歩み寄って取り上げる。背後で燃えるさかる提灯の炎によって、刀身は照らされあやしく光る。

 その何とも言えない、妖艶で美しいあやしな光に、宗兵衛の意識は、心は。堕ちる様に吸い寄せられていった――。




 ◇




 その日、夜も深まった町外れを町民源太(げんた)は、提灯を持って駆け足で帰っていた。彼が急ぐ理由は二つある。


 一つは辻斬り。昨日、友人と茶屋で酒を飲んでいた時に、飛脚が辻斬りに殺されたという話を聞いたその日に、またもや辻斬りが行われたのだ。場所こそは現在地とは違うが、殺されたのは赤い着物を着た町娘だという。もしや次は自分が辻斬りの下手人の餌食になるのではという恐怖があったからだ。


 二つ目は同心。そもそも源太がこんな夜中に出歩いていたのは、趣味である博打に行っていたからである。博打は禁じられている。その為人目に付かない様に行って帰る必要がある。しかし辻斬りによって同心は、下手人を捕まえる為に増員として岡っ引きだけでなく、火盗改までも動かしたのだ。


 本来ならば博打には尚更行くべきではないのだが、連日から行けなかった事もあってか我慢の限界だった。しかし危険を冒して来たかいもあってか、本日は連勝する事が出来た。しかしその連勝の性で熱が入ってしまい、帰る時間が遅くなってしまった。懐には小判が何枚もあるこんな状態で見付かっては意味がない。曲がり角を曲がってもう少しで長屋に到着しそうになった時、目の前に人影が現れた。


「うわったって……えと、あぁ、その、その、すまねぇっ!! 飲んでたら寝ちまってて、気が付いたら、その……」


 同心等と勘違いした源太は、勢い余って呂律が回らない口調で良い訳を言い出し始める。しかし相手は、これといった反応をして来ない。


「ん……あんた……どうしたんだ?」

「ぅぅ……」


 唸り声の様な小さな声を上げながら人影は――武士の様な格好の男が、おぼつかない足取りで源太へと近づいて行く。その右手には、あやしく光る刀が握られていた。

ロボばかりですけど、たまには趣向を変えてみたり。やっぱシリアスしか書けないのは相変わらず。

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