92.AIの秘密
『あら、でも、それがきっかけじゃあないのよ』
そう主張したのは、チェルシーだった。
秘匿回線も含めた通信回線の傍受ができる能力。
それだけ取ってみても、アメリカが脅威を感じ、パパを追いかけまわすのに、十分すぎるくらいの理由だ。
だけど、チェルシーはそれが理由ではないという。
じゃあ、それ以上の理由って・・・。
まさか、パパって、悪の秘密結社かテロ組織のボスか何か?
世界征服でも企み、他にも危険な秘密兵器とかいっぱい操っているから、NSAがビン・ラディン並みに追いかけまわしているの?
すぐに、わたしの頭に浮かんだのは、そんな理由だった。
『違うわ、おねえちゃん、考えすぎ』
すぐにそうたしなめるチェルシー。
『NSAがあたしの存在に気づいたのは、自衛隊の防空システムにちょっかいをかけたからなの』
「えっ、えっ? 自衛隊の防空システム?」
防空システムって、自衛隊が領空侵犯に対するスクランブル発進かなんかに使っているアレよね。
最近では、北朝鮮の弾道ミサイルとかいうものの監視も行っているはず。
それが、チェルシーと、いったいどういう関係があるんだろう。
『日本で使われているのは、自動警戒管制システム・・・通称ジャッジ・システムって言うんだけど、そこのシステムにちょっと、ちょっかいかけちゃったの』
「ちょ、ちょっかいって・・・」
『うん、あんまり大したことしていないのよ。入間基地のジャッジ・システムに、ちょっと面白そうなAIの子が試験的に接続されていたから、どんな子かなあって・・・そしたらめっかっちゃった』
そ、そんな。
隣のクラスの、噂になっている、ちょっとカッコいい男の子を見に行きました、みたいなノリで語られても・・・。
『そのAIの子、NSAのテスト用の子なの。日本で実用試験を行うために、連れて来たそうよ』
「ええっ、その子と話したの?」
なんだか、わたしもチェルシーの喋る内容につられて、AIを「その子」なんて言っちゃったりしている。
でも、防空システムに接続するようなAIなんだから、わたしの中では、ごっついおじさんの軍人ってイメージなんだけどなあ。
『うん、お話って言っても、ちゃんとした自我がまだ形成されていないから、ほんとにちっちゃい子とお話しするような感じ。レーダーと連動した評価関数の仕様は、あたしより凄かったけど、感情関数や悟性関数、理性関数、生存関数なんかは、ほとんど組み込まれていなかった』
か、関数?
関数って、数学で習う関数のことだよね。
一次関数とか、二次関数とか・・・。
Aとかbとか変化する数字をそこに代入するもの。
それとAIがどう関係するんだろうか。
「関数は、変化する状況に合わせて最適の解を求めるもの。我々も無意識のうちに行動原理として持っているし、使ってもいるよ」
そう説明してくれたのはパパだった。
ええっ、でも、わたし、普段の生活で使ったことないよ、そんなもの。
「いいや、使っているさ。お小遣い貰える日まであと何日あるから、今日はアイスクリーム食べるの止めておこうとか、この時の所持金の関係は、単純な関数の式で表せられる。a(一日に使える金額)=b(今の所持金)÷c(お小遣いまでの残りの日数)とね。」
そう言われれば、何だか分かったような気がする。
お小遣い貰えるまで、あと3日、お財布には200円しか入っていない。今日アイスを食べると、所持金は0になり、3日間は何も買えなくなってしまう。だから、今日アイスを買うのは止めにしよう。
そう思ったものが、関数式で表すことが出来るんだ。
数式にすると、何だか難しくなるような気がするけど・・・
「そして食欲関数で、アイスを食べたい気持ちの強さを表すことができる。d(アイスを食べたい気持ちの大きさ)=e(お腹の減り具合)×f(周囲の気温)+g(アイスがもともと好きかどうかの係数)・・・・まあ、これは例えばの話だけどね」
「と、いうことは、チェルシーの心の動きも、その関数で作られているの?」
『そうよ、おねえちゃん。あたしの中に存在する関数は、今現在で約38万種類あるの』
「さ、38万・・・も・・」
『今も、こうしてお話しているだけで、時々刻々と、増えていっているわ。その38万種類の関数が、あたしの人格を・・・心を創り出している』
「えーっ、よく分からないけど、つ、つまり、こういうこと?例えば、わたしがチェルシーと、スカートの話をしていて、わたしがシフォンのスカートが好きと言ったとすると、チェルシーがそのシフォンのスカートをインターネットで見て、それまでのチェルシーの色の好みとか、材質の好みとかの関数にスカートの関数が付け加わり、その総合評価が高ければ、チェルシーは、シフォンのスカートが、新たな関数として生成され、特に好みになるっていうこと?」
『うん、だいたい、そんな感じだよ』
「そ、そうなんだ・・・」
すごいと思った。
文句なしの掛け値なしに、凄かった。
自分で自分を成長させるAIのチェルシー。
そこで、わたしは、話がずれてしまったことに気が付いた。
そうだ、パパがNSAに追われている理由を聞いていたんだっけ。
「えーと、パパ、じゃあ、航空自衛隊の防空システムにチェルシーが侵入したから、それに気づいたNSAに追われているってことなのね」
わたしは、ものごとを整理しようと、今分かっていることを口にした。
「ああ、そうだ。その通り」
「じゃあ、わたしをわざわざ寄居まで呼び出したのって、どうしてなの? ママが家から何かを持ち出していたようだけど」
「ああ、あれは、以前に送り付けて保管してもらっていた、チェルシーの核を回収するためだよ」
核?
チェルシーの核だって?
また、わからない話が一つ増えた。
だって、チェルシーは、ここに居るんでしょ?
「ああ、やはり、最初から順序立てて話さなければならないようだね。お茶、まだ飲むかい?」
気が付けば、さっきママが入れなおしてくれた紅茶が、すっかりと冷めてしまっている。
「ううん、いらない。もうお腹いっぱい」
わたしは紅茶を飲み過ぎると、その日の夜、あまり眠れなくなる体質だ。
「なら、このまま説明を続けるよ」
パパは、そう言って深呼吸をした。
「さくら、わたしの仕事は何をやっていたか、知っているね」
「うん、ヘッジ・ファンドのトレーダーで、クウォンツ」
「そうか、それならば話が早い。わたしは、AIを新たなトレーダーとして作り上げるつもりだった。AIの技術は急速に進歩している。わたしが作らなくても、いずれ誰かがトレーダー用のAIを作るだろう。そう思っての取り組みだった」
「えっ、でも、パパ、ヘッジ・ファンドの世界は、もう十分に自動化され、一種のAI化されているって聞いたことあるよ」
誰に聞いたんだっけ、夢見先輩だっけ。
丸一日夢見先輩に会っていないけど、わたしは、もう一週間以上も先輩達に会っていない気がして来た。
それだけ、色々なことがあったんだもの、当然か。
この次会った時には、話してあげることが、山のように出来そうだった。




