89.チェルシー現る
「あなた、そろそろ、チェルシーのこと、紹介してあげなきゃ」
「ああ、そうだ。そうだったな」
ママの言葉に、パパが返答する。
チェルシー。
さっき、ママの口から聞いた名前。
わたしの妹だという。
妹。
会いたい。
会ってみたい。
どんな子なんだろう。
わたしと仲よくなれるかな。
不安と同時に、会いたい気持ちがぐぐっと強まって来る。
「パパ、早くチェルシーに会わせて」
わたしは、パパにせっついた。
どこにいるのだろう。
この屋敷に居るのだろうか。
居るとしたら二階なんだろうか。
きっと、恥ずかしがってなかなか出てこられないのかもしれない。
わたしは、まだ見ぬ妹のチェルシーに一刻も早く会いたかった。
いままで、兄弟も姉妹もいない一人っ子だったのだ。
それが自分と血のつながっている妹がいると思うと、いても立ってもいられないような気持だった。
「さくら、最初に一言、言っておくが、チェルシーは、さくらが考えているような存在とは、だいぶ違うよ」
またも、変なことを言うパパ。
「えっ? わたしが考えて居るような存在と違うって・・・・」
まさか、まさか、うんと小さくって、まだ赤ちゃんってことなの?
そう言えば、ママがさっき言っていたっけ、チェルシーはパパと大河原教授が面倒を見ているって。
赤ちゃんならば、面倒を見ているって言葉が当てはまる。
おむつを変えたり、ミルクをあげたり・・・・って・・・・。
いや、訂正。
わたしにはあの毛むくじゃらの大河原教授が、赤ちゃんにミルクをあげているシーンを想像することが出来なかった。
いい人らしいけれど、乳幼児の世話をするのには向いていない・・・と思う。
と、なると・・・・。
まさか、障害を持って生まれてきた子なの?
生まれつき、歩くことが出来ないとか、目が見えないとか、そんなことなのだろうか。
・・・でも、いい。
わたしと血のつながっている妹なのだ。
どんな障害があろうとも、わたしは仲よくしてあげられる。
わたしは密かにそう決心した。
「実はね、さくらは、もう、チェルシーに会っているんだ」
パパが耳からイヤホーンを外しながらそう言った。
「?????????????」
疑問符の羅列が、わたしの頭の中をかけめぐった。
もう会っているですって?
い、いったい、いつ、いつ、わたしがチェルシーに会ったの? へ、平成何年、何月何日、何時何十分、何十秒。
わたしがこの間会ったと言えば・・・・・・。
「ぎょ、ぎょえーーーーー」
わたしは、思わず車に轢かれたカエルみたいな悲鳴を上げた。
「ど、どうした、さくら、何をのけぞっているんだ」
わたしのリアクションに驚いたパパが駆け寄って来る。
「だ、だって・・・わたしが会った人って・・お、お、大河原教授」
わたしのその返答に、パパとママが大爆笑した。
そして、そのまま笑い転げてしまう。
「ひっひいーー、ちょ、ちょと、あんたぁぁ」
ママは笑いの発作に包まれて、まともに話すことが出来ない。
そっか、妹が大河原教授の訳ないよね。
だって、チェルシーの面倒を大河原教授が見ているって言っていたもの。
ママとパパの笑いの発作が収まるまで、わたしはゆっくりと紅茶を飲んだ。
もう、パパとママったら、そんなに笑うことないじゃない。
あれ?
この味って、渦巻先輩が前に入れてくれたなんとかという紅茶に似ている。
豪華なティーセットに似合いの味だった。
えーと、なんだっけ。
ハロッズだっけ。
「ごめーん、さくら。だって、あんたがあんまりおかしなことを言うもんだから」
ようやく、笑いの発作から解放されたママが、ハンカチで涙を拭いながら私に言った。
「でもママ、わたしがもうチェルシーに会っているって・・・いったい、いつ? 誰のことなの?」
ママはパパと顔を見合わせた。
これから驚かせてあげるとでも言いたげな表情。
「チェルシー、声を聞かせてあげて。もういいわよ」
ママがそう言ったとたんだった。
『こんにちは、お姉ちゃん。初めまして。チェルシーだよ』
はっきりとした、澄み通った声が聞こえた。
活発で、お茶目なとっても可愛らしい女の子の声。
その声はとても素敵で、わたしはいっぺんで好きになってしまった。
「えっ、チェルシーなの? どこ? どこにいるの?」
わたしは部屋の中を見回した。
でも部屋の中にはパパとママ以外に誰もいない。
『もう、パパとママったらひどいよ。ちゃあんと説明してくんなきゃ、お姉ちゃん、あたしのこと、分からないと思うよ』
その女の子の声は更に、どこからともなく部屋の中に響いた。
「ああ、そうだな、悪い悪い。でも、さくらの驚く顔が見たかったんでね」
『それって、悪趣味ぃーーー。あっ、ごめんね、お姉ちゃん。あたしはチェルシー。この家なの』
えっ?
えっ?
えっ?
この家?
今、自分のことを、この家って言った?
わたしの聞き間違いじゃあないよね。
この家って、どういうことなの?
「チェルシーはね、AIなのよ」
そう言ったのはママだった。
AI?
AIって、人工知能の事だっけ?
『そうよ。あたしは人の手によって作られた存在。パパや大河原先生が作ってくれたの。そして大学のスーパーコンピューターなど数千台のコンピューターをサーバー代わりにして、世界中と繋がっているわ』
それは、わたしがまったく想像もしていなかった答えだった。