69.セバスチャン、またまた大活躍
暗くてよく見えなかったけど、それは登おじさんではなかった。
登おじさんよりずっとずっと、大きかった。
その男は、危ういところでわたしの脇を掠めていく。
通り過ぎた瞬間に、わたしはその男の顔に何かが貼りついているのが見えた。
玄関の常夜灯の淡い光の中で見た物、それはセバスチャンの白い体だった。
セバちゃんが男の顔面に爪を立ててへばりついているのだ。
男の方はたまったものではない。
何に襲われたか分からないまま、玄関から飛び出そうとしているのだ。
ドゴーン。
物凄い音がした。
男が玄関の閉められた扉に激突したのだ。
その衝撃で、家全体が揺れた。
物凄く揺れた。
あちらこちらがミシミシと不気味な音を立てる。
そして、その衝突の衝撃で、セバちゃんが男の顔面からぽとりと落ちた。
「きゃ、セバちゃん」
玄関に激突した男は、顔面からセバスチャンが落ちたせいで、まともに目が見えるようになったのだろう、今度はものすごい勢いで玄関のドアを開け、外に飛び出した。
「セバちゃん、セバちゃん、大丈夫?」
その時になって、わたしはようやく電気をつけることを思いつく。
玄関のスイッチを付けると、目が痛いほどの光。
玄関のドアは大きく開け放たれ、どんどんと走りながら遠ざかっていく足音が聞こえる。
「きゃ、セバちゃん、セバちゃん、血まみれじゃない」
セバスチャンの白い毛並みは、血がべっとりと付いていた。
「大変、どうしよう」
わたしはセバちゃんを抱え上げた。
そして急いで居間に駆けこむ。
たしか、救急セットがあったはず。
わたしは、血まみれのセバちゃんをソファーに降ろすと、救急箱が置かれている棚に駆け寄った。
ゴン。
「痛い!」
わたしの足の小指が何かにぶつかったのだ。
見下ろすと、小さめ真っ黒なスーツケースが置かれていた。
こんなもの、ここに置いた覚えがない。
というか、家のものではない。
ぶつけたのは足の小指。
もう、信じられないぐらいに痛い。
でも、痛いと言っている場合じゃなかった。
わたしは、棚から救急箱を取り出すと、セバちゃんの元に戻った。
「セバちゃん、今、今治療するから、待っててね」
そう言ってセバちゃんを見ると、平気な顔をして体に付いた血の汚れを舐めとっている。
「セバちゃん、どこ? どこ怪我したの、見せて」
わたしはそう言いながら、セバスチャンの身体を持ち上げ、あちらこちら見た。
見た。
傷を探した。
・・・・でも、傷がない。
どこも怪我していない。
「・・・よかったぁ」
わたしは、思わず床にへたり込んでしまった。
けっこうな量の血だったのだ。
大怪我では済まないくらいの血。
それがセバちゃんのものではないことが分かり、わたしは心の底からほっとした。
気が付くと、床に点々と血の跡が付いている。
でも、セバちゃんは怪我一つしていない。
玄関で男の顔から振り落とされた時も、猫本来の本能で、うまくクルっと回って着地したのだろう。
・・・と、いうことは、この血は、侵入してきた謎の男の物に違いなかった。
おそらく、わたしが2階で寝ている時に、男が居間に侵入したのに違いない。そしてそれに気づいたセバちゃんが、思いっきり爪で男の顔を引っかいたのだ。
セバちゃんの体についた血や、床についている血の量から見ると、セバちゃんは相当な深手を男に与えたのに違いなかった。
・・・・外から、サイレンの音が聞こえる・・・。
と、その時だった。
「さくら、さくらちゃん、無事か!!」
居間に血相を変えて飛び込んできたのは、登おじさんだった。
「あっ、おじさん」
わたしは、呆けたようにおじさんの顔を見た。
「さくら、血、血が・・・やられたのか!」
おじさんの言葉に、自分の胸を見ると、白いパジャマにべっとりと血が付いている。
あっ、そうか、さっきセバちゃんを抱えたから・・・。
でも、おじさんは、わたしの呆けたような表情と、胸に付いた血ですっかり勘違いをしてしまった。
「きゅ、救急車、早く、救急車を!」
おじさんが玄関に向かって叫んだ。
ドタドタと足音がして、警官が顔を出す。
そして、直ぐにマイクを口に当てる。
「こちら毛呂山3、通報のあった家に、怪我人の女性がいます。至急、救急車の手配を」
えっ? 通報のあった家?
わたしは通報していない。
おじさんが通報したのだろうか。
居間の異変に私が気づいてからおじさんがかけ込んでくるまでに、時間にして10分もかかっていない。
いや、5分ぐらいだったかも・・・・。
その短い時間に誰かが通報したのだろうか。
「おじさん・・・」
おじさんはわたしに駆け寄り、肩をしっかりつかんだ。
「さくら、何も言うな。今、救急車を呼んだから、もう少し、もう少しの辛抱だ。気をしっかり持て」
ううっ、まるで私が今にも死ぬかのようなセリフ。
わたしは、おじさんの足元を指さした。
「おじさん、土足。おまわりさんも」
そう、慌てて家の中に駆けこんで来たおじさんとお巡りさんは、しっかりと土足だったのだ。




