65.アノニマに協力を頼む?
「ハッカー集団と言っても、ちょっと毛色が違う集団よ、いえ、正確に言うと集団とも言えないし、ハッカーとも違うわね」
夢見先輩の答えは謎めいていた。
「まさか、アノニマスに連絡をとると?」
そう言ったのは、謂越君。
えーと、アノニマスって誰だっけ。
何だか、名前だけは聞いたことがある気がする。
「アノニマスは尖った顎で八の字髭のマスクを被って現れるわ」
夢見先輩がそう言ったことで思い出した。
テレビのニュースか何かで見たんだっけ。
中世ヨーロッパの剣士みたいなちょっと気持ち悪い仮面を被った数人の男性達。
確か、ハッカー集団とかなんとか、テレビの解説では言っていたような気がする。
「アノニマスは、単なるハッカーとは違う。日本では違法行為を繰り返すハッカー集団とのイメージで報道されているけれどね。その実態はハクティビズムと称される思想にあるんだ」
そう言ったのは渦巻先輩。
いきなり分からない言葉が飛び出して来た。
積極行動主義という単語なら知っている。
こう見えても、英語は得意。
だって、ハーフの子が英語喋れないんじゃ、かっこ悪いもんね。
でも、ハクティビズムって、何かアクティビズムと関係がある言葉なのかしら。
「ハクティビズムは、積極行動主義とハックという単語を組み合わせた、現代思想の潮流の一つなんだ」
ハックという言葉も知っている。
コンピューターのソフトとハードのことを隅々まで知り尽くした人たちが行うエンジニアリング作業のこと。
ちなみに、ハッカーやハッキングという言葉もそこから来ているが、英語での正しい意味は、コンピューターに対してのエンジニアリングのこと。
日本ではハッカーはコンピューターへの侵入や改ざんなどを行う、悪意のある人たちのことを言うけれど、本来の英語はそれらのことをクラッキングと言う。
「世界中がインターネットで結ばれ、多種多様な情報の受発信が個人単位でも可能になった現代で、そのハクティビズム思想は自然発生的に生まれた。そう、誰かが音頭を取った訳でもなければ、どこかの組織が作り上げたものでもない」
うっ、ううっ、いきなり難しい話になってきた。
思想ですって?
哲学っていうんだっけ。
「ハクティビズムはある政治的な主張や行動をコンピューターなどの手段を通じて行うことを指すんだ」
「政治的・・・政治的って、自由主義とか共産主義とか、そんなことですか?」
政治って聞くととたんに敬遠しちゃうのはどうしてなんだろう。
政党同士の中傷合戦、非難合戦、揚げ足取りにスキャンダル暴露、贈収賄。
そんな言葉が頭をよぎる。
大人の、ドロドロとした陰湿な世界。
政治的というと、そんなことを連想してしまう。
若者が選挙離れをして、特に選挙権のある若い世代が選挙に行かないっていうのもそんなところだよね、きっと。
あのドロドロした世界に片足を突っ込みたくない。
大人のように薄汚れてしまいたくない。
そんな思いが選挙を敬遠しちゃうんだ。
「いや、ハクティビズムは旧来の政治的思想とはまったく関係ないんだ。ハクティビズムの思想の根底にある物は、自由。政府により抑圧されている人々の声を世界中に届けたり、その政府に抗議行動を行ったり・・・でもそれをどう表明し行動するかは、個人の自由に任されている。そして匿名はその中でも特にインターネットなどの電脳世界の自由を脅かす存在に激しく抵抗する」
なんだか、話を聞いていると、都合のいい政治演説みたい。
言っていることとやっていることが違う。
それは政治の世界ではいくらでもあること。
今朝も、テレビで安倍首相が経済対策は効果を上げつつあると言っていた。
でも、4年前には、2年で2%のインフラ目標を達成し、強い日本を取り戻すって言いきっていた。
もう、いいかげん経済政策は失敗でしたと言えばいいのに。
わたしは2歩くらい引き気味になった。
でも、不思議。
さっきまで渦巻先輩はアノニマスのことを、「扇動者や破滅者、虚無主義者、自己顕示者。間諜」が混じっているって言っていた。
でも、いまの言葉を聞くと、渦巻先輩自身はアノニマスのことを、本当は悪く思っていないみたい。
「でも、先輩、本当にそんな集団ってあるんですか?」
ゆかりが疑わしげに発言した。
何だか、新手の宗教勧誘に誘われたような顔をしている。
それは、わたしも同感。
「集団じゃあねえよ」
今度は謂越君が言った。
「アノニマスはインターネットという情報網で繋がった連中だ。リーダーや指導者はいない。誰かがこ何かをやろうと発案する。それに賛同した者達だけが行動を起こす」
「ええっ、それって・・・」
「そう。スレ板のパワーアップ形態のような物だぜ」
なんと言うべきなのだろうか。
例えば、2チャンネルの「最近、頭に来たこと」とかいうスレがあったとしたら、そこに書き込まれている「○○会社がブラックでよぉー」とかいう書き込みを見て、「ならば、○○会社のHPを、この会社はブラック企業ですってタイトルに改ざんことに賛成のヒトー」って出して、「あっ、オレ参加するわ」「おいどんも参加するでごわす」とか反応が返って来る。
そして、協力してHPの改ざんを行う。
そんな感じなんだろうか。
「彼らの特徴はコンピュータを自在に使えること。それだけが、彼らの唯一にして最大の武器だからな。連中は、今の世界の在り方に怒りを覚えていて、何とかこの、偏った、腐った世界の真実を暴き、まともな世界を取り戻そうとしている。国家権力の不都合な部分を暴くっていうことは、それなりに危険が伴うからな。そのため、徹底的に自分の身元は秘匿しようとする。幾つもの踏み台サーバーを経由してインターネットに繋がるため、お互いの顔も本名も知らない連中が大半だぜ。そのため名前も、匿名を意味するアノニマスなんだ」
謂越君の話で、アノニマスについて、いくらかイメージが掴めてきた。
国の政策に反対するには、デモという手段がある。
投票で、政策に反対する政党に票を入れる手段もある。
新聞などの「読者の声」に投稿して世論を動かすという方法もある。
いずれも、平和的な方法。
でも、それでも世界が変わらないのなら、いったいどんな方法があるのだろうか。
政府の言うことに逆らわず、見聞きした変なことを、見て見ぬふりをすることしかないのだろうか。
でも、アノニマスの手法は、2チャンネルのスレ版を一歩も二歩も先に進め、より積極的な直接行動を取っているという。
HPの改ざんなんか、嫌がらせといえば嫌がらせなのかもしれない。
でも、それすらもやらなければ、結局見てみぬふりをするのと一緒ということなのだろうか。
「アノニマスは、世界中で色々な事件というか、行動を起こしている。ミサイル発射に抗議して、北朝鮮のサイトをクラッキング攻撃したり、KKKの協力者の氏名をネットで公開したりしてね。そう言えば、日本も攻撃の対象になったこと、あったなぁ」
渦巻先輩が、思い出すように言った。
「ああ、それは、俺も覚えてまスッよ。違法ダウンロードの刑事罰化に抗議して、財務省や自民党、民主党などの公式ウェブサイトのサーバーをダウンさせたやつでしょ。どういう訳か、国交省の霞ヶ浦河川事務所のHPまで攻撃して、皆は何で霞ヶ浦? とか思ったんだけど、攻撃した本人が、後でツイッターで『やっぱ、日本語って難しい』とか出したんで、霞が関と霞ケ浦を間違えていたってオチがついたやつ」
うう、霞が関と霞ケ浦を間違えただなんて、笑っていいのだろうか。
でも、これで夢見先輩が行おうとしていることが、おぼろげながら理解することができた。




