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わたし達のデリバティブ・ウォーズ  作者: 摩利支天之火
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62.回転寿司にて

 「しかし、回転寿司とはいえ、寿司は、自分は久しぶりです」

 「そうか、食え、かっぱ巻きでもタコでも、好きな物、どんどん食っていいぞ」


 高杯達が案内されたのは、カウンター席ではなく、ボックス席である。

 店内は、夕食の時間帯ということもあるのだろうか、かなりの来客で喧噪も激しい。

 しかし、背の高い椅子のおかげで、高杯達の座るボックス席の限られた空間だけは、普通の声量で会話できる。


 「しかし、高杯さん、いったいどうしたんですか。さっき川角ではあんなに不機嫌だったのに、今は寿司を奢ってくれるなんて」


 西蔵は不思議そうに高杯に聞いた。

 川角の自衛隊の基地の中では、いまにも怒り狂うのではないかとハラハラしていたのが嘘のようである。


 「不機嫌だぁ? 誰がだよ」

 「高杯さんがですよ。あの沖場おきばとかいう若僧、言葉の端端に自分たちをガキ扱いしていましたからね。要は、俺たちの仕事の邪魔をせずに、お行儀よくしていなさいと言われたようなもんですからね」

 「ああ、そうだな」


 高杯は、西蔵の言葉に素直に同意した。


 「おっ、マグロだ。マグロが来た。やっぱり、江戸っ子はマグロに限るな」


 高杯はそう言ったくせに、手に取ったのはサーモンの皿とヤリイカの皿だった。

 西蔵も、つられてレーンに流れてきたハマチとネギトロを手に取る。

 そこで、高杯警部がどうにもさっきから様子がおかしいのは何故かと首をひねった。

 だが、いくら考えても、それらしきことに思い当ることはない。

 二人は、黙々と、取った皿の寿司を口に運んだ。


 「奴の階級章、気づいたか?」


 サーモンを口に頬張りながら、高杯は不意に西蔵に尋ねた。


 「階級? 沖場(おきば)のですか?」

 「当たり前だろう。空自の作業服を着ていたが、略章は胸の部分に付けられていただろうが」


 サーモンがまだ口に入っているせいで、高杯警部の声はモゴモゴしている。


 「いやあ、全然気が付きませんでした。自分は、あのワゴン車の中に気を取られていましたから。で、その階級章が、いったいどうしたんですか?」

 「お前は、本当に昼行燈(ひるあんどん)だな」


 昼行燈(ひるあんどん)などという言葉は、今はほとんど死語になっている。

 西蔵もそれがどういう意味なのか分からずに、戸惑ったような表情を顔に浮かべた。


 「沖場(おきば)の階級章、二本線に星1つだ」


 西蔵は、警察官の階級章の区別はつくが、同じ公務員でも自衛隊の階級章のことはよくわからない。

 西蔵は箸の手を休めて、高杯の顔をまじまじと見て、高杯の言葉を繰り返した。


 「えーと、二本線に星一つですか・・・」

 「馬鹿野郎、そのくらい常識問題だろうが。三佐だよ。三佐。沖場(おきば)の若造の階級は三佐だ」


 それでも、西蔵にはぴんと来なかった。


 「えーと、三佐というと、兵隊さんの位では、何にあたるので・・・」

 「馬鹿野郎。どこぞの画伯みたいなこと言ってんじゃねえや。三佐とは、少佐のことだ」

 「ええっ、しょ、少佐? あんな、大学出たてみたいな若造がですか?」


 高杯が指摘した沖場(おきば)の階級に、西蔵は心底、驚きの声を上げた。

 確かに、沖場(おきば)は20代そこそこのように見える。

 20代で佐官など、信じられない話である。

 もっとも、警察の階級に当てはめてみると、昨今はそうでもないが、ひと昔前のキャリア組であれば、20代で警視、警視正もいたと聞く。


 「防衛大だよ。防大卒の超エリートに決まってんだろうが」


 西蔵の心を見透かしたように高杯は言った。

 そして、顔をぐっと近づけ、声を更に落とす。


 「いいか、おれが気に食わねえのは、そんな超エリートの若造にガキ扱いの指図されたからじゃあねえ」

 「へっ? 違うんですか?」


 高杯の意外な言葉に、西蔵は素っ頓狂な声を上げた。


 「いいか、やつは空自の作業着に三佐の略章をしっかりと付けていやがった。あの場で自分はただの使いっ走りみたいなことを言っていやがったが、恐らく、あいつが現場責任者だ。なんでそんな直ぐにばれるような嘘をつくと思うんだ?」

 「さ、さあ、さっぱり分かりませんね・・・・俺たちなど、まったく眼中にない?って、ことですかね」


 西蔵はお手上げとでも言うかのように両手を上げた。


 「違うな。むしろ、あれは警告だ」

 「へっ? 警告? あのどこが警告っつうんですか?」


 西蔵は、ますます訳が分からないという顔をする。


 「いいか、考えても見ろ。俺たちは、頭ごなしに目前の獲物をかっ攫われようとしているんだ。普段の俺たちだったら、どう行動する?」

 「普段って、ほとんど高杯さんが決めているじゃあないですか。そりゃあ高杯さんは頭から湯気を立てて、相手より先に、自分で獲物を捕まえようとするでしょうね」

 「おうよ。お前、俺のこと分かってんじゃねえか」

 「高杯さんに褒められても、嬉しくもなんともありませんって。庁内では相棒殺しの高杯さんに、1年間自分がもったことに、驚きの声が上がっているんですから。一年も、がま・・・組んでいれば、高杯さんが何を考えているか、分かるってもんですって」

 「お前、今、我慢って言いそうにならなかったか?」

 「い、いえ、そんなことは」


 慌てて否定する西蔵。

 だが、高杯は別に気を悪くしている訳ではなさそうだった。


 「あの沖場(おきば)って若造は、中々やりやがる。わざわざ俺たちを空自の施設に呼んだのも、NSAの工作車を見せたのも、このヤマは米国政府と日本政府が動いているとはっきり分からせるためだった」

 「ええ、それは十分すぎるくらい感じましたよ。俺たちの出る幕はあるのかと思ってしまいました」


 高杯は、レーンからエンガワとネギトロ、そしてアジの握りの皿を立て続けに取った。

 そして、その皿をテーブルの上に並べる。


 「いいか、だが、沖場(おきば)は、俺たちがそれに反発する可能性を見抜いている」

 「でも、沖場(おきば)は、さっき俺たちに会ったばかりですよ。そこまで考えますかね、普通」

 「これまでにあいつに会ったことはない。会ったことはないが、俺たちの情報は十分にサーチしているはずだ。表向きも、裏の顔もな」

 「俺たちの副業を知っていると・・・」

 「ああ、恐らくな。その調査資料にどのようなことが書かれていたかは知らんが、おおよその見当は付く。命令を無視する反発者で、裏では容疑者から金を取って有利にさせる悪徳刑事といったところだろう」

 「・・・そんな、いくらなんでも、そこまでばれちゃいないでしょう」


 高杯は、西蔵の顔をまじまじと見た。


 「本当にそう思うか? 」

 「い、いや・・・でも」

 「もし、あの場で沖場(おきば)が地位をかさにきて頭ごなしに命令していたら、俺は反発し、あいつらに逆らっただろう。だが、沖場(おきば)は自分は単なる連絡役だと主張し、何も知らない坊やを演じた。その場での俺たちの反発の気勢を削いだんだ」

 「そういやあ。単なる連絡役にしては、自分達への指示は明確だった・・・」

 「そうとも。胸の略章、これはおそらくわざとだろう。後で、俺たちに気づかせるためのものだ。やつは、巧妙にその場での俺たちの反発を押さえた。反発はタイミングというものがあってな。それを過ぎると力を失っちまう。だが、俺たちが後でそれに気づくのも計算のうちだった。奴が最後に言った言葉、覚えているか?」

 「えーと、なにでしたっけ。宜しくでしたっけ」

 「自分達は、そんなヘマはしないと沖場(おきば)は言ったんだ。俺たちが八重山さくらの尾行に失敗したことを知っていやがった」

 「あっ、それって、そういう意味・・・・」


 高杯は、さっき取った寿司を立て続けに口にほおり込んだ。

 エンガワもネギトロもアジも一緒くたになっている。


 「俺が気に入らねえのは、J・Jを横取りされることじゃあねえ。沖場(おきば)の手の中で踊らされるのが気に食わねえんだよ」


 高杯は、やっぱり怒りまくっていたのだった。


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