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わたし達のデリバティブ・ウォーズ  作者: 摩利支天之火
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4.部活動見学

「ねえねえ、チェリーはどの部から廻る?」


高校初日は午前で終わりだった。

初日だけあって、授業はない。

担任の先生からの各種注意事項とクラスの自己紹介、それだけで午前中いっぱいかかってしまった。

本当なら、ここで家に帰ってもいいのだけど、わたし達はお昼ご飯の時間を少し伸ばして、気になる部をめぐることに決めたのだった。


「ええとね、お料理部から行こうかな、やっぱり、お菓子よ、お菓子。これは外せないわ」

「お料理部ねえ、いいね、それ。あたしは検定部かな、ほら、資格取っておくとあとあと就職の時に有利でしょ」

「就職って・・・すごーい。もうそんなことまで考えているんだ」

「うん、だって、あたし大学に行かずに、さっさと就職して、貯金一杯するんだもん。貯金よ、貯金」

「ふーん、何か目標があって貯めるの?」

「うん、一応ね。でも内緒」

「ひどーい。親友のわたしにも言えないの」

「うん、だって、ほら、願い事は人に言わないで胸の奥にしまっておくべしって言うじゃない」


そんな話をしながら、わたしたちは文化部の入っている教室のエリアにやってきた。

ここは、軒並み料理部だの写真部だのが並んでいる一画である。

でも、ちょうどお昼時ということもあってか、廊下にはだれもいないし、部の戸も閉まっている。

閑散として静まり返っているって感じ。


「あれ、みんなお昼休みで、どこかに食べに行っているのかな」


わたしは試しに「料理部」と書かれた部室の部屋をノックしてみた。

・・・・

・・・・

返事がない。


「やっぱり、居ないんだ」


料理部とあるからには、きっとお昼ご飯は自分達で作って食べているのではとの希望的観測がもろくも崩れてしまう。


「ふいーん。仕方ないね。また明日、出直そうか」


そんなことをゆかりと話している時だった。


ガラッ。


料理部の隣の部室の戸がいきなり開けられた。

そして、中から出てきたのは、あのデリなんとか部の美少女の先輩だったのである。

その美少女は、料理部の前にいるわたし達を目ざとく見つけた。

いえ、目ざとくじゃあなくって、この廊下にはわたし達しかいなかったので、必然的に彼女の目に留まるしかなかった。


「あっ、君たち、新入生ね。入会希望者ね。さあ、中に入って、入って」

「い、いえ、別にあたし達・・・」

「違うの?なあんだ。でも、話を聞くだけでもいいでしょ。お茶とお菓子用意してあるわよ。さあさあ、どうぞ」


わたしとゆかりはお互いの顔を見た。


「・・・どうする?ゆかり」


ゆかりの顔は、なんとかここを無事に切り抜けたいような顔をしている。


「5分、5分でいいわよ。お菓子を食べながら、簡単な話を聞いてちょうだい。入会するかしないかは強制しないから」


何だか、キャッチセールスの人が言いそうな言葉だったが、多分、わたしはお菓子と言う言葉に反応したのだろう。

調度お昼がまだだったので、お腹もグーグー鳴りそうだったからである。


「うん、5分くらいなら・・・」

「そうだね、5分くらいならいいっか」


こうしてわたしとゆかりは夢見先輩に背中を押されるようにして同好会の部室に入ってしまったのだった。

後から考えると、これがわたしの人生のターニング・ポイントというやつだろうか。


 部室の中は一つの教室を半分に区切った造りになっていた。

 もう半分を、どこかのクラブが使っているらしい。

 壁には一面に模造紙が貼られ、何かびっしりと書き込みがされている。

 部室には、真ん中に机が4つ集められていた。

 その周りを椅子が4つ置かれていて、男子生徒が一人そこに座っていた。


 「おっ、なんと、入会希望者か?初日から縁起がいいねえ。レイ」

 「いえ、別に入会すると決まったわけじゃ・・・・」


 ゆかりが必死に否定する。


 「そうかそうか。まあ、話だけでも聞いて行きなよ」


 男子生徒はそう言って席を立った。

 わたし達に座れと言うつもりらしい。


 「健介、この子達に紅茶を入れてあげて、ハロッズのをね」

 「ほいきた。待ってな。うんと美味しい紅茶入れてあげるから」


 わたし達はまたお互いの顔を見合わせた。

 紅茶の種類はあまり詳しくないが、ハロッズって、高級紅茶のブレンドじゃなかったっけ。

 ママが前に結婚式の引き出物か何かで貰って、大事に飲んでいた記憶がある。

 すると、夢見先輩が小皿に載せたケーキをわたし達の目の前に置いた。

 それはまん丸な見たことのないチョコレートケーキだった。

 真っ黒なチョコレートが鏡みたいに反射して、わたしの顔がそこに映りそうなくらいに滑らかなコーティングだった。


 「トシ・ヨロイヅカのケーキよ」


 びっくりしたような顔をしてケーキを睨んでいたわたし達に、夢見先輩が教えてくれる。


 「ヨロイヅカって・・・ひょっとして亡くなった川島なおみさんの・・・」

 「そう、そこのケーキ、昨日、六本木で買い求めたの。調度紅茶も出来たところね。さあ、召し上がれ」


 こんな埼玉の山の中で、ギロッポンの・・・六本木の・・・いえ、世界的に有名なパィシエのケーキに巡り合えるなんて、思っても見なかった。

 わたし達の目の前に、綺麗で繊細な花模様が描かれたティーカープがコトリと置かれた。

 ええっ、ひょっとしてこのカップってロイヤル何とかという物じゃないの?


 「さあ、お嬢様、冷めないうちにどうぞ」


 ティーカップを置いたのはさっきの男子生徒だった。

 すっごーい。

 まるで執事みたい。


 「じゃ、じゃあいただこうか」


 ゆかりが真っ先にケーキにスプーンを入れる。

 ああっ、勿体ない。

 それ自身が芸術的なケーキなのに・・・。


 「おいしい!」


 一口食べたゆかりが叫んだ。


 「めっちゃくちゃ、美味しいよ、チェリー」


 その言葉に我慢できなくなって、芸術がどうのこうのと言うたわ言も忘れ、わたしはスプーンにすくったケーキを一口口の中に入れた。


 美味しい!

 口の中に広がる芳醇な甘さ。

 それは上品でほろ苦く、いままでに食べたことのない美味しさだった。


 「ほんとう、お、おいしい」


 そのおいしさに、頭の中がいっぱいになって口がうまく回らない。


 「そう、お口に合って良かったわ」


 夢見先輩は、満足そうにわたし達を見つめた。


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