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わたし達のデリバティブ・ウォーズ  作者: 摩利支天之火
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1.登校の日

 朝起きてパジャマ姿のまま居間に行くと、テレビのニュースがわたしの耳に飛び込んで来た。

 居間にはママもいないのに、テレビだけがつけっばなしになっている。

 きっと、テレビを消すのを忘れて、いつものように慌て会社に飛び出していったんだ。

 ママが時々やらかすうっかり。

 こんな時は慌てん坊のママは、いつも何かを忘れることが多い。

 お財布を忘れたり、携帯電話を忘れたり、お弁当を作るのを忘れたり。

 わたしは、寝ぼけ眼でテーブルの上を見た。


 うん、大丈夫みたい。

 お財布も携帯電話も持って出かけたみたい。


 そのテレビの中で、いつものニュースキャスターがニュース原稿を読み上げていた。


 「日銀の黒田総裁は、2月16日に日銀の当座預金の金利をマイナス0.1パーセントとすることを発表してから約2か月が経過しましたが、その後の円高株安傾向は依然として続いています。また日銀が発行する国債の長期金利は・・・・」


 なんだかよく分からないことが、朝のトップニュースになっている。

 当座預金って何だろう。

 わたしは普通預金しか知らない。

 ゆうちょ銀行に預金してある、わたしのなけなしのお金。

 その口座は、確か普通口座だったはずだ。

 でも、当座預金なるものは、別に知りたいとも思わない。

それは、わたしにとっては無関係の大人の世界の話なんだろう。

 今は朝食の方が大事。

 台所のダイニングテーブルには白いテーブルクロスの上に、サラダとパンが置いてあった。

 ママがいつも作るおきまりの料理。

 朝の、時間がないときにも簡単で手軽に作れてしまうチョー便利料理。

 それとピンクのハンカチに包まれたお弁当が置いてあった。

 こっちは、わたしのお昼。

 今日は入学式で早く帰って来るのに、ママったらそれを忘れて作っちゃったんだ。

 そうか、それで時間がなくなっちゃって、慌てて飛び出して行った訳ね。

でも、これでわたしは学校から帰ってきてから、お昼を自分で作らないでよくなった。

うん、ママ、ありがとう。

 

 わたしは、冷蔵庫を開けるとコップに牛乳をなみなみと注いで椅子に腰かける。

 いつもと同じような朝食。


 「いただきます」


 私以外には誰も居ないけど、こうして「いただきます」「ごちそうさま」を言うのが我が家の習慣。

 わたしは、バターとジャムをパンに塗って何とはなしに居間に置いてあるテレビを見た。


 「・・・しかし、日銀は現在当座預金に置かれている各金融機関の金額の全てではなく、基礎残高などを除いた超過分にのみマイナス0.1%の金利を導入するとのことで、日銀の長期金利や、一般の国民の預金に対してはマイナス金利の影響はないとの見解はその後・・・・」


 テレビのニュースは、相変わらずさっきのマイナス金利の話題のままだ。

 でも、言っていることが段々分からなくなってくる。

 金利って、利子のことだというくらいはわたしにも分かる。

 お金を借りたら、利子を払わなければならないし、お金を貯金したら利子がもらえる。

 物凄く少ないけど、わたしのゆうちょ銀行の定期貯金の利子は毎年少しはついていた。

 でも、朝のこのニュースだと、銀行が預けたお金は一定の範囲分はマイナスになるということらしい。

 銀行が100万円日銀の当座預金に預けたら、引き出す時は99万9000円になっているということなのだろうか。

 そんなばかな。

 わたしはそう思った。

 お金を預けて、逆に利子を取られるなんて。

 それならば、銀行は自分の金庫にその100万円をしまっていたほうが目減りしない。

 ずいぶん、変な話ね。 

 それに、国民に対して影響がないのならば、なんでこんなトップニュースになるんだろう。

 わたしは、パンの端をチビチビ噛みながらふとそう思った。

 ニュースって、分からないことが多い。

 事件や事故のニュースならば分かるけど、政治や経済関係のニュースになったとたんに分からない用語が羅列される。

 それでも、毎日そんなニュースを聞いていると、分かるような気になってくるから不思議だ。

 日経平均って何のことだろう。

 サミットって、スーパーの名前?

 TOPIXってどこの会社なんだろう。

 いつも株取引の最初に出て来るので、きっとすっごい大きな会社に違いない。

 改めて考えると、知らない言葉ばっかりなのに、日常テレビのニュースでその言葉が飛び交っていると、知っているような気になってしまう。

 そんなことを思って、ふと時計に目をやると、うわっ、もうこんな時間。


 「ごちそうさまでした」


 わたしは残りのパンとサラダを大急ぎで牛乳と一緒に喉に流し込むと、着替えをするために部屋に駆けこんだ。

 部屋の壁には、真新しい制服がハンガーにかけられている。

 濃紺のスカートと真っ白なセーラー服と一体型のブレザー。

 これが今日からのわたしの制服だった。



 *********************



 さて、今日からわたしは晴れてこの越生南高おごせみなみこうの、花も恥じらうジョシコーセーになった。

 いまどきそんな言い回しはしないかもしれないけど、誰が何と言っても花も実もある女子高生なのだ。

 越生南高おごせみなみこうと言っても、魚のオコゼのことではない。

 また、「こしなまみなみ」とも読まない。

 私立越生南おごせみなみ高校というのがその正式な名前なのだ。

 んでもって、略称は越南おごなん

 埼玉は埼玉でも、秩父山系に近い場所にある越生。

 結構な田舎である。

 川越市のもっと先にある坂戸というところから、東武越生線という支線のような電車に乗って越生駅で降り、徒歩17分で高校に到着する。

 それでも、池袋までは一時間ちょいで到着するのだから、一応は通勤圏の首都圏である。

 瓦屋根の木造モルタル塗りの駅舎は、昭和の臭いを漂わせている。

 とはいっても、別に汲み取り式だから臭いという訳ではない。

 昭和の臭いがプンプンするという意味。

 もっとも、昭和って時代知らないけど・・・。

 とにかく、何十年も前って感じの、レトロっぽい電車と駅が特徴の越生。

 駅と路線の説明を延々としたけど、実はわたしは電車は使わない。

 自転車である。

 自転車通学。

 自宅から高校まで自転車で通えるっていうのが、この高校を選んだ理由だった。

 だって、お金はかからないし、自分の時間は多く持てるし、ママはもっと遠くの高校を進めたんだけど、中学の友達と離れ離れになるのも嫌だったからね。


 そんな訳で、わたしは今自転車を押しながら、高校の坂道をふうふう言いながら歩いている。

 わたしの後から、上級生らしい生徒がどんどん追い越していく。

 中には凄い猛者がいて、自転車を降りることなく坂道を漕いで行くものもいた。

 すっごーい。

 わたしには真似できない。

 きっと運動部に違いない。

 本当に本当に結構な急坂である。

 どういう訳か、この高校は山の上に立っている。

 山と言っても、そんなに凄い山ではなく、里山みたいな小山。

 越生は、太田道灌おおたどうかんゆかりの地らしい。

 太田道灌って、江戸城を築いたんだって。

 江戸城を築いたのは、てっきり徳川家康かと思っていた。


 『七重八重花は咲けども山吹の

 みの一つだになきぞ悲しき』


 なんて話、小学校の先生が授業の合間に教えてくれたっけ。

 その歌が詠まれたのがここ、越生らしい。

 でも、こんな急坂・・・

 まさか高校を立てるにあたって、道灌の山城を意識したんじゃないよね。

 この急坂に恨みを感じてついそんなことを思ってしまう。

 教室からの眺めは良さそうなんだけど、高校に着く最後の200メートル位をこの急坂を登らなければならないのだ。

 まあ、いいダイエットにはなるかもしれないけど。


 「チェリー、おはよう」


 不意に後ろから声をかけられて振り向くと、そこには中学からの親友のゆーちゃんこと江戸ゆかりがニコニコしながら歩いていた。

 ちなみに、チェリーというのはわたしのあだ名。

 八重山さくらと言うのが本名なので、そこから来ている。


 「ああ、ゆーちゃん、おはよう。今日から高校生だね」

 「うん、そうだね。クラス一緒だといいな」

 「うん、そうだね」

 「部活何にするの?」

 「うーん、まだ決めてないや。ゆーちゃんは?」

 「うん、あたしもまだ。」


 そんな他愛もない会話を交わしながら、わたし達は高校の門をくぐった。

 そして、それはわたしと、ゆーちゃんの人生の大転機となるはじまりはじまりだったのである。


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