最初の選択②
「ふぅ」
(モンスターがうじゃうじゃいるとかじゃなくてよかった……)
ハルキは自らがしていた最悪の想定が現実のものではなかったことに安堵のため息を漏らした。
「メニュー」
目の前に広がるのは大きな平原、少し離れたところに二足歩行をしている緑色の生き物が見えたが離れていたので急いで武器の装備をしようとメニューを開いた。
メニューにはゲームマスターが言っていた装備という項目の他に称号という項目も増えていることに気づいた。
(まずは装備からだな)
ハルキは指先を装備の項目に持っていき力強く押した。
『装備 防具 布の服 武器 なし 』
ハルキが続けて武器に文字を押すと新たな文字が現れた。
『武器 バンテージを装備しますか?
YES NO』
(いい加減いちいち指を動かすのもめんどくさくなってきた)
ハルキがゲームシステムに対し少し不満を持つと新しくメッセージボードが現れた。
『選択を「声で認証」に変更しますか? 』
(良い機能があるじゃあねえか、もちろんYESだぜ)
『認証しました。選択を「声で認証」に変更しました』
確認の意味もこめてハルキはバンテージを装備してみることにした。
「YES」
ハルキがそうつぶやくとハルキの手の周りに白い布のようなものが巻かれた。それはスポーツ選手がけがをした時に患部に巻いたりするテーピングによく似ていた。
(これで当座の武器は手にはいった、いっちょ初戦闘と参りますかね!)
ハルキはバンテージの具合を確かめるかのように手を開いたり閉じたりしながら人が見たら怯えてしまうような獰猛な笑みを浮かべ、思考を試合と同じ戦闘モードへと切り替えると、少し遠くにいた二足歩行の緑色の尖がった耳を持つ生物へと走り始める。
近づいてくとその人間の子供ほどの背丈の生き物の頭上に赤い文字で〈ゴブリン〉と書かれたテロップと緑色のバーが浮かんでくる。
ハルキに気づいたゴブリンはハルキの方に走って来た。
(ゴブリンか、確かヨーロッパの民間伝承の生物だったよな。お? 俺に気づいたみたいだな。いーよこいよ! 死んで俺の糧になってくれよ!)
ハルキは街で頑張っているであろうヒロの為にも臆したくはなかった。
「ゴギャギャギャ!」
ゴブリンは鳴き声を上げながらハルキに襲い掛かってきた。
(大した速さじゃない!)
ハルキはとびかかってきたゴブリンを避け、すぐさまゴブリンの膝にタックルを仕掛けた。
「ギュベ!」
ゴブリンは自ら死地に飛び込んできた人間のことをあざ笑うかのようにがら空きの背中を殴ろうと腕を振りかぶった。
しかし、身長180センチ体重90キロオーバーのハルキの体から繰り出されるタックルはそのような反撃に出ることもできずに膝にタックルを受けたゴブリンはタックルの衝撃で倒れ、頭を打ち付け緑色のバーの減少と共に黒い靄のようになって消滅していった。
ゴブリンがいた場所には数枚の銅のコインが落ちているだけであった。コインを拾いながらハルキはこの世界について考える。
あまりにもリアルすぎる。
戦っている最中に感じた肉の感触、ゴブリンを目の前にした時に感じた殺気、どれも現実世界で感じたものと同じだった。
そしてこの世界に来たときに感じていた体の不具合は戦闘の最中になくなっていった。
(まるで現実の世界と同じだな)
ラグビーというスポーツをしていく中で培われていった一種の『人を害する勇気』という物を持っているハルキは別として、戦闘をこれから行っていくプレイヤー達の大きな壁となるのではないかとハルキは感じた。
ハルキは初の戦闘が終わったことにほっと胸をなでおろす。更にハルキは続けて戦闘を行い、情報収集をすることにした。
ハルキのほとんど一方的とも呼べる戦闘はハルキがゴブリンをさらに何匹倒した後に流れた鈴の音が聞こえるまで続いた。
その音を聞いたハルキは自らの考えが正しいかどうか調べるためにメニューを開いた。
メニューの横に書いてあったレベルを示す数字が2になっていることを確認するとその場で跳んだり走ったりして自分の身体機能に変化がないかを確認した。
(少しだが身体能力が上がっているかみたいだなこういうところはゲームらしいな)
少し安心した。
ハルキはそう思った。
あまりにも現実世界と変わりないこのゲームの中で、敵を倒すと強くなるという現実世界ではありえない事が起きるというのは一種の安心感をハルキに与えた。
(ゴブリンとの戦闘で分かったことを整理しよう。まず一つ目にゴブリンは対して強くない、二つ目にゴブリンは頭が弱点、今回は頭を叩きつけたから一撃で死んだが他の部位を攻撃してもダメージは少ないかもしれない、三つ目に緑のゲージはおそらくHPだということ、ゴブリンを倒したとき緑色のゲージがなくなっていくのがちらっと見られたからほとんど間違いないだろう)
当面の目標であった街の外での戦闘の情報収集をおえ、これからするべきことを考える。
ハルキ自身が一番気になっており、更に知らなければならないことだともハルキ自身思っていたこと。
ゲーム内で死んだらどうなるのか?
しかし、知らなければならいと分かっていながらこのことを確かめるために自ら望んで死地に行こうとはハルキは考えられなかった。それは、今まで確かめてきたことと比べることもないほどに危険性が高いためだからという理由もあったが、それ以上に知識を手に入れるという使命感よりも『死ぬ』ということに対しての恐怖心が勝ったからである。
「もう少しゴブリンを狩ってから帰ろう」
ハルキがまた何匹かゴブリンを倒すと再び鈴のような音が聞こえたので、街へ戻りヒロを探すことにした。