プロローグ
「英雄になりたかったんじゃない。悪者になりたくなかっただけだ」
――「なあ、久しぶりにゲームでもしないか?」
大学のラグビーの試合の帰り。試合中に付いた誰のものかわからない血が付いた試合着から大学の部活の制服に着替えた厳つい顔をした短髪の男――ハルキに、高校からの友人でありチームメイトの一人である丸い顔の大きな体の男――永田広は手をグーッと伸ばして笑顔でそういった。
永田広。
彼とハルキが出会ったのは中学の頃。ハルキが中学を卒業し、自らの住んでいた都心ではなく母方の祖父達が住む地方のラグビー強豪校に進学した時の事であった。
中学のあることが原因で心に大きな傷を負っていたハルキのことを救ってくれたのがヒロであったのだ。
ハルキと共に幾戦もの試合を共に戦い、多くの苦楽を共にした。
将来の夢を語り合った。
バカなことも共にした。
ハルキにとってヒロとは一緒にバカなことをしてきた悪友であり、尊敬する親友なのである。
「ゲームか……。なんのゲームをやるつもりなんだ?」
そう聞きはしたがハルキは大方のゲームの予想はついていた。
(ネットでも日本のゲーム会社三社が力を合わせて、世界初のVRMMORPGが作られたって騒がれてい るタイミングでこんな提案をしてきたんだ。大方それだろ)
「予想はついていると思うけど、choice worldっていうゲーム。名前ぐらいことあるんじゃないの?」
「まあ名前ぐらいは。いくら俺でも世界中であんだけ騒がれていれば嫌でも耳に入ってくる」
「部屋にテレビもないから知らないもんだと思った」
ヒロが言ったように大学の寮に住んでいるハルキの部屋にはテレビがない。ヒロも同じ寮に住んでいるがテレビはバイトで貯めた金で買ったと自慢していたのをハルキは思い出した。
「テレビは見ないからいらん。ニュースなら携帯で見れるしな」
「まあ僕もテレビゲームの為に買ったんだけど」
なら俺と一緒じゃねえか! ハルキはそうヒロに抗議したかったが話がまったく進んでいない事に気づきグッとこらえてその言葉を飲み込む。
「まあそれは置いといてそろそろゲームについて話そうか」
そう言ってヒロはどこか説明口調でchoice worldについての説明を始めた。
「choice world、世界一のゲーム大国、日本の制作会社三社が協力し、己の持てる力すべてをかけて制作に取り掛かった世界で初めてのVRMMORPGである。
頭にヘルメットのような被り物〈コクーン〉を取り付け、〈コクーン〉により脳波を検出して現実とゲームをリンクさせた技術は様々な企業、軍事施設が欲しがっており。大量の金を積んで制作会社三社に技術の提供を求めたらしいが三社すべてがその要求を断ったという噂まである……だってさ」
「携帯をがっつしみながら説明すんのかよ……。まあいいや確かあのゲームって抽選で当たらないと買えないだろ?」
コンサートのチケットなどと同じで人気のある商品はインターネットなどで抽選を行って、当選すると当選者には買う権利のみ与えられる。
そして今回の〈choice world〉の当選確率は百分の一とも予測されており、かなり当選するのが厳しくなっている。あまりの倍率にハルキは抽選に参加しようとも思わなかったほどだ。
「これなーんだ」
いたずらっ子のような顔でヒロはハルキの目の前にヒラヒラと二枚の紙をちらつかせた。
ハルキは少しうっとうしそうな顔をしてその紙をつかみ取るとその紙に書いてあった内容に驚愕した。
「お前なんでこの券持ってるんだよ!」
その紙にはバーコードと共に『choice world 引換券 引き換え日11月15日』と小さな文字で書いてあった。
「それ、あげるよ二枚持っていたって仕方がない物だしね」
ヒロは人差し指でチケットを指しながらなんてことのないようにそう言った。
「お、おうありがとな。というか何で二枚も当選してんだよ」
「一枚は僕が抽選で当たったやつでもう一枚は知り合いにただでもらったやつ。ゲームの代金はもうコンビニで入金してあるから後でお金ちょーだい」
「わかった後で渡す」
(当選確率百分の一を当然のように当てているところもそうだが、それを二枚ももっているってどんな運持ってるんだよ……)
今までもこんなことがあったとハルキは思い出す。
(一緒に部活の為のスパイクを買うためにバイトをしていたらヒロは宝くじを当ててすぐにバイトを辞めたこともあったな)
「相変わらずの豪運だな。サンキュー、ありがたくやらしてもらうよ」
「今日が引き換え日だからこのまま引き換え会場に行こうよ」
「おう。早くやりてえな」
二人は口々に〈choice world〉について話しながら引き換え会場に向かった。
「すごい人だね……」
「ああ……」
二人は引き換え会場の前につきあまりの人の多さに圧倒されていた。
見渡す限りの人の海、ここに今から踏み込んでいくのかと思うとハルキは少し憂鬱になった。
「何で会場分けなかったんだよ……」
「制作会社三社の代表が僕らの前で挨拶をするらしいよ。ほらあそこ見てよテレビ記者がずらりと並んでるよ」
ハルキはヒロが指をさした方向に目を向けた。そこには大手テレビ会社のマークが入ったカメラ達がずらりと並んでおり、〈choice world〉が世間からどれだけ注目されているかを表しているようであった。
「これからどこで待っていればいいんだ?」
「あと十分ぐらいで代表のあいさつが始まるからそれまで会場の中で待ってようか」
「了解」
二人が待っていると中学生ほどであろうか、前の男女二人組の話が聞こえてきた。
「ねえまだ始まんないのかな?」
「そうね、姉弟二人とも引換券を取れたのは幸運だったけど流石に待ちくたびれちゃった」
「俺だけ取れたって仕方がないもんなあ」
「私もそう思っているわよ」
そんな姉弟の仲睦まじい会話を聞いてハルキは試合の後にそのまま引き換え会場までくるという強行行軍をしてきた疲れが和らいだ気がした。
待つこと十分。ハルキの前方にあるステージの上にスーツを着た若い男が出てきた。
男がステージの上に立つとざわついていた会場がすぐさま静かになった。
「これより〈choice world〉引換会を始めたいと思います。初めに本作の責任者である田原晋作の挨拶をもって引き換え会開会とさせていただきたいと思います」
そう司会の男が挨拶すると、後方で待機していた大柄な40歳ほどの男が少年のような無邪気な笑顔を浮かべながら前に出て来た。
(このおっさん……スーツの上からでもわかる筋肉をしているところを見ると何かしら格闘技かなんかやっているな)
そんなことをハルキが思っていると、男は前に立ちマイクを持つと会場が震えるほどの大声で話し始めた。
「これより〈choice world〉引き換え会を始める!」
『うををををを!』
男はたった一言で会場にいる人のボルテージを最高までにあげた。
「小学校の校長先生みたいな挨拶はないから安心しろ。早くゲームがやりたいって顔をしている奴らにそんな惨いことはしない! 今日必要なのは引換券! 帰りの電車賃! そしてゲームを楽しむ心だ!」
『うををををを!』
「俺が今持っているこの〈コクーン〉というヘッドギアの中にあるこの三センチ角の小さいチップが〈choice world〉の本体となる。今日配る〈コクーン〉の中には初めから入っているから安心しろ。電源につないでコクーンを頭にかぶるだけでゲームが始まるぞ」
(今さらながら本当に凄い技術だ……まるで魔法みたいだな)
その獰猛そうな顔に似合わずファンタジー小説の読者であるハルキはそんなことを考える。
「最後に二つ宣言する! 我ら三社で開発したVR技術を軍事運用させないことを! 皆が楽しむために生んだこのゲームで誰かが不幸になることはない安心してくれ! もう一つはこのゲームは今までのゲームの常識を変えることをここに約束しよう! これで代表者挨拶を終わる。ご清聴ありがとうございました」
最後にそう締めくくり田原はステージの裏に下がっていった。
「それではこれより引き換えを始めさせていただきます。交換窓口までお並びになってお待ちくださいませ。窓口までは走らないようお願いいたします」
司会の男がそういうと会場にいた人達が我先にと窓口へと歩いて行った。
「僕達も急いで窓口にいこうか」
「そうだな、早く帰ってゲームを始めたいしな」
二人はそう話し窓口へと足早に歩いて行った。
貴重な時間を使って読んでいくださっている読者様の期待を裏切らないように努力していきたいと思います。感想評価お待ちしております。