そして彼女は闇に消えた
拙作正しい婚約破棄シリーズとは完全に別の世界観です。
そちらを読まなくてもお楽しみいただけます。
「ブランシャール侯爵令嬢ジュリエット。侯爵令嬢として、私の婚約者として相応しくない数々の行い。それらを鑑みてあなたとの婚約を破棄させてもらう!!
「あらあら殿下――レオン第二王子殿下。私が何をしたというのです?」
予想――していなかった訳ではない。
こういう展開もあり得るし――覚悟もしてきたはずだった。
それでも。
王立魔導学園卒業記念のダンスパーテイーというハレの舞台でこういうことをされるとは思わなかったが。
本当に――自分の甘さに吹き出しそうだ。
完璧な淑女の笑顔の下でジュリエットはそう思った。
「とぼけるな!! フォンテーヌ男爵令嬢クロエへの数々の嫌がらせ!! 証拠も揃っている」
声を張り上げる第二王子。
その陰に隠れるのは可愛らしい巻き髪の少女。
ふわふわのドレスが実に良く似合う庇護欲をそそる令嬢。
生徒会長である第二王子を含む生徒会メンバーを次々に籠絡し業務を放棄させた悪女には――とても見えない。
「夜会で鉢合わせたクロエ嬢に頭からブランデーをかけたそうですね? 無論信頼できる目撃者も揃っておりますよ?」
白皙の美貌で知られる副会長は蔑むような目でジュリエットを見る。
「クロエの鞄を漁って持ち物を壊した。ご丁寧にペンを一本一本へし折った」
じっとりした視線を向ける書記は呪詛のように呟いた。
「その様子はこの魔法具にしっかりと記憶させてある。動かぬ証拠って訳」
卓越した魔法の腕で知られる会計は魔法の水晶玉を掲げてみせた。
「極めつけにクロエにナイフで斬りかった!! ドレスを裂いてだけで済んだが――私が取り押さえたのだ。これ以上証拠はいるまい!」
第二王子の宣言に会場がどよめく。
「――ふふ」
ジュリエットは笑う――魔女のように。悪女のように
学園の運営にも関わる生徒会業務を放り出してなにをやってるかと思えば――ふふ。
いけない。いけない。
ついつい、笑ってしまう。
「――ええ。皆様のおっしゃる通りですわ。クロエ嬢にはお詫び申し上げます。婚約の方破棄していただいて結構。学園の方除籍という事にしてくださいな。今日はこれにて失礼しますわ。自宅の方で謹慎していますから追って処遇の方申し付けてください」
優雅に完璧な淑女の礼をして――ジュリエットはダンスホールを後にした。
* * *
つ、と馬車が止まる。
ジュリエットは顔を上げた。
「……ジュリエット様?」
「クロエ嬢?」
トントンと扉を叩くのは――先ほど別れたばかりのクロエ嬢。
とりあえず扉を開け中に入れると――確かに彼の少女だった。
「ジュリエット様、申し訳ございません……! 私のせいで……!」
「いえ、良いんですのよ」
涙目のクロエを前にしてジュリエットは優雅に笑う。
「謝罪なら結構ですわ。私が愚かだっただけですもの」
「そ、そんなこと……!」
それに、とジュリエットは続ける。
「あなたも――お仕事だったのでしょう?」
「何を……おっしゃっているのです?」
そういって首を傾げるクロエの瞳には何の邪気もない。
童女のように澄んだ瞳。
くすくす。
ああ、笑ってしまう。
だって、ねえ――
「だってあなた――男性でしょう?」
* * *
「やはり――ご存知でしたか」
瞬き一つの間があったかどうか。
そのわずかな間にふわふわのドレスの少女は――諜報部の制服の男へと姿を変えた。
胸の徽章は――銀の星。国王直属の精鋭部隊だ。
「ええ」
「ブランデーをかけたのは度数の高いアルコールで化粧を洗い流すため」
「ええ」
「持ち物を漁りペンをへし折ったのは日用品に見せかけた暗器を持っていないか探すため」
「ええ」
「ナイフで斬りかかったのはドレスを引き裂いて正体を確かめるため」
「ええ」
朗らかに微笑むジュリエットを見て男はため息をつく。
「……何もあなたご自身の手でやることはなかったでしょうに」
「あら、私だったら嫉妬に狂った女の凶行で済みますでしょう?」
それに、とジュリエットは微笑む。
「本職の者たちにはフォンテーヌ領の探索を命じてありましたもの」
本当に迷彩が完璧すぎて――動かせるもの全員投入しなければならなかったのは誤算でしたわ。
楚々と笑うジュリエットを見て男は肩を落とした。
「参考までに――どこで気付きました?」
「完璧すぎましたわ」
すっと男の目が細くなる。
「性格も嗜好も違う生徒会役員の皆様の心のうちに難なく入り込み――全員と一定の距離を保つ。一介の男爵令嬢に出来ることではございませんわ」
「男性だと――思ったのは?」
「女性には出来ませんのよ――あんな殿方の理想を体現したような演技は」
はあと男はため息をついた。
「侯爵令嬢にしておくのが惜しいぐらいの慧眼ですよ」
「あら、もったいなくなりまして? ――殺すのが」
「ええ、実にもったいない」
馬車はいつの間にか走り出していた。
恐らく御者は男の手の者に変わっているだろう。
失敗した――とジュリエットは思う。
国王の手の者だと気付くのが遅すぎた。
気付かないままに――秘密を掴み過ぎた。
どうしようもない――失策だった。
「――侯爵家の方には累が及ばないようにする。安心して死ぬが良いとは陛下からの御伝言です」
「お心遣いありがとうございます」
軽く頭を下げる。
恐らくこの馬車が止まった時が――ジュリエットの人生の終焉。
「……何か言いたいことがあれば伝言ぐらいは承りますよ」
「ああ、でしたら」
一つだけ。
一つだけ気にかかっていたことをジュリエットは言う。
「殿下や生徒会の皆様方へのフォローをお願いしますわ」
どうか良いご令嬢との良いご縁を。
すっとジュリエットは目を伏せる。
祈るように。願うように。
「……自分を裏切った男に対して随分と甘いんですね」
「あら、だって」
視線を上げて――男の顔を見る。
どうとといって特徴のない――なさすぎる顔を。
「王国が誇る諜報部の至宝――『百面相』に手玉に取られたことを不貞とみなすほど、私狭量ではございませんことよ?」
* * *
「――ははっ!!」
しばしの沈黙の後――男が笑った。
今までとは違う――獰猛な肉食獣の笑み。
「どこで、気付いた?」
「あなたの仕事は完ぺきでしたわ――完璧すぎました」
ジュリエットが間者を見抜いたのはこれが初めてではない。
伊達や酔狂で「ブランシャールは間者の墓場」と言われている訳ではない。
配下の密偵も選りすぐりを揃えてある。
それでも――ここまで惑わされたという事は相手が『百面相』だったということだ。
「愚かでしたわ――まさか百面相様に喧嘩を売るなんて」
ジュリエットはため息をつく。
本当それだけはやり直したい。
せめてあと十年あれば――出し抜く自信があったのに。
「だから――よその女に色目使ったを見逃すってか。お優しいことで」
あら、とジュリエットは首を傾げた。
「私だって『百面相』様が相手なら――恋に落ちるかもしれませんよ?」
「そうかいそうかい――」
なら――
馬車が止まる。
その勢いで男の体が前に傾いた。
そのまま――男の唇がジュリエットのそれと重なる。
「恋に――落ちろよ」
* * *
ブランシャール侯爵令嬢ジュリエットとフォンテーヌ男爵令嬢クロエ。
第二王子レオンの寵愛を競った二人は同時期に没したという。
そしてまた同時期――『間者殺し』と呼ばれる諜報部員が現れる。
彼あるいは彼女は『百面相』の信頼厚く常に傍らにあったという。
ちなみに『百面相』は生徒会資金の不正流用について調べに来ました。
生徒会業務を放棄させ「生徒が自主的に放棄した」という形にして生徒会の仕事を国王直々に入り込ませたそれ専門の職員に回し、生徒会から実権を奪うのが目的でした。
生徒会資金の不正流用はもはや慣習化しておりその膿を出し切るための構造改革でしたがそれに連なる貴族の反発を抑え込むためあくまでも「生徒会役員が自主的に仕事を放棄した」というお題目が必要でした。
ちなみにジュリエットが気付いていることに『百面相』が気付いたのはブランデーをかけられた時。
「ワインならともかくブランデーなんて嫁入り前の御嬢さんが飲むものではないでしょう?」




