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悪意の底に残されたもの(7) ~デルタの思惑~

ロサンゼルスの市内に作られたキャンプには、デルタ・フォースの隊員の他に十数名の民間人の姿があった。


その多くは逃げ遅れた近隣の住民たちだ。

年齢も家族構成も様々な人々が、薄暗いドラッグストアのフロアで車座になっている。


「ドニー」

その中の一人、黒人の中年男性が顔を上げて呼びかけた。

「よかった、無事に帰ってきたんだね」


心底、ほっとしたという表情だった。

ドニーは男たちに向かって笑顔で手を振ると、マイミの方に向き直った。

「彼らは幸運だよ。この場所には何でもそろっているし、何より俺たちに守られている」


マイミはその台詞には答えずに、無言で広い店内を見渡した。ドラッグストアには医療品を初め、食料や雑貨や衣料が揃っている。

「確かに、これだけの備蓄があればしばらくは立て篭もれそうですね」


同じように店内を眺めながら、ドニーは頷いた。

「その通りだ。俺は昔からずっと考えてた。世界の終末に立てこもるとしたら、どんな場所が相応しいかなと」

そう言うと、ドニーは白い歯を見せて笑った。

「ジョージ・A・ロメロの古い映画を知ってるか?ゾンビで覆い尽くされた世紀末に、SWAT隊員たちがショッピングモールに立て篭もる。ここはあの場所に似ているな」


その映画の結末はどんなだったろうか?マイミは考えたが、口にすることはしなかった。


「ここに足りないのは武器弾薬だけだ」

言うとドニーは肩から下げたカービン銃を叩く。

「通りを挟んだ向かいにガンショップがあったが、俺たちが必要としているような重火器は置いていなかったな」


「でも、このキャンプでアレクサンドルを倒すための秘密兵器を組み立ててるんですよね?」


マイミが水を向けると、ドニーは肩をすくめた。

「そうだな。厳密に言えば秘密兵器はすでに組みあがっている」

言うと、ドラッグストアのバックヤードへとつながる扉を示す。

「見せよう」


ドニーについて、扉を抜ける。

壁際に工具台があり、秘密兵器はそこに置かれていた。

見た目は大型のバックパックそのものだった。


「これは……」


マイミはそれが何だか分からず、近づいて触れてみた。

なぜだか知らないが、ひどく禍々しいものだという印象があった。


だがドニーは、それを愛おし気に撫でて見せる。


「こいつの原型は、六十年代にロスアラモスで作られたんだ」


「ロスアラモス?」


マイミは眉をひそめた。その言葉の示す意味を理解したからだ。


「もしかして、戦術核兵器?」


「そうだ。これは歩兵が携行できる特殊核爆破資材(Special Atomic Demolition Munition)、通称SADMだ。W54核弾頭を搭載して、1キロトンの破壊力を有する」


「……戦術核は、冷戦の終結と同時に退役したはずですが」


「ペンタゴンは、簡単に切り札を手放したりしない」

「ペンタゴンは、簡単に切り札を手放したりしない」


背後から聞こえてきた双子の声に、マイミは振り返る。


「でも、ホーリー、モーリー、これは一九九二年の戦術核兵器撤去宣言に反するわ。アメリカは戦術核兵器を撤廃すると宣言したはず」


それに答えたのはドニーだった。


「そうだな、実際のところ、配備されていた核兵器は撤廃された。だが核弾頭の備蓄は認められていたんだ。二〇一一年、ロシアと新戦略兵器削減条約を締結した時点でも、アメリカは五〇〇発の戦術核弾頭の備蓄を公表している」


そういう意味か。

マイミは工具台に目をやった。

「なるほど、核弾頭さえ備蓄しておけば、兵器に搭載するのは容易ってわけですね」


「その通りだ。ドラッグストア裏の工具台でも、戦術核兵器を組み立てることはできる」


「大国のそういう振る舞いが、悪意の増殖を後押ししているような気がしますが」


「だが、敵を倒すためには火力が必要なのも事実だ」

ドニーはSDAMをポンポンと叩いて見せた。

「今の人類には、核の他に悪意を叩く術は無い。君の取り組んでいるA-ネットとやらで世界をつないだところで、U.S.バンクタワーを焼くことはできないだろう?せいぜい肩を組んで“We Are The World”を歌うくらいじゃないか?」


マイミは下唇を噛んだ。


「その核兵器を担いで、どうやってアレクサンドルの所へたどり着くつもりですか?正面から近づくのは不可能だと思いますが……」


「その通りだ」


ドニーは工具台の近くの壁に張ってある地形図を指さした。


「重要なのは隠密作戦であることだ。こちらの接近を気取られれば逃げられるか、瞬く間に反撃を浴びて全滅だ。だがU.S.バンクタワーは西海岸で一番背の高い建物で、悪意の触媒は最上階にいると考えられている」


マイミは地形図の傍に添えられた航空写真に目をやった。世界が崩壊する以前に撮られたものだ。U.S.バンクタワーの突端を指さす。


「屋上にヘリポートがある。ここへ直接乗りつければいいんじゃないですか?」


ドニーが薄く笑った。

「かつての我々なら、まずその作戦を検討しただろうね。もちろんヘリじゃなく、ステルス機からの降下を行っただろうが……」

そして、肩をすくめて見せる。

「だが今の我々にはそのどちらも無い。航空機も、それを運用できる人員も無いんだ。頼れるのは二本の足だけだ」


「じゃあ……どうするつもりなんです?」


「九十四年のロサンゼルス大地震の時に、閉鎖になった下水路がいくつかあるんだ」

ドニーは地形図の隣に貼られた、市内の下水路に関する図面を指さした。

「我々にとって幸運なことに、ふたつ向こうの通りにある下水路に降りれば、U.S.バンクタワーの真下まで到達することができる」


マイミはその図面を指でなぞり、ドニーの話を確認した。確かに下水路はU.S.バンクタワーに続いている。


「距離にして四・八マイルだ。下水路から建物内に侵入し、非常階段を使って最上階まで昇る」


「最上階まで、階段で?」


「たった七十三階だ。世界貿易センタービルでテロの被害にあった人々は、九十階の高さから階段で脱出したんだ。それと比べれば大した高さじゃない」


ドニーの強がりに耳を傾けながら、マイミはSDAMに目をやった。大型のバックパックを思わせるそれは、相当な重量がありそうだった。


「……作戦の成功をお祈りします」


マイミがつぶやくように言うと、双子がかぶりを振った。


「あなたにも来てもらうわ、霧崎マイミ」

「あなたにも来てもらうわ、霧崎マイミ」


「えっ?」


「あなたには共感性予知能力がある」

「あなたには共感性予知能力がある」


あんぐりと口を開けるマイミに向かって、ドニーがほほ笑んだ。


「君は超共感性思念体(Super Pneumatronics Material)と通じ合えると聞いているよ。悪意の触媒がどこにいるか探り出すためには、君の力が必要なんだ」


「えっと……」


マイミは壁に貼られた地形図を見た。四・八マイルの下水路、そして七十三階の階段。

想像しただけで息が切れる。


ドニーはとびきりの笑顔を見せた。


「大丈夫だ、君には荷物を担がせたりはしない」


「はあ……」


そういう問題じゃない。その言葉が出かかるのを、マイミはぐっとこらえた。




つづく


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