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怪奇!N村湯けむりの事件簿(2) ~不死者の特権~

横転した四輪駆動車が急斜面を転げ落ちる直前、樹に引っかかって九死に一生を得たマイミは、このまま転げ落ちて地面を突き抜け地球の裏側に行くのと、無事に助かるのと、どちらの可能性が高いかを考えながら、何とかしろよという目で護衛役のグレイを見た。


「分かってる、ちょっと待っててくれ、ヒーローポイントを使う」

運転席のグレイがそう言った。


「ヒーローポイントって何ですか?」

「主役や準主役クラスにのみ与えられた能力で、ピンチに際して都合のいい偶然を引き寄せることができる。銃弾が胸ポケットのペンダントで防がれたり、メガンテを唱えたアバン先生が御守りのおかげで助かったり」

「えっ、そんな設定があったんですか?」


グレイはシートベルトを外すと、開け放したドアウインドウから上半身を出した。


「霧崎さん、絶対に動くんじゃないぞ。バランスが崩れたら、この車は富士山の麓まで転がって行ってしまう」


最終到達点については見解の相違があったが、グレイもマイミと同じようなことを考えているようだった。

腕の力だけで体を引きずり出すと、四輪駆動車のルーフへと這い上る。


ぎぃ、と音がした。


マイミは息を止めたまま、グレイがルーフの上を移動するのを待っていた。グレイは車体の揺れを観察しながら、運手席側からマイミのいる助手席側へと向かってきている。


身動きができないまま、マイミはふと窓の外を見た。四輪駆動車を横転させて黒い影の正体が気になったからだ。

二トン近い自動車をひっくり返すには、相当な運動エネルギーが必要になる。まず思いつくのは落石だ。山肌のどこからか転がり落ちた落石が勢いをつけて、この車に激突したのだとしたら。


だが、マイミの視界にそんな巨大な石は見当たらなかった。


「霧崎さん、さっき話したヒーローポイントの話だが」


グレイが上から手を差し入れ、マイミのシートベルトを外しながら言った。


「あれは、比喩だ」

「やっぱり、そうですよね」


マイミのシートベルトを外すと、グレイは車のルーフから、傍らに生えている木の枝に渡った。そして両足で枝を抱え込むと、スパイダーマンのように宙吊りになる。


「ただし、俺は死ぬことが無い。だから霧崎さんにとってのヒーローポイントになることができる」

「えっ?」


グレイが両足で枝にぶら下がったまま、腕を伸ばしてくる。マイミの両脇を抱えると、腕の力だけで車体から引きずり出そうとする。


「ちょ、あぶな……」


ぎぃぃぃ、と鈍い音がした。誰がどう聞いても車体が傾いている音だ。やばい、落ちる、と思った瞬間、マイミの体がドアウインドウからすっぽ抜けた。


「あ、くそ!」


グレイが短く叫ぶ。


バリバリと凄まじい音を立て、四輪駆動車は立木をへし折りながら落下していった。


「俺の銃が……」


だがマイミにはグレイの言葉に聞こえていなかった。両脇を抱えられたまま宙吊りの格好で、一歩間違えれば自分も運命を共にしたはずの四輪駆動車の最期を見届ける。


「アデュース……」

そして、ポルトガル語で別れを告げた。





「いったい、何が起きたのか見ていたか?」

マイミを地上に下ろすと、グレイはそう尋ねた。マイミはかぶりを振る。


「突進してくる黒い影を見た。でもそれが何かは分からなかったわ」

「何だと考えている?」

「不意の落石か、大型の野生動物か」

「落石なら、その辺りに石が残っているはずだ」


言うとグレイは突き破られたガードレールを越えて、道路に出た。


「そんな痕跡はどこにもない。それに野生動物にしても疑問だ。考えられるとしたら猪だろうが、それにしても走行中の車に体当たりしてひっくり返すなんて、ちょっと考えられないな」

「確かに。自動車を吹っ飛ばすなんて、初期の悟空のかめはめ波くらいの威力ですもんね」

グレイはちょっと眼を上げてマイミを見たが、同意は示さずに視線を道路へ戻した。


「こうなると、報告のあったUMAが俺たちを襲ったとしか考えられないな」

「あ、グレイさんUMAではなくてですね……」

「クリプティッド、だろ」

気だるげに言い返したグレイが、ふと何かに気づいた様子で眼を細めた。


「あれが、聞こえるか?」

「えっ?」


マイミは口をつぐんで、耳をすませた。


確かに聞こえる。

ゴロゴロという、アスファルトを転がってくる低い音が。




つづく

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