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怪奇!N村湯けむりの事件簿(1) ~道中での襲撃、冷凍みかん~

未確認動物の通報があったN村へ向かうため、マイミとグレイは特急列車に乗ってY県の県庁所在地までやって来た。

マイミは道中、冷凍ミカンを食べてご機嫌に過ごしていたが、いざ電車をおりる段になって、グレイの荷物運びを手伝わされて不機嫌になっていた。


「あの、グレイさん、何なんですかこの大荷物。あたしたち、コミケ帰りみたいな恰好になってるんですけど」


ショルダーバッグを二つ左右に肩掛けし、上からナップザックを背負い、両手にナイロンバッグ、首からポーチを下げた状態でマイミは言った。


「もしくはフルアーマー霧崎マイミとでも言いますか……」

「備えあれば憂い無しだ」


そう言うと、グレイはエスパー伊藤がまるっと入りそうな大型のバックパックを背負い、ガンケースを手に歩き始めた。


「今回の標的が何なのか、いまいちよく分かっていないからな。あらゆる状況に対応できる装備を持ってきたんだ」

「つまり、これらは全て武器だと言うわけですか」

「俺たちは渓流釣りに行くわけじゃないぞ」

「この恰好でバスを乗り継ぐのはキツいと思いますが……」

「安心しろ、レンタカーを手配してある」


心のどこかで、また請求書に数字が加算される音が聞こえたような気がしたが、黙ってグレイの後についていった。


「一番かさばるのは、弾薬だ」

グレイは予約していたのは四輪駆動車に荷物を積み込みながら言った。

広いラゲッジルームにナイロンバックを置くと、そのうちの一つを開いて見せる。

「これは九ミリ口径の弾薬。弾速が速く、殺傷能力も高い。主に拳銃用だが、一部の短機関銃でも使われている。汎用性が高いのも魅力だな」

「はぁ……」

マイミはまるで興味がなさそうに生返事をする。


「何だ、知らないのか?ジョン・マクレーン刑事がMP5の弾倉から最後の一発を抜き取り、ベレッタに込め直してただろ?あれだよ」

「ジョン・マクレーンって誰ですか」


グレイは肩をすくめた。

「ジェネレーションギャップかな」

「お互い、そんなに年齢変わらないと思いますけど」

「君は僕について、知らないことがたくさんある」


その言葉の意味を考えながら、マイミはグレイの端正な横顔を見上げた。どこか寂し気な瞳。確かにマイミは、グレイのことはほとんど知らない。

初めて会ったのは三か月前。国家危機調査室がその任務遂行に当たって随意契約したPMSCの一員として、六本木のオフィスに現れたのだ。


「……しまった」

グレイが、まるで雨に濡れた子犬のように悲しい顔を見せた。

「消音器を忘れてきてしまった」

「あの……あんまり聞きたくないんですが、今日は何丁の銃をお持ちになってるんですか?」

「銃そのものは、たくさん持ってきているわけじゃない」


グレイはガンケースを指さした。

「前回使ったバーレットは置いてきた。代わりにレミントンM700、ボルトアクション式の狙撃銃を持ってきている」

続いて他のナイロンバックを開くと、中から樹脂製のケースが出てきた。

「他には九ミリのセミオートマチック拳銃を二丁と、接近戦での制圧力を考えて短機関銃も持ってきた。まぁ消音器がないんじゃ、集落の中で派手にぶっ放すけにはいかないがな。後はポンプアクション式のレミントン。ショットガンなら、日本の山奥で発砲していても怪しまれない」


マイミは頭がくらくらする気がした。

「何で腕は二本しかないのに何丁も銃が必要なんですか」

「プロゴルファーがクラブ一本でラウンドするか?」

「プロゴルファー猿はドライバーしか持ってませんよ」


グレイはちょっと上を向いて考えてから、マイミの顔を見直した。

「ごめん、それって何の話?」

「……ジェネレーションギャップじゃないですか」


そう言うと、マイミは大量の銃器の上に、自分の荷物を載せた。一泊二日の着替えが入ったきりの、ショルダーバックだ。


「N村までは三時間くらいですかね?」

「ああ、何のアクシデントも無ければな」

グレイは言って、ラゲッジルームのドアを閉めた。


そして、何のアクシデントも起きないはずがなかった。




※ ※




グレイの運転する四輪駆動車が、山道を行く。繁った樹々のせいで道は暗く、見通しが悪い。さらにやたらクネクネと曲がっているせいで、マイミは軽く車酔いを起こしかけていた。


なるべく遠くの風景を見ていようと、鬱蒼と樹々が繁る山肌を眺めている。


「霧崎さん、何を考えている」

「えーっと、リバースしそうです」

「それって、吐くってこと?」

「電車の中であなご飯弁当食べた後、冷凍みかんまでいったのが余計だったんじゃないのかと。今あたしの食道の辺りをノックしてるんです……」

「……マズイ事態になる前に言ってくれ、途中で停めるから」


マイミはそれに答えず、山肌を見つめた。


「……あれは?」


何かを目にしたような気がして、小さく呟く。


「どうした、霧崎さん」

「あ、いやちょっと……」

「ちょっと、どうした」

「ちょっと、マズイかも……」

「くそ、冷凍みかんというより、弁当の後に食べてたかつサンドだよ。あれが余計だったんだ」

「いや、グレイさんそうじゃなくて……」


マイミの言葉は途中で途切れた。


山肌から突進してきた黒い影が激突してきて、四輪駆動車が横転したからだ。


また、目の前の光景がスローモーションのようになった。


百八十度回転し、頭を逆さまにした状況で、マイミは考えていた。わずか2日の間に自動車を全損させる事故に二度も遭う確率とは、どれほどのものだろうと。


まずは日本全国における自動車事故の数を調べないと、母数が決まらないな。


そこまで考えた時点で、マイミはさらに百八十度回転していた。

例え三百六十度転がっても、四輪駆動車の横転は止まらない。ゴロゴロと転がってガードレールを突き破り、山の斜面を転げ落ちようとしている。


死ぬな。


マイミは思った。転がり落ちて行く先には数百メートルも急斜面が続いているのだ。落下したが最後、四輪駆動車は加速を続け、最終的には地面を、地殻そしてマントル層を突き破ってブラジルに到達してピニャコラーダやシュラスコを吹き飛ばすだろう。


だが。


ガタン、と衝撃があって、四輪駆動車は回転を止めた。


目を瞑って覚悟を決め、ブラジルの公用語は確かポルトガル語で、こんにちはの挨拶はボア・タルジだっけかな、と考えていたマイミは、恐る恐る目を開けた。


四輪駆動車の車体は斜面に生えた樹々の一本に引っかかり、落下を免れている。


「グ、グレイさん……」

マイミは引きつった顔で運転席に呼びかけた。車体は危ういバランスでとどまっており、クシャミ一つでコパカバーナ行きだ。


振り返ったグレイの顔もまた、蒼白だった。

「分かってる。……こいつは、マズイ状況だな」


ブラジルの熱い風が、マイミの首筋を通り抜けて行った。




つづく


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