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国家危機調査官の任務②、ツナピコ

「とある県の県議から連絡があったの」

ソフトサラダを食べ終えた牧村は、マイミとグレイの顔を交互に見ながらもったいぶった様子で言った。


「その前に、何か飲み物はない?煎餅を食べ過ぎて喉が渇いたわ」


マイミは頷くと、立ち上がってオフィスの片隅にあるマホガニー材のキャビネットに近づく。そこを開くと、ミニバーが現れた。


「何を飲みます?」

「何があるの?」

「炭酸水と、炭酸の入ってないお水です」

「水しかないじゃないの!」


マイミは口を尖らせた。


「しょうがないじゃないですか、そもそもこれはボス用なんですから」

「……そうね。あの人、スコッチしか飲まないもんね」

「あ、ヤクルトありましたよ」

「何でヤクルトがあんのよ」

「去年の新年会で配られたやつを、あたしが冷蔵庫の奥に隠しといたんです」

「一年前のヤクルトが飲めるわけないじゃないの!」

「そうかな。生きて腸まで届くんだから、一年くらい……」


マイミはそう言いかけたが、牧村の目が三角になったのでやめておいた。


ミネラルウォーターのボトルを取り出すと、コップに注ぐ。

水をごくごくと飲み干すと、牧村は話し始めた。


「UMAに関する通報があったのよ」

「UMA……」

マイミは片方の眉毛を吊り上げた。

「もしかして、Unidentified Mysterious Animal(謎めいた未確認動物)のことですか?」

「そうよ」

「牧村さん、それ間違ってます」

「へっ?」

「UMAって和製英語で、海外では通用しません。正確にはクリプティッド(Cryptid)って言うんです」

「あら……そう」


牧村は鼻白んだ表情を見せた。

「まったく帰国子女は違うわね。あんた、イギリスに十二年いたんだっけ」

「あの、UKです。イギリスという国はありません」

「殺すわよ」

「えっ?」

「何でもないわ」


自分で水の入ったボトルを手にすると、牧村はグラスにお代わりを注いで飲んだ。

そして話を続ける。

「東京から電車で数時間行ったところにある地方都市のとある集落で、UMA……じゃなくてクリプティッド、だっけ?そいつが目撃されているの。通報は今週に入ってすでに百十三件」


言うと牧村は、胸ポケットからメモを取り出した。


「夕方四時くらいに現れては、農家をやってる佐倉さん家の飼い猫のキャットフードを食べているらしいわ」

「キャットフード?」

「多分、猫を屋外で飼ってるんでしょ。あたしの祖母の家もそうだったわ。キャットフードを食べた後は、裏山に戻って古いお堂で寝てるらしい」

「……それ、もはや未確認動物じゃないですよね。完全に足取り追えてますし」

「でも、正体はよく分かってないわ」

「ウチに……国家危機調査室に持ち込む前に、もっと他の公的機関が介入する余地はあったと思いますけど。保健所とか」

「野良猫じゃないんだから、そういうわけにはいかないわよ。それに、問題になってる集落はN村と言って、一日にバスが一本しか通らない、いわゆる限界集落なの。近隣の公的機関の人間も、時間を割いて訪問するのが難しいのよ」

「えっ……」


マイミは息を呑んだ。

「もしかして、あれですか。麓の街とつながるたった一本の道が崖崩れで塞がれちゃうと孤立しちゃうタイプの集落ってやつですか?」

「何よそれ。しかもあんた、何でちょっと嬉しそうなのよ」

「事件が起きる。だけど下界とは断絶していて、助けを呼ぶことはできない。孤立した村の中で、次から次へと殺されていく登場人物たち。どうする、名探偵コナン……」

「コナンは関係ないわ」


牧村は言うと、また菓子を探り始めた。

「問題は、来年にそのN村を含めた市町村合併が予定されているってこと。現時点でN村の住民はみんな合併に反対していて、住民投票が予定されている。でもその市町村合併が成立して、市に昇格しないと、色々と困る人がいるわけよ」


マイミはピンときていた。

「もしかして、道路関係?」

「察しがいいわね。整備が遅れてる道路計画があって、着工を急いでいる有力業者がいる。何としても合併を推進する必要があるのよ」

「そのためにはクリプティッドの問題を解決して、N村の住民のご機嫌を取る必要があると……」

「そう。それに成功すれば、この請求書の引き取り手が現れるって寸法よ」


裏で糸を引いているのは、おそらく政権内の誰かだろう。マイミはそれが誰かを想像しながら、ゆっくりとカレー煎餅を噛んだ。


「とにかく、さっさとN村に向かって、このUMA問題を解決して頂戴。それとも、この八桁の請求書を自腹で何とかする?」


言いながらチラリとグレイの方を見る。マイミと牧村のやりとりを黙って聞いていたグレイは、無言で肩をすくめた。官僚同士の話に首を突っ込むつもりはないようだった。


牧村は、菓子入れからキラキラのアルミで包まれたキャンディ状のお菓子を取ると言った。

「塩辛い物を食べた後には、甘い物が食べたくなるわね」


その間も、マイミは腕を組んで考えていた。N村に赴くことはやぶさかではないが、少し気にしていることがあった。


「一点だけ気になるんですが……」

「何よ」

「何か、話がこじんまりし過ぎてる気がするんですよね。私は国家危機調査官であり、担当する案件は国家の危機に限られるはずです。名もない寒村に閉じ込められて、村人の誰が殺人鬼か当てるようなストーリー展開って、タイトルと矛盾してる気がするんですよね。もうちょっと壮大なストーリーを見せとかないと読者的に納得しないって言うか……。いつ龍が出てくるんだって感じですし……」


「あんたが何言ってるか、まるでわからないわ」

言うと牧村は包み紙を取り、キューブ状の物体を口へと放り込む。


と、突然鬼瓦のような形相を見せた。


「何よ、これ!チョコじゃないの?」

「えっ?どうしたんですかいきなり」

「マグロの味がする……こ、これはツナピコじゃない!」


牧村は怒りを爆発させた。


「信じられない。お菓子の中にツナピコなんか混ぜとかないでよ!これはカテゴリ的におつまみでしょ!」


牧原はツナピコをガッと掴むと、マイミに向かって投げつける。


「とにかく、四の五の言わないでN村に行きなさい!」

「あ、す、すいませんすぐ行きます」


ツナピコをかわしながら、マイミは駅すぱあとで経路検索をする。N村までは電車とバスを乗り継いで半日、下手したら一日かかりそうだった。


「牧村さん、途中まではグリーン車使っていいですか」

「あんたなんか青春十八きっぷよ!」

牧村は怒鳴りながら菓子入れをひっくり返した。




つづく

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