怪奇!N村湯けむりの事件簿(11) ~極道の底力~
「あれは……何なの」
驚きを隠せず、多古忍がつぶやくように言った。
「あれは、土蜘蛛。見ての通りの巨大なクリーチャー……」
そう言いながらマイミは、件の予言を思い出していた。
「そして土蜘蛛は、この村を覆った悪意」
そう口にしたマイミは、クリーチャーが出現する理由を理解したような気がした。
「あんたが何を言ってるかわからないけど……」
多古忍は傍らに控えるマオカラーのスーツを着こなした男に目配せする。
「多古組の底力を見せる必要がありそうね」
ヤクザたちが次々に銃を取り出した。
フィリピンで密造される三十八口径のリボルバーや、中国製トカレフの黒星拳銃などではない。米海兵隊が制式採用しているM4カービン銃や、ロシア製アサルトライフルのAK-47などだ。
グレイが感嘆する。
「大した調達力だな、多古組ってやつは」
ヤクザが土蜘蛛に狙いをつけると、次々に発砲を始めた。
「グレイさん、彼らは土蜘蛛に対抗しうるでしょうか」
「奴らの戦術レベルは素人だな。一体多数のこういう状況では、横隊に展開して十字砲火を浴びせるべきだ。だが武装はなかなのものだ。アサルトライフルは拳銃なんかと比べて遥かに命中精度が高いし、貫通力にも優れる。おそらく、土蜘蛛を痛めつけてやれるだろう」
次々に発射されるアサルトライフルの銃撃で、夜空が明るくなる。土蜘蛛の胴体に、脚に銃弾が着弾し、体液が飛び散った。
土蜘蛛は身もだえしながら、後退する。
「逃がなす、追い込むんだ」
ヤクザたちが嬌声を上げた。弱った者を追い込む瞬間ほど、ヤクザが光り輝く時はない。口々に蜘蛛を罵りながら、距離を詰めていく。
だがマイミは眉をひそめていた。このまま終わったのでは話が簡単過ぎる。
「ねぇグレイさん、幾らなんでも簡単過ぎじゃないですか?」
「何だと?」
「このまま土蜘蛛を倒せると思いますか?」
「銃撃は効いている。時間の問題だろう。霧崎さん、何を心配しているんだ」
「その、何て言うかもうひとヤマあると思うんです。あいつ、蜘蛛のくせに糸すら吐いてないし」
マイミがそう言うのと同時だった。
土蜘蛛が、糸を吐き出した。
太い糸がヤクザたちに絡みつく。糸の表面は鋭いかぎ裂き状になっていて、肌に食い込んだ。
ヤクザたちは、スパイダーマンに囚われた悪漢のように悲鳴を上げる。糸のせいで身動きをとることができない。
「やっぱり!」
マイミは叫んだ。
「奥の手を隠し持ってたんだ」
「いや……あれを見ろ」
ヤクザの一団は身動きができなくなった。土蜘蛛は、糸に捕えた獲物を食い殺そうと前進を試みる。だが土蜘蛛もまた、銃弾を浴びた傷口から体液を垂らしていた。重症の上に糸を吐き出したことで力を使い果たしたのか、動きがどんどんと鈍くなる。
「相討ちだ……」
グレイが呟く。
その時、誰かの放った銃弾が、土蜘蛛の胴体に直撃して腹を引き裂いた。
「あ……」
マイミは嫌な物を目にした。土蜘蛛の裂けた腹の中から、小さな子蜘蛛がわらわらと出現したのだ。
「うええ、気持ち悪い」
「あれは、マズいぞ」
グレイが緊張した声を出した。
「糸に囚われた奴らは、恰好の標的だ。生きたままあの小さな蜘蛛たちに食い殺される」
「マジですか……」
マイミは顔を覆った。
体長三十センチほどの、小さな土蜘蛛。数十匹の蜘蛛たちは、はじめ訳が分からない様子でキョロキョロしていたが、やがて親の放った糸の存在と、その先でもがく獲物の存在に気付いた。
「親蜘蛛が死力を振り絞って残した、最初で最後の獲物だ。子蜘蛛たちは全力で食いに来る」
「グレイさん、やっつけて」
「無茶を言うな、こっちは裸だ」
その時、夜空に凛とした声が響く。
「親が子のため、わが身を捨てて活路を開く。例え虫ケラとは言え、その心意気や良し」
マイミは声の方を向いた。
多古忍だった。
「だがこっちにも、親と子の契りがある。極道が交わした親子の盃は、伊達じゃない」
言うが早いか、多古忍は携帯型対戦車ミサイルであるFGM-148ジャベリンを担いだ。
「くそ、あの女、本気か!?」
グレイが言った。
「何ですか、あれ」
「戦車の重装甲を吹っ飛ばすミサイルだ。こんな近距離でぶっ放してみろ。辺り一面、焼け野原になるぞ」
「……でも、多古さんの目を見てください」
「ああ、あの女は本気だな」
バスン。
と音がして、ジャベリンの弾頭が圧縮ガスによって飛び出した。
数メートル飛翔した後、安定翼が開いてロケットモーターに点火される。
やがてミサイルは盛大に炎の尾を吹きながら推進し始めた。
「着弾まで数秒だ。みんな屋内に退避しろ!」
グレイが叫ぶ。佐倉さん以下の全員が、一斉に屋内へ逃げ込み始めた。
だがマイミは振り返って、ミサイルの行方を見届けようとした。
自らの死と引き換えに子の活路を見出そうとした土蜘蛛と、親の面子にかけて子を助けようとする多古忍。その両者の対決に興味を惹かれていたからだ。
自分には、そんな親はいなかったから。
だが。
「死にたいのか、霧崎さん」
グレイがマイミの手を掴んだ。強く握りしめるその手の力強さにハッとしながら……。
マイミは屋内へと退避した。
つづく




