怪奇!N村湯けむりの事件簿(6) ~N村の正体~
夜中までスマートフォンをいじっていたマイミは、ある結論に達していた。
それが職務の範疇か否は議論の分かれるところだったが、何事も考え始めると止められない性分だったので、やはり確かめることにした。
この屋敷には何かがある。
道端で拾い、一夜の宿を貸してくれた恩人に対して失礼だと思いながらも、マイミは灯りの消えた佐倉家の中を捜索し始めた。
居間、客間、書斎、台所、トイレ、客用のトイレ、浴室……と、次々調べてまわる。ドラクエの主人公になった気分で引き出しや戸棚を探ったが、薬草やちからのたねは見つからなかった。
渡り廊下を通って、離れに侵入する。
そちらは佐倉さんが仕事で使う事務所のようだった。
キャビネットの中から書類を取り出し、あらためていたマイミは、自分の推測が間違っていなかったことに気づいた。
そして、ふと予感する。
このパターンはやばいやつだ。
その時。
「霧崎さん?」
背後からの声に、飛び上がって驚く。
佐倉さんだった。
予感は当たっていた。マイミは押し殺した声でつぶやく。
「やっぱり……」
佐倉さんは笑顔を浮かべたまま近づいてくる。
「一体、何をしてるのかな?」
だが、本心がうわべの表情通りでないことは、雰囲気から察することができた。
マイミは言葉を選びながら、口を開いた。
「あんたの犯罪の証拠を見つけたとこだよ」(あ、いえ夜中に起きてトイレを探してたんです)
「やはりな」
「あ、しまった!」
心の声が盛大に漏れてしまったことに気づき、マイミは自らの口を塞ぐ。
「君たちを呼び寄せたのは、やはり間違いだったのかも知れないな」
「つまり……」
「正解だよ。君の見立てはね。ただ、とても残念なことに、知られてしまった以上は、死んでもらうことになるのだが」
「ちょっ、ちょっと待ってください」
マイミは慌てた。
「な、謎解きの時間はもらえないんですか?私がどうやって気づき、佐倉さんがどんな悪いことをしていたのかを説明する時間は」
「必要ないだろう、君は証拠を見つけたというのだから」
「いえ、読者が……」
「一体、何を言ってるんだね?」
その時、事務所の入り口からゴトリと言う音が聞こえた。
マイミと佐倉さんが同時に振り返る。
「うわっ!」
「ぎゃっ!」
入り口には裸のグレイが立っていた。
驚く二人をなだめるように、グレイはみずからの胸元を指差した。
「安心してください……」
指先をするすると、股間の方へと下ろしていく。
「履いてます」
ブーメラン型の絹のパンツを履いていた。
「寝る時はいつも、パンツ一丁なんだ。そうでないと眠れない」
「あ、いやグレイさんそれよりも……」
「そうだな霧崎さん。どうやらこの村の秘密をかぎつけたようだ」
「そうなんです、聞いてください」
マイミはキャビネットから取り出した書類の一枚を手にした。それはN村で佐倉社長の会社に就業する社員のリストだった。
「この村の住民の八割は東京からやってきたITエンジニアで、佐倉テクノロジーズの社員です。表向きは都会暮らしに疲れたり、ブラックな就業環境で体を壊した若者たちを、佐倉社長が迎え入れたという話になっていますが……」
続いてマイミはスマートフォンのメールを開いた。
「佐倉社長の事業はどれもうまくいっていません。経済紙に載っていた、水耕栽培に取り組む新型農業の話も二、三年前から行き詰っているはずです。証券会社でアナリストをやっている知人に確認しましたが、事業規模的にも収益が出てるとは思えず、技術的にも陳腐で発展性も無いと……」
グレイが眉をひそめた。
「すまんな、経済の話は興味が無い。何が言いたいんだ?」
「なのになぜ、佐倉さんはこんな立派な家に暮らし、高級車を乗り回しているのか」
「裏の顔があるんだろうな」
その言葉にマイミは頷くと、鋭い眼で佐倉さんを見た。
「この村に産業はありません。盗品や麻薬の流通拠点とするにも交通の便が悪すぎる。ただ一つ、潤沢にあるのは……」
「ITエンジニアか」
グレイが結論付けた。マイミは頷く。
「警察庁の公安部門にいる同期に確認しました。ここ数年、急増する個人情報を悪用した詐欺の背景に、大掛かりなサイバー犯罪組織の影があると。糸を引いていると噂されているのは、広域指定暴力団である田子組。日本最後の武闘派と呼ばれる暴力団です」
「……田子さんには、私が東京で会社を潰した時から世話になってる」
そう言うと佐倉さんは優しく笑った。
「数年前まで、私は小さな会社を経営していた。大手メーカー系のシステム開発会社の下請けだよ。だが元請の横暴な要請に振り回され、社員を守ることもできずに会社を畳むことになった」
小さくため息をつく。
「お二人が察してる通りだ。私たちは田子さんのところに労働力を提供している。みんな、都会の生活に疲れきった若者だよ。一日十六時間の労働に耐え、元請からの横暴な仕様変更に泣き、それでも給料は上がらずIT土方と揶揄される。だが、恋人も作れず、家に帰ってラブライブのDVDを見るだけで、それが人生だといえるのか?」
優しいが、どこか悔しさを滲ませた笑みだった。
ごとり、と音がして、事務所の玄関口に人影が現れる。マイミとグレイは身構えた。
「ある者は朝目覚めた時、体が動かなかったんだ。あまりの過労に心がやられていたんだろう。何とか力を振り絞って携帯電話を鳴らし、上司に欠勤を告げた。返ってきた言葉は『休むくらいならもう死んでくれ。代わりを探せるから』だった」
事務所の玄関に現れたのは、青白い顔をした幾人もの男たちだった。幽鬼のような表情でこちらを見ている。
佐倉テクノロジーズの社員たちだ。佐倉さんが呼び寄せたのだろう。
「あなたたちの車が防弾仕様なのは……」
「多古さんから供給されているんだ。この拠点が警察や対抗組織にいつ襲撃されても、即応できるようにとね」
供給されたのは、車だけではないようだ。駆け付けた社員の一人が、猟銃を手にしていた。
「……マズいな」
グレイがつぶやくように言った。
「こっちは素手だ、もっと言えば裸だ。霧崎さん、何とかしろ」
「む、無茶を言わないでください」
「あんたの灰色の脳細胞の出番だ。東大卒なんだろ?」
その言葉に、幽鬼のような男たちがビクリとした。トーダイ……トーダイ……と洞穴を吹き抜ける風のような虚ろな声でつぶやく。
「やめろ、刺激するな。彼らをこき使っていた元請の社員たちは例外なく高学歴で、私大卒の彼らを馬鹿にしていたんだ」
「そんなこと言われても……」
憮然とするマイミ。興奮する社員たち。
猟銃が持ち上げられて、その銃口がぎらり光る。
危ない!霧崎マイミ!絶体絶命のピンチ。
その次の瞬間、凄まじい轟音と地響きが起きて、事務所の壁が吹き飛んだ
つづく