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覚醒

次の日曜日、俺は、万一を考えて家族に当てた手紙(遺書)を引き出しの中に隠した。父親と母親の顔をマジマシと見て、お礼を言って、不審がる両親を後に家を出た。まさか、死ぬかもしれないとも言えない。

千田駅前で榊と待ち合わせしていた。今日は死ぬかもしれない。死ぬ前にしておきたいことは沢山あるけど、しかたないな。せめて、榊には告白しておこうかな。なんて考えていると、向こうから榊が来た。

「逃げなかったね偉い偉い。私は逃げたかったよ」

あ、逃げたかったんだ。俺見捨てて。ガクッ。

電車とバスで一時間半、名も知らない、こんな山に妖怪の国の扉があるらしい。

「寒いなー」

俺は震えながら言った。榊は黙々と歩いている。こんな雰囲気じゃ告白どころじゃないな。白い息を吐きながら歩いていくと、ある滝の側で止まった。

「ひょー見事な滝だー!でも、水しぶきで寒さを増すね」

俺は気まずさに耐えきれず、ちょっとテンション上げて叫んだが、榊は相変わらずんの無反応。おいおい、頼むよ。この世の最後の思い出がこれ、なんてことないでしょうね。

「で、計画は教えてくれないの?」

あまりきつく問い詰めたくないんだけど、いつまでも黙られてもね。

「この滝の裏が妖怪の世界の扉よ、この扉のところまで、奴をおびき寄せられれば、奴は妖怪の国へ戻るわ」

「簡単に言うね。具体的な計画は?」

「敵に聞かれたくないから言わない」

あっそ。俺はため息をついた。

「脱いで」

榊がドスのきいた声で言った。

「え?」

聞き間違いだよね。脱いでっていった?今、冬だし、武者修行??

「服を脱いで」

榊がもう一度言う。なんか怖い。

「あの、今日何しに来たんだっけ?」

俺は恐る恐る聞いてみる。

「今日は生きるか死ぬかよ」

ああ、そうだよね。それは知ってたよ。俺は勇気をだして、上半身裸になった。今回はここまでで勘弁してもらおう。夏じゃないんだし。裸好きの読者の皆さんごめんなさい。

「あいかわらずね」

榊はボソッと言った。何か相変わらず?俺の肉体?お前の性格がか?榊はそのまま近づいてきて、俺の胸に指を立てた。ブルルル。この震えは寒さのせい・・だけじゃないよね?なんか榊怖いなあ。ドキドキする。この動作の意味は怖いから?嬉し恥ずかしだから?

「あなたの血をもらうわね」

えっ?どういうこと?榊は爪を立てて、俺の胸に傷をつけた。

「痛っ・・」

俺の胸から赤い血が流れた。榊はそれをいやらしく舐めた。

「あっ気持ちい」

やべ、変なこと言った!慌てて俺は口を塞いだ。榊は勝ち誇った顔でニヤッとして離れ、ライターに火をつけた。

「うわわわわ」

奴が出た。もう、何かに変身してもない。炎の固まりみたいになって脇目もふらず、俺の傷跡に目がけて襲ってきた。俺助ける気ある?っとそのとき、奴は急に後ろに下がった。榊の体から出た、藁の紐に燃えうつったのだ。榊は、「人間か?」というスピードで、滝壺の上を走り、滝の裏に飛び込んだ。瞬間、縄もこれでもかと言うほど太くなり、流れ落ちる滝の水の抵抗にも負けず、炎を滝の裏側に引っ張り込んだ。えええっ、俺取り残されてる?俺は、榊を追った。榊があまりにも自然に水の上を走っていったから。自分もできると思いこんで。  

ぼっちゃーん。

気がつくと水の中にいた。すごい勢いで、水が上下に回っている。やば。ここ滝壺だったんだ。息苦しくて、水の上に上がりたかった。ジーパンが水で張り付いてめちゃめちゃ重く感じる。脱がないと・・・自分が水に振り回されながら、とにかく脱ごうともがいた。けれど、脱ぎきる前に息が続かない。もうだめだーと思った瞬間だった、鱗のついた大きな尻尾が体に巻き付いて、俺を持ち上げた。ジーパンは脱げて水の中。また全裸だ。

ゲフッゲフッゲフッ。

俺は、水を出しながら、なんども咳をした。そして、目の前ににいる大きな竜に気がついた。あまりの怖さに、また水の中にもどりたいなあ。とまで考えていると、竜が大きな声で話始めた。

「ああ、うまそうな男だねえ。久々に、いい男が手に入ったよ」

と、大きな牙を見せながらいった。血の気が引いたが、自分より、榊のことが気になった。

「榊!こっちくるなよ。逃げろよ」

俺は、滝に向かって叫んだ。そして、なんとか、出ようとしたが、締め付けがほどけない。あきらめられず、体を左右に揺らして、外れないかと頑張った。

「ウフ。ハハハハハハ」

竜は一瞬驚いた顔をしたが、その後大笑いした。

「可愛い子。可愛い子。大体の子は怯えて何もできないのに、逃げようとするなんて。・・・気に入ったわ」

そして、大きな口をあけて、俺を体ごと、舌で嘗めた。うわ、ザラザラだ。

と、そのときだ。急に俺は、体を倒された。驚いて前を見ると、竜ごと体を倒されてる。いつのまに滝の外に出た榊が縄を竜の首に巻き付け、引っ張ったのだ。榊は、水の上でなく、さすがに陸の上にいる。

「その子に手出しは、やめてくれる?」

榊はやつれた声で荒く息を吐きながら言った。

「榊!」

俺は叫んだ。

「あなた、何やっているの?火の精がうまくいったと思ったら、今度は竜となんて・・・」

「ごめ・・だっておまえ、追いかけてたら、池に落っこちちゃって」

俺はあたふたした。

「ここは、妖怪の国の入り口なのよ?下手な行動はしないで」

榊がため息をついた。

「おや、あんたの男かい?」

竜がせせら笑った。

「そうよ、あたしの男なんだから」

うわっ超うれしい。

「だめだよ。あたしが気に入ったんだよ。この子は私がもらうの」

竜は大きな口をあけて、榊を挑発した。いや、もらわれたくない。もらわれたくない。

「掟は知ってるわ。ほしいものは・・・」

榊がすごんだ。

「そうさね。力ずくでだよ」

竜が縄のついたまま首をブンと振った。縄を持っていた榊はグンと持ち上がって、向こう側の岩にぶつかりそうになった。が、そこは、さすが榊。体制を持ち直し、その勢いにのって、竜の周りを飛び跳ねながら、縄を巻いていった。しかし、竜は手の爪で、縄を切ってしまう。俺はというと、ブンブン振り回され、酔いそうになりながらも、なんとか、脱出できないかと、チャンスを待った。時はきた、榊が投げた縄で口を塞がれそうになった竜が、焦って、尻尾で縄を弾こうとしたのだ。尻尾の締め付けがゆるんだ。俺は、急いで抜けて竜の尾に乗ると、竜に巻き付いてる縄を足場に竜の頭に昇った。

「コンチクショー!」

俺は竜の角を両手で押さえ、思いっきり、引っ張った。

「やめとくれー」

竜は目を回して、水の中に倒れ込んだ。そこを榊が、なんという怪力か、縄で竜ごと陸に上げた。女の怪力は可愛くないぞ、榊。まあ、俺は榊なら、(なんでも)許すけどね。

榊は竜の右手にある玉を取り上げた。

「これが、竜の力の元なの。取り上げれば、大きな力は出せないと思うわ。それにしても、元輝君。よく竜の角が弱点だって分かったわね。」

「なんとなく・・・そんな気がして」

榊は俺をチラと見て続けた。

「もう、見慣れたけど、パンツをはいた方がいいわね」

うわあ、またやっちまった。俺は下を隠して、ハッとした。

「俺、露出狂じゃないからね。こんなに見られて・・・責任取ってほしいよ榊」

・・・って待てよ、パンツもズボンも滝壺の中だあ。今日、バスと電車できたよな。俺は、真っ青な顔して榊をみた。

「私は、一応着替え持ってきたけど・・・スカートだよ?それにパンツは貸したくない」

「俺もスカートはいて、帰りたくない。しかも男のスカートノーパンってどうなのよ」

俺はブルっとした。まず寒い。榊はクスッと笑った。

「あーじゃあ、藁の服っていうのはどうだろう?」

榊は、俺に藁を巻き付けた。

「いや、ここはさ、私が暖めてあげるって展開には・・・ならないかな。」

「ならない」

「でもさ、藁人形みたいだよね?これ」

「寒さよけにはなるでしょ。私、何か買ってきてあげるよ、麓まで普通に歩くと、三十分くらいだけど・・・」

往復一時間?俺は、涙目になった。ウルウルしている俺をみて、榊が嬉しそうに舌なめずりした。

「しょうがないなあ。もう一回、傷舐めさせてくれない?」

「何で?」

「元気出るから。多分、片道五分くらいで、麓に行けるようになると思う」

榊がニッコリした。俺はこの顔によわい。

「いいけど・・・さ、じゃあ、キス、させてくれる?」

調子にのって頼んでみた。

「何で?」

そうですよね。はい。頼める立場じゃないですよね。

「なんでもないです。どうぞ、ご自由に」

俺はちょっとふてくされて言った。榊は俺の体にまとわりついた藁をどけると、俺の顔色をうかがいながら傷口を舐めた。そんなんで、本当に、力がでるのかねえ。そういや、俺の血は妖怪に力を与えるとかなんとか言ってたな。とすると、榊も妖怪なのか?まあ、いいけどね。榊になら取り憑かれても。なんてボーッと考えてると、榊が顔を近づけてきた。そしてほっぺに軽くキスすると、

「ありがと」

と言って、風のように早く駆けていった。うわああ、俺って幸せ者―。結構寒い風が、顔を当てる中、榊の藁にくるまりながら、俺は、にやけていた。

「うううん」

倒れていた竜が気がついた。大きな目をパチクリさせてる。

「あたしの玉どこやったのかえ?」

少し、媚び口調だ。気が弱くなってんのかな?でも、竜の姿だし可愛くない。

「知らねえな」

本当は、榊が持っていったんだけどね。

「あたし、あれがないと困るのじゃ」

「散々俺らのこと、いたぶっといて、それはないんじゃない?」

竜は目を閉じて、形を変えた。小柄な人間の女に。しかも、裸だ。うひゃー目の保養だー。

「教えてくれたら好きなことさせてあげるんだけどなあ」

竜は、挑発的に近づいてきた。声まで換えやがって、さっきとは、別人じゃねえか。ゴクッ。これは、我慢するのつらいなあ。しかし、榊の藁がまさに縄のごとく、俺の心を締め付けた。

「教えるか、教えないかは別として、そんな格好してると、どうなっても知らねえぞ」

あまり、竜の方を見ないで、呟いた。今は男として、これが精一杯の台詞だ。

「へえ、脅すんだ。人間風情が」

姿、口調は変えても、竜の気持がチラホラでてますなあ。俺の周りは気の強い女ばかりだな。俺に負けたくせに、生意気な!おまけに寒さでなんだか、イライラしてきた。

「力でねじ伏せてやろうか」

竜に向き直って、久々に強気で言ってみる。いい女でも、所詮は竜の幻影だ。でも、目のやり場にこまるなあ。ああ、これが榊だったらなあ。

竜はフッとため息をついた。

「ごめんなさい。分かったわ。分かるまで、あなたの側にいるわ。服はどこかしら」

懐柔策に出たらしい。気の強い女が急に大人しくなるとそそるな。

「榊が代え持ってたはずだけど」

あっ余計なこと、言ったかな。竜は榊の鞄を勝手にさぐった。いいのかなあ。そして、服をきて、隣にちょこんと座った。

「私、凜、よろしくね。これから、あなたの家に一緒に住むから」

ええっ、また問題がおきるの?勘弁してよ。受験近いんだからさ

「これは、どうゆうことかしら?なぜ、この子は私の服をきているの?」

榊の怖い声が聞こえた。振り向くと手に買ってきたばかりの服を持っている。

「こいつ竜だぜ、頼むよ榊、こいつ、俺の家に住むことにするっていうんだ」

平静を保ちながら言う。少しは、焼きもちやいてくれるかなあ。

「だめよ」

そうだよな。だめだよな。そういわれると嬉しいよ。やきもちだろ?

「受験が終わるまではだめ。受験におちたら、困るの。どうせ、竜の玉を返してもらいたいだけなんでしょ。なら、私達の仲間になって」

あれ?やきもちなんだよな?俺に対しての。

「あなたが私の玉持ってるの?」

凜は言った。

「そうよ。私達の受験が終わったら、あなた達、仕事に協力してもらうわ」

あなた達って俺もですかい。榊は俺に服を投げてよこした。凛は急に榊に媚び始めた。

「じゃあ、あたし、あなたに役立つよう頑張るから、早く玉を返してちょうだいね」

「いいわよ。けど、四月になるまで待って。それまで、受験に専念したいから」

「全くだぜ。俺、受かるかな?」

「一日もはやく、仕事に復帰したいの。だから、元輝君も受験に受からないと、私どうするか分からないわよ」

榊は縄を俺の首に巻き付けすごんた。ひいい、お許しくださーい!凛がケラケラ笑い出した。

「あら、じゃあ、あたし、元輝君が受からないときは水に沈めちゃおうかしら」

凜は笑いながら言った。それ、ジョークですか?笑えませんから。これは、受からない訳にはいかなくなったな。

四月、榊の新入生代表の挨拶を聞きながら、俺の心は、晴れ晴れしていた。二次の補欠とはいえ、何とか、この大学に潜り込めた。しかも、榊と同じ学科に!俺は、そのおかげで、高校ではスター扱い!親は喜びすぎて近所中に触れ回り、すれ違う人に声をかけられて、俺はとても恥ずかしかった。しかし、これは、一方で、一生榊に頭があがらなくなったことだとも言える。つまり、榊が何か問題を持ってきたとき、俺は素直に従うしかないのだ。

「元輝くーん」

入学式の帰り、お袋と歩いていると、ちょっと見下すような声で榊が話しかけた。やっぱり来たか。いやな予感がする。

「あら、榊さん。おかげ様でうちの馬鹿息子も入学できました。それに代表の挨拶立派でしたわ」

お袋が深々と頭を下げた。そうそう、お袋は、俺と榊は付き合っていると思っている。俺はその方がいいんだけど。

「いえいえ、元輝君の実力ですよ」

いつのまにお世辞ができるようになった?そういうキャラじゃないだろ榊!

「そちらにいるのは、妹さん?かわいい方ですのね」

榊の隣に凜が隠れるようにいる。

「いえ、親戚の子です。今我が家に預かっていまして」

そして、俺の方を見て、わざとらしく、ニッコリした。

「元輝君、今度の土日暇?3人で行きたいところあるんだけどー」

明らかな仕事依頼に喜んでいいのか、悲しんでいいのか。

「はいはい。いいですよ」

俺はため息をついて答えた。


「お待たせ、元輝!」

土曜のいつもの千田駅での待ち合わせ。凜が、走ってきてなれなれしく、俺を呼んだ。後ろから榊が歩いてくる。

「呼び捨て禁止!お前には呼ばれたくない」

何でかな?俺、凜には強気になれるんだ。喧嘩に勝った自信からかな

「なによ、じゃ、誰になら呼ばれてもいいわけ」

俺はチラと榊を見た。もちろん、榊になら・・・だ。なのに榊ったら

「意外と気むずかしいのね、元輝君。じゃ、元輝君っていうのもまずいかな」

「そんなことねえよ」

俺は、うつむき加減に答えた。榊になら、むしろ元輝って呼ばれたいんだけど・・・って言えねーそれなのに、空気をよめねえ凜は、

「元輝君。元輝君。元輝君」

ってまとわりつく。うぜえ!

「今日は来てほしいとこがあるの」

榊が、歩き出しので、俺たちはついていった。

「あっそうそう、渡す物があったんだっけ」

榊は歩きながらバックから封筒を出した。

「はい、元輝君のお給料」

「えっ俺?俺、働いたっけ?」

「2回ほど、協力してくれたでしょ」

協力っていうか、巻き込まれたっていうか・・・とりあえず、俺は、封筒を手にとり中を見てびっくりした。

「えーっと1,2,3,・・・10万円はいってるんだけど」

「安くてごめんね。元輝君。まだ正式に組織に入ってないし」

「安くないって。俺、ほとんど何もしてないのに、高すぎない?」

「そんなことないよ。生きるか死ぬかの仕事にしては、安すぎるよ」

「そっそうかもしれないけど、榊がいなかったら、俺、やられてわけだし」

「でも、それも、私達が逃がした妖怪だし」

そっか、じゃ、迷惑料?そう考えると、安すぎねえ?

「元輝君にはさ。私たちの組織に入ってほしいの」

「組織に?」

「うん。凜と一緒に」

「榊もいるのか?」

「もちろん、当分一緒に仕事することになるわ」

「じゃあ、する」

何言っているんだ、俺―。ミニ告白?

「信頼してくれてありがと。」

榊はニッコリした。おいおい、信頼してるから、じゃねえぞ。好きだからだ

「ねえ、愛美」

凜が媚び口調で榊の腕にからみついた。あの竜のときの命令口調はどこいったのやら。っていうか、榊の名前呼び捨てにするなー!

「仕事1年間がんばったら、竜の玉返してくれるんでしょ」

「約束するわ」

条件付きですか、凜もげんきんなものだな。そうこうしているうちに、俺たちは、県庁に着いた。

「なんだよ、役所になんの用だ?」

「いいからいいから。ここはね、黙ってついてくるのよ」

榊は人差し指を口元に持って行って、先頭に立ち、エレベーターに乗った。榊は、最上階のボタンを押した。その後、3人の職員が同乗し、それぞれ階数ボタンを押した。職員達が降りて、最上階についた。その後、誰も乗らないのを確認して、榊は全ての奇数回と、非常の電話のボタンを同時に押した。

「えっ、いいのかよ」

「しっ」

焦った俺を、榊は片手で制した、。

「はい、どうしました?」

非常電話の側のインターホンから、男の声がした。

「榊愛美です。上げてください」

「了解」

最上階だったはずのエレベーターが上に動き出した。一つ上に進んだところで、エレベーターが止まった。扉が開くと、こざっぱりとした。でも、品のある内装の廊下に出た。どこかのホテルみたいだ。

「もう一個上があったのか」

「外から見ても分からないと思うよ。窓とか工夫してうまく辻妻合わせてるから。」

榊はさっさか歩いていく。俺は、壁にかかれた抽象画を横目で見ながらついていった。

榊は一つの部屋で止まった。見るからに立派そうな扉だ。

「部屋の向こうに次期代表がいるわ。気さくな人だから、それ程気を付けなくていいわ」

榊は扉を開けた。

「やあ、愛美、彼が例の子かい?」

部屋の奥の大きな机の向こうで若いハンサムな男が笑った。凜が走り出して、その男に腕組みした。

「まことー。会いたかったー」

何それ、この人にも媚び媚びなんだ。

「触るな」

男は真顔で腕を振り払った。怖。

「みんなの前だからって照れないでよー」

凜も気にしない。胸を寄せて迫った。そういう関係?

「みんながいなくても、触るな」

クールだなあ。さすがの凜も押し黙って戻ってきた。男は俺と愛実の方を向いて、爽やかに笑い話しかけた。さっきと雰囲気違くない?

「初めまして、元気君。僕が関東地区の責任者、誠って呼んでくれ。元輝君は、仲間になってくれるのかい?」

「ええ、了解はとったわ。」

何故か榊が答えた。

「例のことは、彼には?」

「少し言ったかな?でも、詳しくは言ってないわ」

俺は、戸惑って、榊の服を引っ張った。

「例の事って?」

榊が答える代わりに、次期代表の男が、答えた。

「ハハ、失礼した。順を追って説明するよ。ま、座って。」

なんか、スゲー爽やかなんですけど、この人。誠は、机の前の応接室用のテーブルセットのソファに僕らを勧めた。僕らは、誠の対面に座ったが、凜は、なぜか、誠の隣に座り腕をくんだ。誠は腕を外し、

「新入りの竜は話を聞く側だろ。おまえは、俺の対面だよな」

と、また素に戻って言った。ふうん、凜が竜なことも知ってるのか。凜がニコニコしながら動かないでいると、

「言うことは、聞け。竜の玉壊すぞ」

と、低い声でおどす。凜は渋々、こちら側の席に来た。やっぱこの人、裏表あるなー。

「愛美、悪いけど、お茶持ってきて」

誠が榊の方をみて頼んだ。

「はいはい。」

ええっ、愛美?呼び捨て?っていうか、何大人しく言うこときいてるの?俺のときとキャラちがわない?俺は、誠のことを嫉妬の混じった目で睨んだ。

「緊張しなくていいよ」

誠は余裕な表情で言った。なんか、むかつくなあ。

「どうぞ」

榊は俺たちにお茶を出した。誠に言われて出したお茶だと思うとくやしいけど、榊が入れたお茶だと思うとおいしい。

「僕らの一族は代々、人間の世界に入り込んだ妖怪を妖怪の世界に返しているんだ。逆に妖怪の世界に入りこんだ人間を人間の世界に帰すこともしているけどね」

誠は、お茶を飲みながら言った。

「そんな組織がなぜ、県庁の上にあるんですか」

俺は、少し、つっけんどんに聞いた。

そのときだ!

ガッシャーン!

窓が割れて、元気の良さそうな男の子が飛び込んできた。男の子はおもむろに手に持っていた剣を、誠の顔に向けた。ヒイイ・・何?

「お前かあ!凜を倒したという男は。俺様達竜に手を出したんだ。覚悟はいいだろうな」

「倒したのは、俺じゃない」

誠は顔色一つ変えず、剣先を指でどけた。

「じゃ、女、お前か?男だと聞いたのだが」

男の子は、榊に剣を向けた。榊は黙って、男の子を椅子から見上げている。俺だよ、榊は関係ない。立ち上がろうとするが・・・情けない、ビビッて動けない。

「まさか、そこのヘタレじゃないだろうな」

最後に、俺を剣で刺した。誰がヘタレだ!誰が!確かにヘタレだが。

「そのヘタレよ。時子」

凜がやれやれと言う顔をして言った。お前がいうなあ。って時子!?この子、女なの?

「こっこの子・・・」

俺は、見るからに男の子に見える子を指さして怖さに震えながら言った。その子は、ヒョイと跳ねると、俺の後ろを取り、剣を俺の首に当てた。

「無礼者、指さすな」

そこかあ!意外と細かいな。しかも怖いこの子。榊以上だ。

「時子、玉を取られたのは私の問題よ。若長もそういってたでしょ。それとも何?何かあったの?」

 時子はチラと俺たちを見回した。

「ああ、大変なんだ。人間が・・・いや、人間の兵隊が、妖怪の国に入りこんで、俺様達の国が・・・。長も全員集合で人間を迎え撃つつもりらしいが、あいつらの武器半端なくて・・・。とにかく、手がたりないんだ。来てくれ。長の了解も得ている。」

おいおい、どうなってるんだ。ややこしくなってきたな。

ガタン、誠が椅子から立ち上がった。

「道理で、この場所が、お前のような若造に、ばれるはずだ。長から聞いたのか?僕たちにも応援を頼めと言われなかったか?」

「人間の手は借りたくねえな。これは、俺たちの問題だ」

 迫力あるなあ、時子さん。

「いや、僕達の仕事でもある。百合、聞こえるな。僕達は行くから、後、頼むぞ」

「気をつけてね、誠」

どこからともなく、綺麗な声が聞こえた。幽霊ですか?何これ。

「手は借りねえと言ったろ」

時子は、凜の手をとり、窓から出ようとするのを、誠が止めた。

「阿呆。ここは、人間界だぞ。見ろ、派手な登場しやがって。下に、パトカーやら、なんやら集まってきた。これ以上目立つな。後始末が大変だ。」

「早く妖怪の国に帰りたいんだよ」

時子が地団駄を踏んだ。

「近道がある。来い。」

誠は手を引いて部屋の奥へ行った。誠は部屋の正面のでかい本棚に手をかけると、扉のように引いた。奥にエレベーターがある。

「かっこいいなあ」

ほれぼれした俺は、感嘆の声をもらした。

「ベタな仕掛けだろ。ひねりが無くて、気に入ってないんだ」

誠は常にクールだ。

 そのでかいエレベーターに全員乗った。中に細い柱が何本かある。へんなデザイン。ボタンは一つしかない。地下行きだ。

「このエレベーター。コースター並だから」

榊がボソッと言った。

「へっ?コース・・・」

言い終わらないエレベーターは、立っていられないくらい急降下した。うわわあああ。柱の意味はこれかあ。捕まっていないと立ってられない。

到着階近くで、エレベーターが軽くバウンドした。これも、コースター仕様?降りると、そこは、空っぽの四角い部屋で、中央に大きな穴が開いていた。

「ここにも、入り口があったのか」

時子が、その穴を見下ろした。遅れて穴をのぞき込むと、底が深くて見えない大きな穴だった。下の方から生暖かい風が吹いている。

「行こうぜ凜」

時子は、凜の手を引っ張り、穴の奥に入ろうとした。

「危ない!」

俺は思わず、二人の腕をつかんだ。が、予想以上の時子の力で、二人はそのまま落ちた。ので、俺も一緒に落っこちた。

「うわあああ、榊―、助けてくれー。」

俺が叫ぶと、上から、縄が三本落ちてきて、俺たち三人を捕まえた。助かったーと思ったら、いつまで経っても、縄は持ち上げられない。不安に思って上を見たら、上から縄を持ちながら落ちている榊と誠が見えた。えええええ!?

「何してんだよ、榊」

俺は叫んだ。榊は聞こえないらしく、耳に手を当てて分からないジェスチャーをした。腹立つなあ。そうこうしているうちに、下が見えてきた。やさしい光が見える。うわっさー。下に見える大きな岩にぶつかりそうになるギリギリで、俺は縄に引っ張られた。そして、大きな竜の上にポンと降ろされた。

「みんなついてきちまって、じゃまだなあ」

時子の声の竜は言った。みると、竜の上には、榊、凜、誠が乗っている。ってことは、この竜が時子さんかあ。

「あたしの玉も返しておくれよ」

自分の土地にきたからか、凜が強い口調で言った。竜だったときもこんな口調だったなあ

「若長に会ってからだ。どうするか僕が決める」

誠はビビリもせず、言った。さすが、次期代表、落ち着いてるなあ。 

しかし、ここどこ?空の代わりに上には草が生えている。そりゃ、地下に落ちたんだもの。空がないのは分かるよ。それにしても、草が上から生えているのは、みょうちくりんだなあ。そして、この光、上に生えている草がだしてるんだよなあ。へんなの。あっ、あんな上の方から滝みたいに水が出てる。だけど、見慣れないから、あんまり綺麗じゃないなあ。そして暑いなあ。蒸し暑い。これは、地下というよりジャングルだ。いや、なんかの体内みたいだ。

 榊が俺の袖を引っ張った。そして、遠くの岩山を指さした。

「見える?あの城。岩山みたいだけど、城なのよ。竜の城なの」

「ふーん。あそこか」

榊が俺をマジマジみた。

「何?」

「騒がないのね。感心したわ」

「まあな。その場にいると、結構平気なもんだな。でも後でくるんだぜ、震えとか」

俺はおちゃらけていった。でも、本当だ。意外と平気なもんだ。ってか、俺、意外とあり得ないことに、強いんだな。見直したぜ俺。

時子が岩山の城の窓に降りると、ようやく榊はみんなから縄を外した。

「いよう、待ちかねたぜ。ご苦労だったな、時子」

西洋風ハンサムが、岩の影から現れた。格好も、中世ローマ風の鎧だ。動きづらくない?それ。

「ご無沙汰しております。若長」

誠が深々と頭を下げた。へー、この人も頭下げるんだ。

「堅苦しい事は無しだ。人間の兵隊が、妖怪の世界に迷いこんでな。こっちも死者が出で、大変なんだ。」

「ほう、兵隊が?」

「若長、それ、さっき俺が言った」

時子が横から言ったが、若長と誠は無視して奥に歩いていった。時子の地位って低いんだな。

中はヨーロッパの宮殿と見間違えるようだ。いたるところが、ゴテゴテしている。若長の趣味?若長の案内した大きな部屋には、それぞれいろいろな国の格好をした女達がいた。皆戦いの装束だ。しかし、これ仮装パーティーみたいでちょっとうける。

「地図を見てくれ、誠」

若長は机の上の地図の端を刺した。

「この入り口に兵隊がざっと二十人入り込んだ」

「人間界との入り口は閉めたんだろうな」

誠が聞いた。

「もちろん。だが、入り口も爆弾とかで爆破されると脆いからな。」

誠は手を口元に持って行って呟いた。

「こいつらをそのまま返すと入り口が見つかる可能性もある・・・か」

「悪いが誠、今回はこいつら全員殺させてもらうぜ。こっちも死者や負傷者もでてるし、爆弾で環境も破壊されてる。・・・それに住み家を奪われた妖怪達が難民化して他の土地でもイザコザをおこしているんだ。このまま帰らせる訳にはいかない。皆納得しないだろう」

「兵隊・・・兵隊か。民間人ではない訳だし。致し方あるまい」

そうか、戦争になるのか・・・・なんか、きれい事だけじゃないのね。でも・・・戦争でいいことなんて・・・。それでつい、俺は口を挟んだ。

「でもさ。兵隊にも家族がいるだろ?望んで兵隊になった人じゃないかもしれない」

その一言に、みな俺を睨んだ。

「俺たちは平和に暮らしていただけなのに・・・報復しないと気が済まない」

女の一人が言った。それはわかる。でも・・・

「それは、感情だろ、建設的な意見として殺す理由ではないよな?」

なんだ、俺何言っちゃってるの?睨まれてるのに止まらない。俺何様?

「生きて捕まえろというのか?やつらの攻撃力を考えれば無理な話だ。」

もう一人の女が言った。

「人間は武器を持たねば、情けないほど弱い」

榊が言った。えっ味方してくれるの?でも、ここは、俺を止めてほしかったー。

 バン

若長が机を叩いた。

「そんな悠長なことは言っていられない。我々は今すぐ、彼らの破壊を止めたいんだ。お前らが止めてくれるというのか」

バン

「分かった。俺が止めて見せよう」

俺は、負けずに机を叩き返した。うわあああ、何言ってるの俺。止めてー、誰か俺を止めてー!


「でも、見直したわ。元輝君」

兵隊が入り込んだ現場に向かう途中、榊が言った。

「そっそう?」

俺は俺で、自分の言ったことにテンパッテいる。

「言うときは、言うのね。私、自分の意見を持っている人、好きだな」

えへへへへ。って顔がゆるむ。それどころじゃないんだけどね。

今は、竜になった凜の瞳の中に俺と誠と榊が入っている。かなりの早さで飛んでいる為、背中に乗ると、俺たちは風圧でつぶれる。だから、特別に竜の瞳の中に入れてもらった。中は丸い部屋のような感じだ。この早さなら、三十分で着くだろう。

 つい先ほどまで、俺たちは、竜の城で作戦会議をしていた。

「で、どうするんだ、あと二時間で俺たち四人でなんとかしなくちゃいけなくなった」

誠がより低い声でいった。なんだか、怒ってます?この人威厳ありすぎなんだよな。

「ホント、バカだねえ。元輝君は」

凜がケラケラ笑って言った。

「うーん、でも・・・兵隊の武器をなくせば、なんとかなると思うんだけど」

俺は必死に考えた。

「でも、兵隊ってことは、日本人じゃないだろうし、日本語も通じない。言葉が通じない人にどうやって武器を手放させるかは、難問ね」

榊が言った。

「なあ、凜、お前竜なんだろ、なんか芸無いの?芸」

気をとりなおして、俺は凜にきいた。

「芸って何?能力って言ってよ。娯楽じゃないんだからさ。そうね。私、水の竜だから、水を操ったり、出したりできるわ」

「水かあ・・・。ちなみに誠は?」

「ああ、俺、ふれた者の血を操れる・・・くらいかな」

ええ?なにそれ接近戦オンリー?微妙だなあ。使いづらそう。

「なんだよ。」

何も言ってないのに、めずらしく誠が突っかかってきた。ああ、自分でも気にしてるんだ。その微妙な能力。

しかし、水と血かあ。榊は縄だし・・・・。おっ、ピカーン。閃いた。これはいいかも。

「ふふふ、俺に任せろ。現場に行こうぜ。時間がもったいない」

俺は意気揚々として、みんなを誘った。


「そろそろ、現場の近くぞ。どうするのじゃ、元輝」

竜になった凜が言った。竜になると、この時代劇口調になる。声も低い。久々に聞くと、変な口調。

「ちょっと、現場から離れて降ろして」

地面に降りると、俺たちは凜の瞳から出た。なるほど、ここからでも爆発音が聞こえる。しかし、随分遠くにおろしてくれたな。煙と音しか分からん。

「どうするんだ」

誠が偉そうに言った。なんかむかつく。

「ああ、凜ちょっと協力してくれ。誠は用無しだから」

俺の言葉に、榊がクスクス笑った。このくらい言ってもいいだろ。俺は凜の耳元で作戦を話した。ふふ、みんな驚くぞ。

「分かった。少々大変だがやってみよう」

凜は頷き、竜のまま、大きく息を吐いた。あたりは濃い霧で包まれていく。ふっ作戦通り。視界が遮られたら、いくらなんでも、戦えないよなあ。

ドオン、バンバン・・・

爆弾と銃の音がさらに激しく鳴り出した。おかしいな。まだ、戦うの?これじゃあ、危なくて近寄れないな。

「これが、お前の作戦か?」

誠が低い声で言った。俺、まずい作戦立てたかな。急に、心臓がドキドキし出した。

「りっ、凜。竜のでかい声で、ノーウオーって言ってくれ。ノーウォー。戦争反対」

徐々に激しくなる銃の音に焦って俺は言った。

「ガオオオオオ」

凜は叫んだ。ちっがーう!そうじゃないー!

ドーン。大砲らしき音が聞こえる。近くに落ちた。怖ええええ。

「ガオオオオオ」

「もうやめてくれー!凜」

揺れと砂の風がくる。視界が無いだけ怖いよおお。榊は縄で俺たち全員を囲った。

 

しばらくして、急に、音が聞こえなくなった。

「あれ?」

榊が、縄を解いた。辺りは静まり帰っている。

「霧を消してくれ、凜」

静かに視界が晴れてきた。周りの木々が少なくなっている。さっきより視界が開けている。

「現場に行ってみよう」

誠が先頭に立って歩き出した。凜が困った顔をしてこっちを見た。榊が誠の後をついていく。

「凜は待っていて」

俺は、走って誠に追いついた。

現場は散々たる有様だった。兵隊達が皆倒れて死んでいるのが遠目でも分かる。俺は走っていった。

「愛実はここにいろ」

誠は走って俺に着いてきた。

「こんな・・・」

俺は、目を見開いて呟いた。死体を見て、吐き気がした。こんな筈じゃなかっtのに・・俺はなんて事を・・・。

「視界が見えなくなった為のパニックだな。人間はいくら強い武器をもっても、心までは強くなれない。自分を守るだけで精一杯だったんだろ」

誠は銃を蹴飛ばしながら続けた。

「いい作戦だったじゃないか、元輝。勝手に自滅してくれたおかげで、こっちの被害はゼロ。おまけに罪悪感も残らないだろ」

プッツーン。俺の頭の中で何かが切れた。気がついたら、誠を押し倒し、全力で殴っていた。

「うるさい。うるさい。お前なら、うまくやれたというのか!だいたいお前はいつも皮肉ばかりで、おまけに榊まで呼び捨てにしやがってー!」

関係無いことまで口走った後、ハッとした。誠の口から血が出ている。俺は手を止めて小さい声で謝った。

「気が済んだか?」

榊が立ち上がって言った。

「イチチ。思いっきりなぐりやがって。普通の人間なら死んでたぞ」

俺は、拳に力を入れて頭を下げた。まだ悔しかった。でも・・・

「本当にごめんなさい」

俺は、分かっていた。誠の言葉に怒っただけじゃない。うまくいかなかった作戦のイライラをも誠にぶつけていたんだ。

「結局、殺したのか」

頭の上から声が聞こえた。見ると白い竜が飛んでいた。凜じゃない。

「若長か・・・だが、約束は守った。一応問題は解決したぞ」

誠が言った。若長は人間の姿になりながら、下に降りてきた。

「本当の問題はこれからだ。この荒らされた土地をどう元に戻すか」

「そちらも、手を貸そう。死体をどかし、木を植えて・・・」

誠と若長は次のことを話している。

「死んだ者に対しては何もないのか?」

俺は言った。余計なことだと思っても、言わずにはおれなかった。二人はこちらを見た。

「終わった事、死んだ者を思うだけなら向こうへ言ってろ。この土地を荒らされたことで、行き場を失った多くの者達がいるんだ」

・・・分かっているよ。だけど・・・俺は、その場を離れた。今冷静にそのことを論議できる心の余裕はない。同じ人間が死んだのだ。かといって、榊や凜のいるところに戻るきもなれず、俺はさらに奥の森に進んだ。川が見えた。大きくもなく、かといって小さすぎる訳でもない。中くらいの川だ。水の流れは落ち着く。俺は腰を下ろした。

と、水の中から、大きな手が俺の顔をつかんだ。

「うげえ」

手は、ものすごい力で俺を川に引きずり混む。

「やっやめ・・・」

もがく俺の手を、何かがつかむ。顔を緑の水かきがひっつかみ、後ろに引きずっていく。何人もの手が俺を水に沈めようとした。大きな泡が俺の口から出るのが見えた。同時に、誰かの心が入ってきた。俺を殺そうとしてるやつの心だ。

「人間め、私の子を殺して・・・」

「返せ、土地を、子を、夫を、妻を・・・」

人間め・・・と言われても、俺じゃない。姿形だけで、決めつけるのか・・・何か、どうでもいいような気がした。俺がその人間を殺した。一方俺を殺そうとしているやつらは、彼らは暮らしを壊され、憎む対象を探していた。それが、壊した者(人間)の姿の、俺になっただけのこと・・・。この憎しみのリングを断つなら死んでもいいか。だが、俺の中の何かが死ぬのを拒んだ。それは、全てに絶望した人間の俺ではなく、何か別の・・・・。

 遠のいていく意識の中で別の意識が生まれるのを感じた。いや、何かに取り憑かれる様というのが正しいか。変わっていく体を感じながら、今までの人の意識は、少し距離を置いてすっかり姿が変わってしまった俺を見ていた。

 俺は大きな竜になった。体を振り回しながら、俺を殺そうとしていたやつら、カッパ達を地面に叩き付けた。彼らは恐れと怯えの混じった目をしながら、水の中へ逃げていく。俺は、彼らの一人を鋭い牙で捕まえ、森へ放り投げた。

 突然、大きな縄が俺を捕まえた。その縄は暴れる俺を無視して容赦なく、締め付けてくる。一方で、放り投げたカッパは、もう一本の縄が優しく捕まえて地面に降ろした。激しく暴れながら、見つめるだけだった人間の意識の俺はホッとした。

「どこの子だろうね、この竜は」

縄を締め付けながら榊が言った。俺が分からないのか?悔しさと悲しさも入っていたと思う。暴走した俺は、締め付けられた縄のまま、榊を突き飛ばした。・・・いつもの榊なら、この程度の攻撃はかわせただろう。が、そのとき、榊の目は俺を見ていなかった。川に浮かぶ俺の服の残骸を見ていた。・・・榊は空中を舞いながら、大きな木にぶつかった。弾みで縄がゆるむ。彼女の口から出る血を浴びながら、暴走状態の俺は思った。愛しい榊よ。お前を食べたい。俺は舌を伸ばし、落ちてくる彼女を捕まえようとしたところで、血が逆流したようになって気絶した。(あとで聞いたのだが、これは、誠の血を操る力で気絶させられたそうだ)遠のいていく景色の中で俺は誠が榊を抱き上げているのを見た。ああ、やっぱお似合いだなあ。


「おきろー!」

甲高い声で目が覚めた。

「いっ今、何時?学校は?」

俺は、頭を持ち上げて、思い切り岩にぶつけた。あれ?そうか、ここは、妖怪の国。俺、竜になっちゃって・・・榊を・・・。

「しっかりするのよ。学校なんて・・・」

凜が人間の姿で喚く。

「ああ」

俺は思い出して落ち込んでふてくされて、また頭を下げた。

「暗いなあ!しゃきっとしなよ。愛実なら生きてるよ」

「本当か?」

「とにかく、人間の姿になって。動きにくいし、あちこち壊れるでしょ」

・・・人間の姿かあ。わざわざなるものだとはな。ってどうやってなるんだ?俺がキョトンとしていると、凜があきれ顔でいった。

「目を閉じて、イメージするのよ。お前の姿を。わかるでしょ、長年親しんできた姿なんだし。」

ああ、イメージね。イメージ。体が小さくなった。人間の姿になるのが分かる。意外と簡単なんだな。

「違う。違う。それじゃあ、かっこよすぎる。元輝君はもっと鼻が低かった。髪ももっと癖毛でしょ」

凜が注意した。うるさいなあ。

「おまけに、もっと貧弱な体だったでしょ。理想を思わないで。今までの元輝君を思うの!やり直し。調子に乗ると誰だか分からない」

俺はぷうと膨れて、もう一度竜に戻った。榊に会うならかっこいい方がいいのにな。でも・・・

「自由に姿を変えられるのか?」

「望めばね。だが、むなしいわよ。結局変えられるのは、、見た目だけだし。元輝君は人間のときの姿になりなよ、長年、皆に愛されてきた体なんでしょ?」

「なんか、えっちいな。その言い方」

言いながらも俺はなるたけ忠実に人間のときの俺の姿になった。

「そう、その姿が元輝君よ。さあ、ついてきて」

凜は、岩の城の中に入っていった。

「榊の容態はどうんんだ?」

「安定しているわ。誠の治療がよかったんでしょ」

誠は、その能力で治療までできるのか。俺は小さくため息をついた。俺はやっぱ役立たずだなあ。

「なぜ、俺は竜になったのかな」

「お前の遺伝子が半分竜だったんでしょ。それが覚醒したんじゃない?」

「なぜ?父も母も普通の人間なのに」

「遠い祖先に竜がいたんでしょ。あたし達竜は人間と交わることによって竜の遺伝子を人間の遺伝子に隠す事ができるの。それが、長い年月を得て、たまたま元輝君に竜の遺伝子が集まってきたんでしょ。そして、二重螺旋のDNAのうちの一本が完全な竜の遺伝子になった。・・・覚醒できるくらい竜の遺伝子が集まったのはめずらしいことだよ」

「それ、褒めてるの?」

「褒めてるわけじゃない。感動しているのよ」

「そう・・・そうだろうと思った」

凜は部屋の一つをあけた。榊が寝ている、誠が彼女の手を握っている。なんかラブラブだなあ。誠はこちらを見上げて言った。

「下くらいはけよ。みっともない」

ああ、そうか、なんだか、裸の方が自然なんだよな。やっぱ、俺って裸キャラなのかなあ。いや、きっと考えまで竜になったんだ。そうに違いない。俺が動かずに一人でブツブツ言っていると凜が着替えをくれた。

「榊はまだ起きないのか」

「ああ、今治療中だ」

「俺の血、使えない?以前、俺の血で回復したんだ」

誠は俺をチラッとみて言った。

「だめだ。覚醒前のお前の血なら微量の妖力が力になった。だが、覚醒したお前の血は強すぎる」

俺はまたため息をついた。

「足手まといでごめん」

「何が?今までお前は回復役だった。それが戦闘員になっただけのこと。貴重な回復役を失ったのは痛いが、お前の戦闘力は使えるからな」

でも、その戦闘力で榊が・・・

「何を落ち込んでいる。榊には、俺がついている。安心しろ。回復するから」

ズッガーン。余計落ちこむんですけど・・・。

「それより、地上へ戻る準備をしてくれ。お前は何日も家を空ける訳にいかないだろ」

お前はって、榊は?誠は?・・・まあ、俺は蚊帳の外だからな。

項垂れたまま、部屋を出ようとすると、誠が呼び止めた。

「竜としてここに残るか?」

「えっ」

「人間の振りをして、馬路元輝としての一生を送り、その後、この世界に行くか、今から竜として、ここに残るか。残るなら、一回地上で死んだふりをしなくてはいけないが・・・」

どっちでもいい・・・というのが、俺の正直な思いだ。大切な地上の両親、友人、生活。

だけど、一度、暴走するとそれらを壊しかねない。

「地上に帰るのがいいんじゃない?」

俺が黙っていると凜が静かに言った。

「元輝君の両親も、友人も元輝君を大事に思っている。あたしは長い間人間界で生きてきたけど、大事な人が亡くなった時の生き物の悲しさは見ていられないよ。生き物には、死に時がある。それは、こんな若い時じゃない。子や孫を育てて、人間界の苦労と喜びを経験しておいでよ」

「・・・・暴走が不安なんだ」

俺は正直に言った。

「玉を持ってもらうといいわ」

「玉?」

「それはもう、取ってある」

誠が言った。相変わらずやることが早い。

「そうか、じゃあ・・・」

「地上へ帰るんだな」

「うん」

誠はホッとしたように息をついた。

「凜。送っていってやれ」

誠は凜に玉を渡した。凜は玉を受け取ると俺をつついて、部屋を出た。

「玉を返してもらっても、誠のいうことは聞くんだな」

俺は竜の凜の上に乗りながら話した。

「好きなんじゃよ、誠が。・・・悪いかい?」

俺はフフッと笑った。竜の声と口調できくと、またおかしいけど、かわいい。

「別に」

そして、出入り口の大きな穴を見つめていった。

「お互い報われない恋だなあ」

「努力不足のお前に言われたかないねえ」

凜は大きな口を開けて笑った。

  


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