異世界で俺は行き倒れヒーローになった
「腹減った……」
俺は森の中で行き倒れていた。
腹ペコで死にそうだ。
それというのも、俺のネガティブスキル“行き倒れ”のせいだ。
まったく、あの神様とか言うやつには騙された……いや、騙されてはいないんだけど、騙された気がする。
俺はある日、トラックに撥ねられた。
青信号の横断歩道を渡っていた女の子に、居眠り運転の暴走トラックが突っ込んでくるところを目撃してしまって、考える間もなく飛び出してしまった。
次に気が付いたときには、俺は真っ白な世界にいて、真っ白い髪と真っ白いヒゲで真っ白いローブを着た爺さんが俺の前にいた。
その爺さんは、自分を神と名乗り、「手違いで死なせてしもうた、ごめんね」とお茶目に謝ってきた。
そして、元の世界での死という事実を覆すことはできないが、異世界に新たに生を与えることはできる、と言って、カタログ状の真っ白い本を生み出し、俺に渡してきた。
で、100ポイントあげるから、この中からポイント内で好きなステータス上げたりスキル選んだりしてちょ、と言われた。
ぺらぺらとページをめくって、目についたのが“行き倒れ”というネガティブスキル。
ネガティブスキルというのは、そのスキルを持っていると何らかの不利がある代わりに、スキルポイントが余分に貰えるというもの。
“行き倒れ”
獲得スキルポイント:1000ポイント
説明:あなたは頻繁に、腹ペコになって行き倒れます。
正直何を言っているのか分からなかったけど、1000ポイントが魅力的だったので、特に深く考えずに選んでしまった。
そして獲得した1000ポイントを使って、すごくステータスとか上げた。
多分すごく強くなった、俺賢いと思った。
そして俺は、異世界に転移した。
赤ん坊に転生とかじゃなく、普通に青年として。
ステータスで容姿も上げておいたので、わりとイケメンだった。
ただ、転生して最初にいた場所は、森の中だった。
森の中、自然の世界で、イケメンかどうかはあまり何の役にも立たない。
そして俺は、三日三晩、森の中を彷徨った。
水はどうにか見つけることができた。
でも、食料が見つけられない。
『とても運の悪いことに』、野生の動物にも、食べられそうな木の実にも遭遇しなかった。
まるでそれらが、綺麗に俺を避けているかのように、まったく見つからない。
そして、今に至る。
その頃には、俺はこの食料が見つからない現象が、ネガティブスキル“行き倒れ”の効果によるものなんだろうと、確信していた。
俺の、おそらくは高いのであろうステータスも、腹ペコの前には無力だった。
うまい話過ぎるとは思ったんだ、ネガティブスキル1つ取るだけで、スキルポイントが11倍にもなるなんて……。
そうして、俺が再びの死を覚悟した時、その天使は現れた。
「どうしたのですか? 行き倒れの人です?」
「……わりと強制的に……そう、なった」
俺は天使に向かってそう答え、意識を失った。
「はふはふっ、がつがつっ、もぐもぐっ!」
俺は救いの天使の家で、食事をご馳走になっていた。
いやもちろん、救いの天使は実際には天使じゃなくて人間だ。
しかもあんまり天使っぽくない、粗末な衣服を着た感じの少女だった。
そこは小さな農村の、ありふれた素朴な家。
ご馳走してくれた食事も、すごく豪華なものではなかったけど、腹ペコの俺にとっては最高のご馳走だった。
「うまいっ、うまいよっ──おかわり!」
涙ながらにそう言って、パンのお皿を差し出す図々しい俺。
だけど、少女は申し訳なさそうな顔をして、
「ごめんなさいです。それ、今日の私の分のパンで、今日食べていいパンは、もうないのです」
そう言ってしょぼーんとした様子になる。
俺は愕然とした。
「ご、ごめん! そんな大事なパンだとは思っていなくて。すぐに吐き出すから!」
「わっ、バカですか!? やめるですっ、それはバカの所業です!」
喉に手を突っ込んで食べたものを戻そうとする俺を、少女が腕にしがみついて止める。
にしても、バカとは酷いな。
元の世界でもよく言われたけど、こんな知的な青年を捕まえてバカとか酷いよね?
まあでもとりあえず、少女がぷらんぷらんと必死にぶらさがって止めようとするので、やめることにした。
「それはそうと、キミ、貧乏なの?」
俺は思ったことをそのまま質問した。
「ズバッと聞きすぎなのです。もっとオブラートに包むといいです。……今年は本当は、結構畑の収穫あったですけど、全部持って行かれたです。最近、お腹いっぱい食べた事なんてないです……」
ぶら下がりをやめつつ、少女は俯いて答える。
「持って行かれたって、誰に?」
「バルゴ山賊団の奴らに、です……」
山賊団?
何か雑魚っぽい。
「そいつら悪いやつ?」
「聞き方に知性が感じられないです。……でも、悪いです。自分たちは働きもしないで、村の食料をみんな持って行って、飲んで遊んで暮らしてるです。許せないです」
「だったらやっつければいいのに」
俺が言うと、少女は瞳に涙を溜めて、俺をキッと睨みつけてくる。
「そんなの、できるならとっくにやってるです! 領主さまに討伐をお願いしに行った人だって、戻って来てないです! きっと、やつらに殺されたです!」
そう言って、少女は大口をあけて泣き出してしまった。
「もう嫌です! あんな奴らに食べ物を渡したくないです! でもどうしようもないです! だから……もう私たちは、このまま生きて行くしかないです……」
大粒の涙をぼろぼろとこぼし、それを服の袖で拭いながら、嗚咽する。
でも少しすると落ち着いたのか、
「……ごめんです。今のは忘れるです。旅人さんもヤツらに目を付けられる前に、さっさとどこかに行きやがれです」
そう言って、俺の背中を、家の入口まで押そうとしてくる。
「いや、それは無理だな」
俺は腕押ししてくる少女の突進をするっと避けつつ、前につんのめる少女の後ろに回って膝かっくんする。
「無理って、何でですっ」
それでもしゃにむに俺の腕を取って引っ張って行こうとする少女。
俺はその少女をくすぐりつつ、
「だって、パンのお礼しないと。それに……」
俺は、くすぐられてやんやんと悶える少女のほっぺたをぶにーと引っ張り、言ってやる。
「キミみたいな子には、笑っていてほしいから」
そう言うと少女は、顔を真っ赤にして目をまん丸くして、
「バ、バカのくせに生意気です!」
そう言って、俺の胸に飛び込んできて、泣いた。
イケメンの勝利だった。
それから三日後。
いかにも山賊でございという姿のゴロツキっぽい男たちが、十数人で村に押しかけてきた。
少女の家にも、それっぽいゴロツキが一人、我が物顔で入口付近に入り込んできて、
「よう、今日の食料の徴収量は二倍になったぜ。仲間と賭けしたら負けちまってよぉ、可哀想な俺は、二倍の食料を徴収してかねぇと、楽しく暮らせねぇのよ。な、わかるだろ?」
とか、そんなことを言った。
家の中にいる、言われた方の少女は、
「ふ、ふざけるなです! そんなにあるわけねーです! そもそも、お前らにやる分なんて、もうねーです! バカに全部食われたです!」
そう気丈に言い放った。
すると、ゴロツキの方は急に不機嫌になって、
「ああ? てめぇ、誰にモノ言ってんだコラ!」
そう言って、家の入り口のドアを蹴り飛ばす。
少女が反射的に、ヒッと身を竦める。
それを、入り口の外、屋根の上から逆さ向きにぶら下がって見ていた俺は、
「そのバカっていうのが俺のことらしいから、お前だろ。酷いよな、まったく」
そう言った。
するとゴロツキさん、びっくりした様子で振り返り、目の前にあった逆さ向きの俺の顔を見て腰を抜かした。
「なっ、なっ、なんだてめぇ! い、いつからそこに居やがった!」
大慌てのゴロツキ。
やった、登場シーンは大成功だ。
「バカです……何がやりたかったのか、さっぱり分からねぇです……」
少女はジト目で俺のほうを見ていた。
登場シーンにインパクトを持たせたいっていう、この正義心が分からないかなぁ。
まあ彼女も、ちょっとびくびくしながら付き合ってくれたんだから、それは感謝しておこう。
俺は一度屋根の上に戻って、ぴょいんと家の外の地面に降り立つ。
「てめぇ……舐めてんのかコラァ!」
一度は腰を抜かしたゴロツキくん、慌てて立ち上がって、家の外の俺に向かって突進、パンチしてくる。
ふむ、さすがどう見てもザコ……遅い。
俺はひょいっと首だけ動かして、パンチを避けた。
「なっ……このっ!」
ゴロツキくんはムキになって連続で殴りかかって来るけど、まあ遅すぎて当たらない。
ひょいひょいと避けつつ、突進してきたところに足を引っ掛けてやると、見事にすっ転んだ。
「こいつ……もう許さねぇ……」
地面に顔を派手に打って、鼻血を出したごろつきくん。
起き上がって、ついに腰の手斧を抜いて来た。
「死ねやごらあああ!」
そう叫んで襲い掛かって来るけど、まあ結果が変わるわけもなく。
そろそろ相手するのがめんどくさくなってきた俺が、顔面にパンチしてやると、そいつは顔を支点にしてぐるんぐるんと縦回転しながら吹っ飛んで、だいぶ向こうのほうの畑に墜落して、ぐったりと伸びた。
「す、すげぇです……何なのです、その力……」
「んー、行き倒れの代償かな」
俺が正直に答えると、少女は頭の上に「???」を並べたような顔をした。
それはともかく。
「な、なんだこいつ、ヤバイぞ、取り囲め!」
俺がゴロツキを吹っ飛ばした様子を見ていた周りの山賊たちが、俺の周りにわらわらと集まってくる。
そして、抜刀!とばかりに一斉に手斧とか短剣とかを取り出してきた。
その山賊たちの囲みの後ろから、一際偉そうな巨漢が顔を出す。
「はっ、どんな魔法を使ったか知らねぇが、近付かずにぶっ殺しちまえば終いよ。おらテメェら、持ってる獲物、一斉にあいつにぶん投げな!」
巨漢はそう、部下たちに指示した。
あんな頭悪そうなのに、なんて恐ろしい戦術を思いつくんだ。
こいつ相当頭いいな。
ともあれ、巨漢の指示に従って、わらわら山賊団が手斧とか短剣とかを、俺目掛けて一斉に投げてきた。
多数の刃物が、俺目掛けて飛んでくる。
ただまあ、一斉にと言っても、多少のタイムラグはある。
俺は最初に飛んできた手斧の回転の軌道を見切って、まずはその柄を掴んで手に取る。
これで俺の手には手斧という武器が一つ、収まった。
そしてその手斧を使って、後追いで来る武器たちを順々に弾いていく。
数秒後には、俺の足元には撃ち落とされた多数の武器が転がっていた。
「なっ……ば、バケモノだ……に、逃げろ!」
それを見た山賊たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げ出してゆく。
むぅ、勝てない相手と見たら即座に撤退判断とは、知的すぎる。
でも、そうは問屋が卸さないんだな。
俺は足元の武器を全部拾って、ポイポイと投げつけた。
それらは逃げていた山賊たちの片脚に片っ端から命中して、山賊たちを転倒させた。
威力を加減しておいたから、脚を切り落とすとかはないけど、もう立ちあがって逃げることはできないはずだ。
そうして、最後に残ったのは、偉そうな巨漢さん。
「ひぃっ……す、すまねぇ! もうこんなことはしねぇ! なあ、へへ、頼むよ、俺だけでいいから、逃がしてくれよ……な?」
そいつは、そんな風に懇願してきた。
「うーん、謝られたけど、どう思う?」
俺は、家の中から様子を見ていた少女に向かって問いかける。
「う、嘘に決まってるです! バカの人がいなくなったら、またやるに決まってるです!」
少女からはそういう答えが返ってきた。
ですよねー。
バカの人呼ばわりは酷いと思うけど、それはともかく。
「だ、そうだ。もっと人から信用されるようにならなきゃダメだな。残念でした」
俺がそう言ってゆっくり近付いて行くと、
「お、俺はバルゴ山賊団の首領、バルゴ様だぞ! こ、こんなスカした野郎に負けるわけがねぇ! うぉおおおおおお!」
と、巨漢くんは自棄になって、巨大な斧を振りかぶって俺に向かってきた。
俺はその振り下ろされる斧の刃を、左手の指先でつまんで止める。
それから、右手に拳を作って、巨漢くんの顎にアッパーカットを入れてやった。
上空へ三メートルほど飛んだ巨漢くん。
落ちてくると、そのまま地面で動かなくなった。
戦闘終了だった。
その後、ゴロツキーズたちは全員ロープでぐるぐる巻きにして、村で一番大きい荷馬車の荷台に積んで、あとは村人たちに任せて好きにドナドナしてもらうことにした。
どこにドナドナされるかは、分からない。
村人たちにしていた所業が許されるものならば、許してもらえるかもね。
そして何となく役目を終えた気になった俺は、村を発つことにした。
「どうしても、行くですか……?」
村の入り口で、少女が伏し目がちにもじもじしながら、聞いてくる。
俺が頷くと、
「だったら、ちょっとこっち来いです」
少女がちょいちょいと手招きしてきた。
何だろう、近寄ってみる。
「頭が高いです。しゃがむといいです」
そう言ってきたので、ちょっとしゃがんでみたら、少女は俺のほっぺたにキスをしてきた。
そして顔を真っ赤にした少女が言う。
「また遊びに来るです。そのときは、行き倒れないで、普通に来るのですよ?」
なので、俺はこう返した。
「多分また行き倒れるから、そのときはよろしく」