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残った死体はやっぱり死体

難産でした……では遅れましたが、どうぞお願いします

 人の居ない朝の森の中は静かだと誰かが言うが、あれは嘘である。

 多くの動物が朝からの活動を開始して、多くの植物が朝の日差しを浴びて活性化を始める。

 地中に潜っていた轆轤ろくろモグラは大樹の根を削り始め、大蛇ルァが地面を這いずる。

 拙い蔓で悪魔の食人植物カズラ殺しが木々を移動し、飛べない跳ぶ鳥スッパーがそれを捕食する。


 無数の小さな軋りあう音が空気を揺らし、戦いと生存をかけたルールの無い真剣勝負があちこちで同時に起これば音が出来る。あらゆる場所で観測できる小さな小さな雑音ノイズは、この森が脈動して生きている証拠である。


 そして生きている以上はどんなものでも動かないわけにはいかない。完全な停止が死だというのなら、遅々とした歩みは間違いなく生なのだから。


 故に森の中には音が響く。静かだと思うのは、人間や動物や魔物や悪魔のような生き急ぐ者達にとってだけであり、森の中には常に生存のための争いが渦巻いている。


 森の中にいるすべての生き物を喰らい喰らわせ、それらすべてを森という総体へと還元しようというおぞましい意思すらも幻視できる腹の中。少年アササギと男オルムスは取引を成功させるためにアササギの所有者であった傭兵の死体を目指して行進中だ。


 アササギの主人だった傭兵のところまで連れていくことの対価は先ほどもらった食料である。オルムスの受けた依頼では、その傭兵が依頼主の何らかの荷物を盗んでいた可能性があり、一度はオルムスも傭兵の荷物を確認しておく必要があった。


 なのでナイフと食料を交換するという取引を成立させる前に、何らかの取引を行ってアササギに信頼をつくった後に取引をしようという話になったのだ。


 オルムスとしては、相手が普通の孤児であれば取引に即座に応じてもよかったのだが、残念ながらと夷べきか、その年にして異様に戦いに慣れた少年である。警戒するに越したことは無いので、依頼もさっさとこなして終わらせて置けるというある程度自分の利点を取った結果が欲しかった。


 アササギの方もそれは分かっていたが、特段信用がないことはもとより理解できるし、その結果次第で武器が手に入るかどうかが変わるかどうかは非常に大きいので、傭兵の死体までオルムスを案内し、取引を成立させることにした。


「こっちであってるんだな」


 オルムスが短く問えば、


「記憶が正しければ恐らく」


 アササギも端的に返す。

 歩く歩調は一定に、辺りの動物を警戒して言葉少なく、音静かに進んでいく。


 森の中は、地面の起伏や生えている木々のせいで、なれていないものは簡単に方向を見失うようになっているのだが、全くそんな様子を見せない少年である。あまりにも堂々とした自然体っぷりにオルムスも疑問を差し挟むことなくついていく。


 実際はアササギも必死に逃げている最中のことだったのであんまり道順を記憶してないが、こういうものは体が自然と覚えているもので、その場その場で正しい道順が分かるといった体である。


 そうして十分も進んでいくと、森特有の静かなさざめきの空気に混じって何かの動物の血の匂いが漂ってくる。

 

 漂ってくる臭気に含まれた腐敗と直感に囁く死の気配。耳に届く何かを咀嚼するような生々しい音と動物の匂いなどの情報を総合して、オルムスは死体に近いと判断する。


 一方のアササギも、場所は既に傭兵の死体のそばに来ていることが記憶の淵から蘇ってきていたので、ここいらに死体があることはきっちりと分かっていた。


 瞬間、一陣の風が吹いて二人の姿は何処かへと消える。


 そして丁度今まで二人のいたところから藪を挟んで約三メートルほどの近場にいた死体を漁る獰猛な魔物たちは、一斉に咀嚼を止め、辺りの様子を確かめるように頭を上げる。


 何処かの音が集まって聞こえる集合雑音。その森の静けさの中に、何らかの異物を発見することが無かった魔物は再び食事戻ろうと頭を下げる。


 銀光が奔る。


 そして次の瞬間、死体に群がっていた大型魔物三匹は眼球から脳を礫で貫かれ、内一匹は仲良く首と胴体の泣き別れを体験する羽目になった。


 二体が死んだのはアササギの眼球を狙った攻撃によるものであり、一体の瀕死の状態の魔物を完全切断したのはオルムスの大剣だ。


「一匹仕留めそこなった」

「足止めになれば十分だ」


 短く言葉を交わす二人。一瞬で六発の石の弾丸を”指弾”と呼ばれる技術で飛ばして、二体を絶命、一体に致命傷を与えたアササギの技量もさることながら、その軌道を完全に読み、一体は殺しきれないと瞬時に判断して行動に移したオルムスも恐ろしい経験量である。


 だが、もっとも恐ろしいのは、今しがた披露した絶技を誇る様子もなく、淡々と作業をこなしただけのような事務的な気配しか見せない二人の精神性だろう。まるでこれが歩いていてものが落ちていたから拾ったとでも言わんばかりの自然体で瞬く間に三体の魔物を殺し切る。通常、弱い魔物が辺境の村に一体でも出れば、死傷者であれば一桁後半、けが人なら二桁は軽く超すといわれるほどなのだ。常識に凝り固まった人が見れば、信じられないと目を疑うことになるだろう。


「よっと。これでいいか?」

「問題ないが……酷いな」


 アササギが死にたての魔物の死体を蹴って退かし、実に淡白な様子で死体の下にあった、かつての彼の所有者の死体を見せてオルムスに確認を取る。

  

 あちこちの臓器が食い荒らされ、筋肉と一部の骨露出している以外でその死体は特に変な場所もない。ただ、顔面は辛うじて確認できるといった有様で、どうにもオルムスの探していた人物かどうかの確認は難航しそうだった。


 とは言え、戦場に行けば人物鑑定が不可能なくらいの死体なんてざらにあるのであって、そういう死体を判別する依頼を請けたこともある彼からしたら、死体が盗人かどうかの確認位は荷物を漁れば簡単にわかる。


 そして今は死体の奴隷だった子供もいるのだから、見つけられない理由もない。

 盗まれた荷物の特徴を思い浮かべ、傭兵の各所を漁っていく。

 

 十分もすれば、傭兵が生前行っていた法に背く行いの証拠や眉を顰めなくてはいけない犯罪の証拠も結構な数が出てきたのだが、その中にオルムスの目的のものが見当たらない。


「……ないな」


 服についているポケットから ”誓約”の異能を使って結ばれた契約を破った証である顔面の紋様まで調べたのだが、オルムスの頼まれた探し物は見つかる気配がない。物探しの依頼を受けて地道に探して何もでなくなった場合は、大抵が思いもしない場所から出てくるものであることを経験として知っていたオルムスは、本当は依頼の内容をあまり他人に話したくないんだが、と嘆息しながら、アササギに質問することにした。


「なあアササギ。この傭兵が小さな木箱を持っていたところを見たことは無いか?」

「……先に取引だ。取引の為の信用とやらはここに案内することで積めたんじゃないのか? さっさと刃物とこいつを交換してくれ」

「……まあいいだろう」


 アササギが腰に括り付けていた鳥をオルムスの方に向けて差し出し、オルムスはしばしの逡巡の後にその取引に応じることにする。


 確かにアササギはしっかりと前段階の取引を成立させたのだし、少なくとも探していた傭兵が見つかったのは事実なのだから、アササギが逸る理由も分からなくはない。自分が最初の依頼の時は、もっと勢い込んでいたことを考えればアササギの態度は年不相応と言えるほどだ。


 自分の持っていた刃物の中で、最も小さい鉈を用意する。それはオルムスの鍛え上げた体格からすれば、まるで果物ナイフのように頼りなくみえるものだったが、アササギの未発達な体躯にはいささか以上に大きすぎる鈍刀である。取引の対称を互いの右手に持ち、左手で受け取る。


 アササギの狩った鳥は実際に結構な美味なので、今渡した鉈くらいであれば値段的にも十分釣り合う。そう頭の片隅で金勘定をしながら、オルムスは先ほどの質問を再び繰り返す。


 帰ってきた答えは、「持っているのを見たことは無い。が、小箱の中身に襲われていた・・・・・・のは最後に見たと思う」だった


「襲われていた? 小箱の中身に? 俺が聞いた話では小箱は手のひらに乗る位の大きさだったが」

「詳細は分からない。ただ、俺が最後に見た時は、木箱の中から赤い何か・・がこいつに飛びついているところだった」


 とても嫌そうに思い出すアササギの眉間には深い皺がよっている。よく見れば指の先が細かく震えているのだが、すぐにそれを抑え込んだアササギのせいでオルムスは気付かない。


「それを見てお前はどうしたんだ?」

「逃げた。どうせこいつには怨みしかなかったし、それよりもその赤い何かは不気味すぎて怖かったからな」

「そうか」


 オルムスはそれだけを告げて、さっさと鳥を腰に括り付ける。

 そしていくつかの装備品の確認を行い、自分の大剣を一度触った後、今度は来た道と反対の方向へ歩き出す。


「帰るのか」


 アササギはその場から動かず、オルムスの背中に声を掛ける。


 特に意味は無い。しいて言えば、ここから自分よりも強い存在がどこへ行くのかを確認しておきたかったというところだろうか。


 だが、オルムスはそうはとらなかった。


「……来るか?」


 勘違い、といってもいいのだろうか。少なくともオルムスほどの実力者が言葉に含まれた感情を読み違えるようなことをするわけもないと思っていたのだが、どうやらアササギの一言はオルムスの中で、「連れて行ってほしい」という副音声をつけてしまったらしい。


 そのことに気づいて、訂正しようと口を開き……よくよく考えれば、あまり間違っていないことに気付いた。


 この森は魔物の楽園だ。襲って来る敵は正面から戦えば勝てないほどに強く、常に神経をすり減らして危険を回避しながら、食料の為に魔物の不意を打つ。


 そんな生き方が、早々長く続くはずもない。


 それならばまだ、人間のいるところの方が直接的な命の危険がない分だけましである。

 孤児院の環境は所によって劣悪であるが、それでもこの森よりはましである。

 ついでに言えば、ここにいたらいつまでたっても家に帰れない。


 だったらせめて、強いオルムスと一緒に森の出口まで行く方がここは賢いかもしれない。


「……行く」


 そんな思考を一瞬で行い、アササギも森を出るまではオルムスについていくことにした。


 そして、アササギは彼の人生において最も呪わしい人物と対面することになる。



次はバトルにしたい。そして多分更新は……二十日前後かな? 


出来るだけ急ぎます

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