朝の目覚めさん
黒々とした観測者が……
森の木々の合間から朝の清涼な空気とともに、木漏れ日が差し込んでくる。
時折朽ちた木が倒れ、そこらかしこに苔が点在し、夜の冷たい空気の面影を朝の明かりが少しづつ癒す様にして周りの空間には温かみが増してきている。
そこに一匹の白い鳥が舞い降りる。全長は子供の体長ほどもあろうかという大きな鳥で、眼光は鋭く、その嘴は猛禽類であることを示す様に禍々しくもねじれている。頭頂部には、三本の大きく跳ねた毛が存在し、それがあることで白い鳥は威圧感をたっぷりに見せることに成功している。
周囲では、降り立ってきた時に吹いた風によって舞い上がった埃が光を反射して、キラキラと辺りが輝いている。幻想的な雰囲気は実のところ空気が汚れていることの証明にしかなっていないのだが、野生の鳥からはそんなことを感じさせるような野卑な気配を放っていない。
鳥の視線の先には人間の子供が一人倒れている。しばらく鳥は子供のことを狙うようにじっと見つめていたが、しばらくして子供が僅かに身じろぎすると、それで興味を失ったとでもいうようにまだ青白い空へと羽ばたいていく。
白い鳥が去った後に、倒れていた少年は何とか体を起こし始める。
ほぼ一晩中、激痛に意識を失っては激痛に意識を取り戻すといいう地獄を見て叫び続けた結果、空がほの白くなってくるころには疲労ゆえに意識を完全に手放していた。健康な人間であってさえ、一時間も叫び続ければ喉は枯れ、疲労困憊で動けなくなるのだ。例え常識外の激痛を喰らい続けようとも、いづれは意識を手放す時が来る。
いや、むしろ意識を手放すのではなく正気を失って狂ってしまうことの方が圧倒的に多いのだが、自分の体のあちこちにできた怪我の様子を見ている少年には狂っているような様子は見られない。
昨夜までは何処かくすんだ茶髪であった少年のぼさぼさの長髪は、長時間の激痛からくるストレスに色素が抜け、白髪となっていること以外は外見上、変化は見られない。
じぶんの体の変調が無いかを順番に確認し、いくつかできていたはずの擦り傷がすでに治りかけ、激痛を感じ始めたはずなのに体のどこにもその痛みの原因となる傷跡が無いことに、少年は疑問を浮かべる。
そのまま首をかしげ、しばらく思考に没頭する。
どこか遠くで木の枝が折れるような音が響き、その音に自分が今まさに危険地帯で無防備な状態を晒していることに気付いた少年は、一旦疑問については棚上げして、すぐにあたりを見回して警戒しながら場所を移動しようと体に力を入れる。
だが、それと同時にお腹から、グー、という音が鳴り、猛烈な飢餓感と喉の渇きを自覚した少年は、取り敢えず水を飲める場所を探そうと耳を澄ませて前方に歩き出すことにした。
幸いにも、少年が脱水症状で体が動けなくなる前に透明な水の流れるそれなりに幅のある川が見つかった。
たが、少年はそれを見てもすぐに口に含もうとはしなかった。
川が見つかったからと言ってすぐにその水が飲めるとは限らないことを少年は知っていた。前に何度か食料を与えられずに、自力で生きていかなくてはいけないことがあったのだが、その時に間違って川の水を直接飲んで、熱を出して死にかけたことがある。その時は三日ほど熱を出して、その状況でも盗賊たちにこき使われて死にそうになりながらも必死に命を繋いだのだが、自分の体調が回復した後に川の上流を見に行くと、でかいトカゲと狼を足して二で割ったような魔物が川の中ほどに腐りかけた死体となって沈んでいた。
後で自分と同じ奴隷の中で一番物知りだった奴に話を聞いたら、あの魔物は体内に猛毒の唾液を持つらしく、一滴体の中に入ってしまえばそれだけで大の大人も死ぬという危険生物らしい。川の水で薄められていても、子供であった少年に高熱を出させるだけの毒性は十分にあったということだ。
少年は川の流れに沿って生えている草薮の中に身を隠す。傭兵たちがよくやっていた、息を出来るだけ殺すことで気配を無くし、周りの生き物から隠れる隠密という技術である。体を地面に伏せて草の隙間から川の様子を窺う。
そうして少年が待っていると、彼の狙った通り、渡り鳥らしき生き物が飛んできて川の方に近づいていく。
そしてその鳥が川の水に嘴を突っ込んで水を飲んでいることを確認し、しばらく普通に動いて問題がなさそうだと判断するや否や、少年は先ほど川原で拾っといた握りこぶしほどの大きさの石を思いっ切りブン投げた。
何もないと思っていたところから突然飛んできた石に対し、羽ばたいて躱そうとする鳥。しかし、鳥空気を切り裂く音で少年の攻撃に気づくことくらい少年の計算の内だ。会えて直撃を狙わず、翼を開いたときに丁度当たるような少しだけ狙いを外した少年の投石は、見事少年の思惑通りに渡り鳥の開いた右翼にヒットし、空中で体勢を崩したところに一気に少年が襲い掛かった。
草の茂みから体勢を上げ、一気に渡り鳥との距離を詰めて飛びかかる動きは信じられないほどには早い。熱を出した時も、三日間何も食べてないときも、魔物と連戦させられた時も、あらゆる状況で体の動きを止めることが死を意味する環境で生き抜いてきた少年にとって、目の前にいる獲物を逃がすことはあり得ない。強烈な飢餓感とここで逃がしたら死んでしまうかもしれないという危機感が、少年のポテンシャルを全力以上に引き出していた。
ザバンと水しぶきを上げながら、少年は川に突っ込んだ。その手はしっかりと渡り鳥の胴体を掴んでいる。
その手から逃れようと、暴れる鳥を両手で抑え込み、思いっ切り川の水の中に突き入れる。そのまま一分もすれば動きはだんだん弱弱しくなり、三分もすれば鳥は水の中で絶命する。
おとなしくなった鳥を水の中から持ち上げて、水の抵抗を受けながら川原の砂利のところに戻る。随分と疲労感を感じた後に、水の中を歩くという重労働を行ったがそれほどに息が切れることもない。
そのまま鳥の死体をいくつかあった大きな岩の上に横たえた後は、安全だと分かった川の水を飲むことにする。
先ほどの自分のように突然襲い掛かってくる者がいないかを警戒し、視線を下ろすようなことはしないまま水をゆっくりと飲んでいく。
五分ほどかけて取り敢えず水を飲み続けた少年なのだが、いつまでたってものどの渇きが収まらない。既に自分は一リットルは水を飲んでいるはずだということを考えた少年は、いつまでたっても収まらない渇きに疑問を持つが、ここで大量に水を飲み過ぎても体に悪いと考える。取り敢えず水分を補給したので、後は新鮮なうちに食べ物を取ろうと思い、横たえて置いておいた鳥の方に向かって歩いて行く。
ナイフは傭兵に全て管理されていて、襲われるとすぐに逃げてきた少年に解体するための道具は無い。そして、火を通すための魔石などの道具もない。必然、少年は取り敢えず羽を毟って適当に下準備した後に、そこいらの石を尖らせて鳥の解体、そして焼く……という一連の流れを頭の中で考えた。
鳥の羽根は矢羽として加工することも出来るし、骨は釣りの針として加工することも出来そうである。およそ生き物の死体を見た子供らしくない逞しさで、今仕留めたばかりの鳥の頭をはねる。
その瞬間、先ほどまで生きていた鳥から流れ出てくる真っ赤な鮮血。
少年の意識はそこで途切れた。
次に少年の意識が戻った時、そこには既に鳥の死骸は無かった。
あったのは、そこらかしこに散らばっている鳥の柔らかな羽根と岩の上にある真っ赤な血で出来た水たまりの跡。
「……俺が、やったのか……?」
鮮血に口元を真っ赤に染め、両手にどす黒い血液をこびりつかせながら、少年は呆然として呟いた。
渇きはいつの間にか収まっていた。
さあ、ぽちっと五を押しちゃってくれると嬉しいです。
ちなみにサブタイトルは遊びまくる予定です。