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第7話 史実

 どうやらマロンは私を監視していたらしい。私が数十分前にシシガミと会っていることを知っていることから私はそう推して考えた。

「マロン。こっちだ」

 彼女をイシガミがいる簡易家屋に案内した。

 その場所に連れて行く間、マロンとは何も話さなかった。彼女の表情からは何も読み取れない。まったく腹に一物を抱えてそうな女だ。

「イシガミさん。私の顔に何かついていますか」

「いえ」

 私がそう言うと、マロンは口に笑みを浮かべた。


 簡易家屋についた。ドアを開けると、シシガミが私の秘書としている「黒い黄昏」に調度、飲み物を用意しているところだった。

 私がマロンに呼び出されてここを離れるときに、彼女に用意を頼んでいたのだ。

「やあ、少しゆったりさせてもらっているよ」

 シシガミは、脚を伸ばしつつ椅子を座っていた。

「おっと、少し待たせてしまった。この人がマロンだ」

 私は後ろにいたマロンを紹介した。

「先日――、会いましたね」

 シシガミはマロンに向かってそう言った。

「そうですね。先日は調査もそこそこにやっていたので、失礼しましたね」

 おそらく、シシガミが現場に出てこないことを知らずに、彼のところを訪ねたことを言っているのだろう。

「ふむ。それは別にいい」

 シシガミにとっては彼女の考える非礼は非礼ではなかったらしい。

「それなら良かった」

 マロンは安堵の笑みを浮かべた。

「さて、と。君がここに来たのはどういうわけだ?」

 私はすぐに先ほど聞いた内容と同じ、質問を彼女にぶつけた。私の発言を聞いて、彼女の眉は少々動き、目は一瞬閉じ、重い口を動かし始めた。

「ええ、わたくしはあなたが『水晶核』を所持していると、結論付けここに参ったのです」

「『水晶核』? 先日も話したが、そういうものを私は手に入れていないし、掘り出してもいないはず……」

 ここで数日前から考えていた推理を思い出した。それは『黒い黄昏』と名乗り、記憶喪失になった彼女が実は人間ではないのではという、ばかばかしいものだ。不審者が言っていた「その女を寄越せ」という言葉、まるで彼女を物か何かのように考えていたみたいだった。その晩、掘り出したはずの希少な鉱石であるグラコニアス石(と思われる黒い石)の結晶が倉庫から消失していたことと、彼女が現れたが同じ時間だったという事実が存在していることを思い出した。

 つまり、どういうことかと言うと、『黒い黄昏』=『水晶核』なんじゃないかという予想だ。これは私自身が一番信ずることが出来ないことだ。基本的に私は(研究に関しては、だ)見たことがあるものしか信じないようにしている。そのため、私は数日前に立てた予想を誰にも話さなかったし、自分でも信じする気にはなれなかったのだ。

「まさか」

 私はつい、口にしてしまった。

「ええ、そのまさかだと思います。通常なら信じがたいことのようですが、おそらく彼女が『水晶核』だと私は思います」

 マロンはそう宣言した。どう聞いても私には世迷言にしか聞こえなかった。

「通常の『水晶核』は自身を『水晶核』と認識し、説明できるはずなのです。もしかしたら、その機体にはなにかしらの異常があるのかもしれません」

 マロンは続けてそう説明した。それを聞いていた『黒い黄昏』は自身が人間ではないことを突き付けられ、何も言えないようだった。

「仮にそうだとしても、だ。彼女が私の手伝いをしているという事実は変わらん」

 私がそう言うと、『黒い黄昏』は俯いていた顔を上げ、

「はい! これからも手伝いをさせてください」と言った。

 私はその言葉を聞いて、安心するとマロンをもう一度見つめ、

「それに、そのことが問題なのではないだろう?」

 と、疑問を投げかけた。

「ええ、たしかに彼女が『水晶核』でありながら、人間として振る舞おうと当方は一切、問題視しません。ただ、イシガミ博士。なにかここ数日、不審な人物がここに来ませんでしたか」

 私はマロンを見た。

「もちろん、私以外にです」

 マロンは笑っていたが、目は笑っていなかった。私はそんなことを気にすることもなく、先日私とここの警備員で捕縛し、警備隊に引き渡した男の事を思い出した。

「その表情は、どうやら心当たりがあるようですね」

「ああ、『黒い黄昏』が倉庫で倒れているのを発見したあの日、倉庫から出ると燃やす光の出る筒状の道具を持った男に彼女を渡せと脅されたのだ」

 筒状の道具と聞いたとき、マロンの眉はピクリと反応したことを私は見落とさなかった。

「それはおそらく『水晶核』を狙う盗賊団――ライラの一員でしょう。まさかこの列島にも上陸していたとは……」

マロンは事態が深刻になりつつあるということを言いたかったようだ。

「そのライラとはなんだ? 普通の盗賊とは何が違うんだ」

 私がそう言うと、マロンはため息を吐いた。

「情報規制がされているのであなたが知らないのも仕方ないですね。わかりました、話しましょう」

 

 その昔、ラインラントという統一国家が存在しました。この国家の成立は今から数えると二千年以上前でその頃は小さな国にでしかありませんでした。成立から五百年間、近隣諸国からの侵攻を防ぎつつも、自国の領土を少しずつ拡大していったラインラントはその成立から五百年と半年、世界統一のための戦争を起こしました。始めは、一の大陸を統一するつもりでしたが、隣の大陸、その隣の大陸……とその勢いは止まることはありませんでした。

 そして、その成立から六百年に満たないある年、世界統一を武力で成し遂げました。

 その成立から六百年から九百年代は、世界は平和だった言えるでしょう。

 九百年代も終わりに差し掛かったその年、海底や地中といった、人が近寄らぬ土地からあるものが発見されました。それは現在では『水晶核』と呼ばれる端末達でした。

 

「少し待ってくれ、そのときに彼女。『黒い黄昏』は見つかったのか」

 私はマロンが話している最中に、口を挟んだ。

「いえ、それはわかりません。『黒い黄昏』とか『赤色の煉獄』といった端末固有名は私たちが知っている歴史の中には出てきませんでしたから」

「そうか」

 私は『赤色の煉獄(レッドノード)』という固有名詞が気になったが、これ以上話を止めても意味はないので、引き続き彼女の話を聞くことにした。


『水晶核』は『最初の(プロトノイド)』が生み出したものであることが、その後の調査や実験でわかりました。彼らはこの時、大きな驚きと喜びに沸いたと言われています。

ラインラント人たち『第二の(セカンドノイド)』とっては、星を渡る力と不老不死を持ちながら地上を去った神話世界の住人でしたから、その遺産ともいえる『水晶核』はラインラント――、いえ『第二の人』の繁栄を未来永劫に約束したものだと彼らは捉えました。

しかし、千年代の始まりにラインラントは王が急逝しました。しかも王の後継者は決まっていなかったのです。とは言え、王の息子と娘たちは争いをせず、ラインラントを五つの国に分割統治することに決めたのです。

 これが五大国家の始まりでした。

 五大国家はお互いに表だって争うこともありませんでしたが、ある国で灰色の名前を

持つ『水晶核』が発見されたのです。


「灰色? 『黒い黄昏』のような名はないのか」

 私がそう尋ねると

「名前は……あるらしいですが、どこにも語られていないのです」

 マロンはそう言った。

「そうか。続けてくれ」


『灰色』の名を持つ端末が発見されてから、一年も経たないうちにその国は隣国である兄弟国に戦争を仕掛けたのです。その戦火は隣国へ隣国へと飛び火し、世界を呑み込みました。

 そして、第二の人の時代は終わりました。


「なるほど、廃墟となった都市跡に残るクレーター群はその戦争の跡地か……」

「ええそうです」

 マロンは私のつぶやきにそう答えた。

「やっぱりな。俺の言っていた戦争は実際に存在したのだ」

 横で話を聞いていたイシガミはそう言った。彼は学会から自論を認められなかったことを思い出しているのだろう。

「良かったな。お前の言っていたことが正しいことがわかって……」

 そう私が言うと、

「ああ。本当に良かった。しかし、物証がなければ学会は認めんだろう。まだまだ発掘は続けるべきだな」

 彼は喜びを覆い隠すように、真面目な表情でそう言った。

「そうだな。ところで同盟はいつまで歴史を隠すつもりなのか」

 マロンは、私やシシガミに目を合わせることなく、

「えっと、おそらく十年ぐらい先かと――、申し訳ありませんが……」

 すまなさそうにそう言った。

「そうか……」

 シシガミは見るからにがっかりしていた。

「でも、すでに昨年から情報統制や工作を同盟は止めているので、自力で証明するのには妨害はありませんよ」

 マロンは付け加えるようにそう言った。

「そうか、同盟の規模がどれほどかわからんが、俺は自力で証明できるようにこれからも努力を続けたいと思う」

 シシガミは決意を言葉にしていた。


 シシガミが決意の余韻に浸っていることを二人と一人で見ていると、不意にマロンは口を開いた。

「では、ここからが本題です。お察しの通りだと思うのですが、私たちがライラと呼ぶ盗賊団は、ラインラントから分かれた五大国家の末裔なのです。彼らはその栄光を取り戻すために各地にその配下を放ち、『水晶核』の確保、情報の獲得を狙っているのです。おそらく、イシガミ博士が出会った武装した不審人物もその一人で、『水晶核』の仔細を知っていたのでしょう」

 そんな大げさな話……、有り得るのか。

「こんな端末ひとつで国の再建なんてできるのか」

 私はその疑問を口にした。

「可能だと言えます。『水晶核』はどこかから情報を入手するという機能以外に、分子転換技術を持っています」

 私はまだ、『水晶核』の機能を活用したことがないのでそれらの機能に興味がわいた。

「分子転換技術? なんだそれは」

「行ってみれば、土から金を得る物質を転換させる技術です。正式名称は失われましたが、同盟ではそう呼んでいます」

「でもそれだけでは、国の再興なんて……」

 私は言いかけて気づいた。『水晶核』のもう一つの機能、どこからか情報を得る技術のことを。

「そうです。情報にはすなわち設計図、物体の分子構造が含まれています」

 設計図とどんな物質でも作れる技術……、この組み合わせは恐ろしい。

「それは……兵隊や兵器が作れるんじゃないか」

 黙って聞いていたシシガミが口を開いた。

「はい。この世界にはピストルがありますが、核兵器、生物兵器、化学兵器、次元兵器……といった世界を滅ぼす兵器はまだありません。いえ、その概念すらもまだ誰も思いついていません」

 核兵器、化学兵器……、名前の知らない兵器が羅列されて私は驚いた。

「もちろん、そんな兵器を作らなくとも、『水晶核』を使えば自動人形を大量に土から産みだし、一国の軍隊に匹敵する武力を手に入れることが出来るのです」

 聞くだけで恐ろしい話だ。

「でも、だとしたら私みたいな民間人が『水晶核』を所持することは許されないんじゃないか……」

 正直、こんなもの持ちたくない。そう考え、『黒い黄昏』の方を見たが、彼女は今の話の内容についていけないようだった。

「わたしは……、そんなにも恐ろしい存在なんですか」

 彼女は小さな声でそう呟いた。

「でも、イシガミさん。あなたの目的は世界を征服することではないのでしょう?」

「まあ、そうだが」

「だったらいいのです。同盟は危険思想を持つライラのみを危険視していますし、仮にあなたが世界征服を企画したところで、武力では行わないでしょう?」

 言われてみればそうだった。私自身が人のために貢献するこの仕事に意欲を持っていたことを思い出した。

「そうだな。人殺しにはなりたくないからな」

「なら、いいじゃないですか。あなたが『黒い黄昏』を所持していたとしても。それに、……わたしはあなたの人柄を見るのも仕事でしたからね」

 マロンは私にそこまでの評価を与えていたのか、照れている自分を感じる。マロンはそんな私の様子を見て、ため息を吐いた。

「でも、ライラにあなたは発見されました。彼らはあなたの『水晶核』を狙いに現れるでしょう」

 マロンは私がライラに狙われていることを強調した。

「おそらく、この発掘現場もすでにライラは知っているでしょう。これから一週間以内にやって来るでしょう。それまでに私たちは彼らを向かい撃つ準備をしないといけません。そのために私は今日ここへ参ったのです」

「して、その方法とは?」

 私がすかさずそう言うと

「東に逃げることです」

「東……、どこまで行けば」

「どれぐらいかですか? そうですね。具体的に言うと東へ二百メートルほど進んだ地点です」

 東へ二百メートル。そこはまさか。私の表情を読み取ったかのようにマロンは、

「そうです。いわゆる立ち入り禁止区域です。毒の土の舞う“死の荒野”と呼ばれる場所です」


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