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第4話 シシガミとイシガミ

やっぱり、さっき警備隊に運ばれていったのは、おそらくライラの構成員の一人だろう。アタシはイシガミが男を捕まえた現場に落ちいていた筒状の武器。レーザー銃を手に取って、そこに描かれている模様がライラのものであることを確認した。

「ちっ。面倒なことになってやがる――。むぐっ」

 慌てて、口を押さえた。周りには誰もいない。外面が剥がれるのはよろしくないが、口調を柔らかくするのは疲れる。

 アタシはイシガミという男に会いに行くため、彼がいるであろう簡易家屋に向かった。イシガミのいる簡易家屋にはイシガミと警備員(と思われる)男たちがいた。イシガミが一礼すると、警備員達は手の平をイシガミに向けて(おそらく、まあまあと言っているのだろう)からイシガミがいた簡易家屋から去って行った。

 簡易家屋の前にはイシガミしかいない。彼は簡易家屋の周りを落ち着きなく見渡すと、どこか別の場所に歩き始めた。アタシは慌てて彼の後を気づかれないように追いかけた。

 イシガミはしばらくすると、別の簡易家屋のなかに入っていった。アタシは簡易家屋のそばに立ち、中の様子に聞き耳を立てた。

 

(この娘の身元が分かるか?)

 イシガミが誰かにそういうことを尋ねている。

(いえ、身元の分かるようなものはなにもありませんでしたよ。それに健康状態もそれなりには良いみたいです。本当に倉庫に倒れていたんですか?)

(まあな。ところで、この娘が起きるまでしばらく、待たせてもらおう)

(はいはい。私は誰かさんのために起こされたんで三十分ほど仮眠をとることにします。その子がかわいいからって悪戯しちゃだめですよ)

(悪戯? いい大人がそんなことをするわけなかろうに。学生ではあるまいし)

(まあまあ。分かってますって)

 中の人物は、外に出るようだ。アタシはとっさに身をかがめた。この暗さだ。わかるまい。

アタシは室内にいた女が去っていくのを見届けると、この簡易家屋に入ることにした。まわりには見張りも無く、とても不用心だとアタシは感じた。

簡易家屋の扉を開けると、イシガミが座りながら舟をこいでいた。ちっ、女が起きるのを待つんじゃなかったのか。

 アタシはイシガミに声を掛けることにした。

「すいません。起きてくれませんか、イシガミさん」

 目が開いたり閉じたりしながら寝台脇の椅子で座っていたイシガミはアタシが目の前にいることに気が付いた。

「ふあっ! なんだお前」

 イシガミは一瞬、寝ぼけていたようだが、その目はすぐに不審者に向けるような疑い深い目つきになっていた。

「えっと、わたくしは不審者ではございません」

「ほう。不審者でなければ誰かね」

 アタシは自分が捕まることを恐れ、そう言ったのではない。彼に契約について尋ねるための布石としてこう言ったのだ。

「はい。わたしはこういうものです」

 私は自分の名前と写真及び、生年月日等が記載された札、つまり個人を証明する書類を見せた。

「ふむ。人類科学同盟極東支部管理部支部長マロン・マクスウェルさんでよろしいかな」

「その読み方で合っています」

「名前を聞いたことだし、私の名前はイシガミ・タカシ。ここの発掘現場の責任者の任を学会からとらせてもらっている」

 彼の言う学会とは考古学会と応用考古学会のことだと思われる。喰えない男だ。

「では、さっそく単刀直入に言います。わたしが何故ここに参ったかということを」

 こういう頭のいい奴には本題から告げることが大切だ。なぜかって、アタシはまどろっこしい話があまり好きじゃない。

「ほう。本題とな。さてさて、発掘物の事ですかな」

 イシガミの顔にはひきつった笑顔が張り付いている。

「ええ。愛想笑いよりも大切な発掘物です。ここ数日の間に、見たことのない発掘物を発掘しませんでしたか?」

 アタシがそう尋ねると、イシガミはどこか遠くを見るような目で

「新発見なんて、そうそう見つかるもんじゃないですよ」

 はぐらかしが、下手だ。語尾に震えを感じる。

「例えば、とんでもな~く堅い金属とかありませんでした。溶解型穿孔機でも溶かせないような特殊な特殊な金属……」

 アタシがそう言うと、イシガミはアタシに背中を向け「そんな金属有れば、だだだ大発見ですよ」とつぶやいた。

「はぁー。単刀直入に言います。あなた、『水晶核』を手に入れませんでした?」

 アタシがそのキーワードを口にすると、イシガミは目を輝かせた。

「『水晶核』とはなんだ?」

「この言葉は初耳ですか? まあ、遺跡を探っていればいつかは出会うはずの言葉です。もしあなたがこれを手に入れていたとしたら、我々まで連絡を下さい。それは自身をそう呼ぶから、それであることはすぐにわかりますよ」

 アタシはそう一気に話すと、簡易家屋の扉を開け出て行った。


◆◆◆◆


 さっきの女。マロンとか言ったな……。丁寧な言葉を使っているくせに不遜な女だった。それよりも『水晶核』とはなんだろう。どこの遺跡でもそんな言葉は見たことが無い。

「まったく、わからないことだらけだ。強盗もこの娘も――」

 私がそう言いかけると、寝台に寝かされていた娘が

「うっ」

 意識を取り戻しかけているようだ。

 娘は起き上がるなり、

「ここは……? それよりも、あなたは」

 倉庫内で話していた人物とは大きく異なる口調に私は内心驚いた。

「ああ、私の名前はイシガミ・タカシ。応用考古学を研究している者だ」

 本日二度目の自己紹介を私は言った。

「私は――黒……っ思い出せません」

 どうやら、記憶喪失のようだ。

「でも、頭のどこかに『黒』という言葉が」

表情からは不安が読み取れる。

「そうか。記憶なんてものは何かのはずみで思い出すと聞いたことがあるしな、気長に待てばいいと思う」

 私がそう言うと娘は微笑みながら、「そうですね。気長に待つことにします」と言った。

「……っ。そうだな」

一瞬、私は見とれてしまったのだ。まあしょうがない。この年頃でそれなりに目鼻立ちも整っているし。しょうがないしょうがない。


「君の記憶についてだけど、黒って言葉以外思いつかないのか?」

「ええ。ただ、黒のあとに何か言葉が続いていたような」

 この娘が気を失う前に言っていた言葉はたしかこれだった。

「『黒い黄昏』、『端末』、『自己修復』この言葉に聞き覚えは?」

 私はそう尋ねた。

「ええ、なんとなく。思い出せそうなんですけど……」

 娘は自信なさそうに答えた。

「そうか。思い出せそうにないか」

「はい」

 すごく落胆した風に私には見えた。

「まあ、気を落とすな。気長に思い出そう」

 


身元の分からない娘をこの発掘現場で置けるようにした。こういうときこそ責任者の権限を使うべき時なのだ。彼女の身分は便宜上、私の秘書兼書類整理係をやってもらうことにした。

「イシガミ先生。この書類はここで良かったですか」

「ああ。そこでいい」

 驚くべきことだが彼女はかなり要領が良く、私に聞かずとも書類をどこに仕舞うのかが分かるようだった。

「イシガミ先生。飲み物が入りました」

「ありがとう。助かるよ」

 それに気が利く。研究者には出来ない心配りだ。


 研究の合間に癒しのような一時は挟まるとはだれも思ってはいなかったに違いない。私も思ってはいなかった。彼女は発掘現場に咲く一輪の花となっていた。彼女がここに身を寄せてから三日、グラコニアス石の結晶はあれから一つも見つかっていないし、倉庫の中からも無くなっていた。あれが本当にグラコニアス石だったのかは今では判別がつかなくなっている。まあ、あれがあったとしても加工する力を持たない我々ではどうにもならないから、あきらめは付いているのだ。

ここ三日で見つかったものと言えば腐食していない金属片(あとで分析すると純金だった)や柱の土台の一部(近くには腐食した木材があった)ぐらいだった。

「ここには既に応用考古学が必要が無いような気がする」

 とは言え、考古学的に発掘を進めなければならないのも確かだ。私は考古学者である友人であり、ここの二人いる責任者の一人であるシシガミ・アラタに連絡を取ることにした。

 通信機で彼の書斎に発信をする。しばらくすると

『こんばんは。いや、今はこんにちはだったな。イシガミ』

 通じたようだ。

「ああ、こんにちはで合っているぞ。今は昼だ」

『そうだな。日の光も真上に近い……』

 シシガミの声は眠そうだった。

「また徹夜か」

『いや、ここ三日ほど眠っていない。発掘の具合はどうだ? なにか技術的なものが見つかったか』

「ああ、一度特殊な鉱石の塊のようなものが見つかったが、それ以外には遺跡の新たな一部ぐらいかな」

『そうか。ふむ、あらたな部分か……。一度見てみないとな』

「ああ、頼む。そろそろ、考古学の資料が溜まってきているんだ」

 私がそう言うと、イシガミは通信機の向こうでため息をついた。

『せっかく、今までの資料がはけてきたところだったんだけどな……。一度、そちらに行くしかないか』

 その声からは、眠気を感じる。

「わかった。いつ来るんだ」

 私がそう尋ねると、通信機の向こうでは紙をめくる音が聞こえた。

『そうだな。スケジュールには明後日は空いているから、明後日に訪ねよう……』

 シシガミはいつもならこのあたりで、通信を切るが――、まだ繋がったままだった。

通信の向+こうでは、シシガミが何か小声で言う音が聞こえる。

『いや、なにか言うべきことがあったような。気がするんだが、少し待ってくれ』

 そう言うと、シシガミは再びぶつぶつとつぶやき始めた。

「はやくしてくれよ。そろそろ眠いんだが……」

 機械からは、シシガミのあーでもないこーでもないという独り言が聞こえ続けている。

「ほんとうに早くしてくれ。明日も早いんだ。新発見があったのか……」

『そうだ。思い出した、昨日こっちに妙な組織の女が訪ねて来て、「最近、何か見つかったか」みたいなことを聞いてくるんだよ。まったくこっちは徹夜続きで眠りかけながら作業しているのによ』

「ほう……」

 私はシシガミのところに訪ねて来た人物についていくらかの当たりをつけた。

「そいつは、どこから来たと言っていた?」

『おお、そうだな。たしか、人類なんたら同盟とかいうところから来ていたみたいだったぜ。俺は世間のことは詳しくないからよう分からんが。知っているのかい』

 やっぱりだ。シシガミは人類科学同盟の何者かと接触している。

「ああ、その組織から私のところにも女が来ていた。三十分程度だが……、で、お前はなにを聞いたんだ」

『あの女は『水晶核』と言っていた。俺もそれが何のことかわからなかったが、とにかく重要なものだということには気づいた。あの女が俺の仕事場が資料の海だということに気づいたみたいで、それ以上は追求せずに去っていった。あれは仮面を被っている人間だと俺は推定した』

 おそらく、私のところに訪ねて来たマロンという女で間違いはないだろう。私もシシガミと同じように、彼女の表情が化粧(もちろん、女性が身だしなみで行っているあの化粧ではない)のようなものに覆われていることに気づいていた。

「おそらく――」

 私がそう言いかけると

『わかっている。イシガミのところにも訪れたのだろう』

 驚いた。まさか、そこまで予見できるとはな。

「まあな。私にも『水晶核』とやらを見付けたかどうかを聞かれたが、私にはそれの見当がつかないから、返事には困ったよ」

 既に私はある程度の推理は立てていた、「水晶核」とは何を指すかについてのことだ。しかし、研究に関する不確定な推論を彼に話すことは躊躇われた。

『そうだろうな。おっとすまない。いささか長い通信だったな。おやすみ』

 シシガミはそう言って唐突に通信を切断した。

「おやすみ」

 いつものことだから、しょうがないが――、奴の悪い癖だと私は心の中でつぶやき、すぐに自分の寝床のある簡易家屋に向かった。



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