第2話 マロン
昔からアタシはタイムマシンというものに憧れていた。どんな原理で出来ているのか。空想上にしか存在しないものなのか。時間は本当に一定に流れているのか。そんな疑問が昔からあった。時間というのはどう流れるのかが今一番にアタシが考えていることだ。
「…………」
物思いにふけりながらアタシは球体パズルで手遊びをしていた。アタシはある監視の仕事に就いている。その監視地域は大陸の東にある島国だ。かつての文明ではこの島国は潤沢な水資源、職人たちの技術、大陸と異なる進化を遂げた文化があったそうだ。だからと言っても、かの文明が滅びを迎えた現在ではその話すらもおとぎ話みたいなものだ。
rrrrr
本部からの通信だ。しばらく待った後、通信に出る。
『マロン支部長。通信に出るのが遅かった気がするのだが』
本部の部長だ。いい年して嫁に逃げられたのはこの間のくせに事務的な声で喋ろうと無理をしているのが分かる。
「申し訳ございません。急用で席を外していまして……」
上司に媚びてる自分を客観視している自分が存在している。少々の自己嫌悪に陥る。
『まあいい。それよりも、問題はレベルⅩクラスの物体が発掘された。場所は第三発掘管区だ』
「はーい。わかりました、すぐに確認します」
事前に渡されていたマニュアルの内容は暗記している。最初にすべきことは所持者を特定することだ。そして契約書の準備。文体が古臭すぎていた(クラシカル)ので今風に変えてやった。こうしたほうが説明するときやりやすいのだ。アタシは文体チェックを終えると、部長の期待通りに第三発掘管区について手元の端末で調べる。
「確認しました。第三発掘管区の責任者は“イシガミ・タカシ。応用考古学会に所属する学者の一人です。あと第三発掘管区は考古学会に所属する団体と応用考古学会からの団体という二つのスポンサーが存在しているそうです。副責任者として”シシガミアラタ”という考古学者です」
そう部長に報告しながらアタシは、このイシガミという男が相当の切れ者だということに気づいた。通常であるならば自分の所属する学会の団体からしか、出資金を募れないはずなのだがこの男は出資者を二つ手に入れている。有り得ない。そもそもその発想は普通の頭では思いつかない慣習外の行いだ。
『ところで、いつ行くのかね』
通信の向こうから、催促をされている。
「そうですね。所持者の特定と書類が揃い次第、早急に向かいたいと思います」
最後に目一杯の美声で応答してやる。
『そうか。では頼んだ。奴らは既にあの島にたどり着いているかもしれないからな』
「わかりました。……って、え――」
既に通信は切れている。
面倒なことになった。奴らというのはライラと名乗る組織のことだ。彼らはこの大陸にある発掘現場を襲う盗掘集団である。以前から許可を得ない発掘行為を行う者は存在したが、ライラは異なる。発掘現場を襲っても物を奪わないことがあるのだ。そのためある目的を持って行動していることが理解できる。
だが、その目的も不明なのが致命的だ。本部の分析はいつまで経っても慎重すぎる。まあ手掛かりがほとんど無いのが現状なのだそうだ。無能。もしくは隠蔽しているのだろう。
机の上に突っ伏していた体を勢いで起き上がらせると、アタシは面倒な書類を再び作り始める。
「ちっ」舌打ちをする。書類の書体を取り違えていた箇所があった。作業は途中からだが……、やり直しになった。
「まったく、大陸の端だからこそ暇だと思ったのによぉー」
アタシは降って湧いた仕事にそう感想を述べた、一人で。そう、ここの支部は常任者が一人となっている。他人が言うには、アタシは外面が良いらしいが、人と接していると少しずつ鬱屈していってぶっ倒れてしまうそうだ。本部で仕事をしていたときも、他人に対するいら立ちが少しずつ溜まっていくことに薄々感じていた。そしてその後、勤務地の異動希望にこの大陸の東の端を希望した。同僚たちはアタシが僻地に行くことを「愚か者」扱いしていたが、そんなことはない。アタシは自分の心の健康のために、人里と離れることを決意したのだ。まあここらへんは大陸と違って砂漠よりも海が多いこともアタシの希望理由であるのだけれども。
「働けということなんだろうな」
契約書の用意は完了した。あとは所有者を特定するだけだ。季節の変わり目は面倒が増えて困る。