第1話 目覚め
黒い物体の大きさは直径20センチ程度。重さは10キロ程度だ。『非力な私の力でも持ち上げることが出来る』ということは発見した時に実証済みである。通電するかどうかも調べてみたほうがいいかもしれない。
そういえば後輩が「そういえば、触ってみても跡が付かないのは変ですよ」と言っていた。どんな金属でも汚れの一つは付くはずだ。そして長年埋没していた金属がの表面に傷が一つも見当たらず光沢があるのもおかしいのだ。
「これがグラコニアス(仮説)。この金属なら、装飾品にも建材にも使えるかもしれない。だとしたら夢の金属だ。加工方法とか量産の方法が、今は分からないのが難点だな……」
さらに私は考古学的側面からこの物体に対してのある程度の考察を立てなければならない。あちら側のスポンサーにもいい顔をしておく必要があるためである。
あらかじめ決められた書式の書類に、特徴を観察して書いていく、考古学会の書式は自分の学会とは異なるため、気を付けて書かなければならない。なぜかというと、応用考古学会では発見された物体の物理的な特徴と産業的側面からの利用可能性を考察するだけなので、分かりやすいのだ。ところが考古学会では文化的な側面による書き方の文章になっていなければならない。書く視点が全く異なるため、毎度のことながら私は困っている。
とは言っても、文章は以前に用意したものを少し直す程度だからそこまで難しくない。それに最後は共同執筆者のあの男に任せればいいのだ。
どこかで鳥の啼く声が聞こえた。簡易家屋の中から外を見ると、既に日が落ちて暗くなっていた。心なしか少し肌寒い。私は上着を取り、涼みに出ることにした。荒野の夜は寒い。日中は直射日光で地面がなべ底のようになるが、夜は夏場でも寒くなるのだ。
発掘現場は昼間とは違い閑散としていた。作業員たちも既に寝入ってしまっているようだ。私は昼間の騒ぎの熱が抜けないまま、呆然と発掘場所を見ていた。
夜の発掘は原則としてやらないというのが一般的だ。作業員が寒さでスタミナを過剰に消費してしまうからである。この発掘管区では気候などの環境上、十一時から十四時頃に気温が一番暑くなる。そのため作業時間はそれ以外の朝の七時から十一時までと十四時から十八時頃までの八時間と決まっている。この時間はどの作業員も夕食を取っているはずだ。
荒野の涼しい風が興奮で熱を帯びた頭を通り抜ける。
「やはり肌寒いな」
羽織った上着の留め具の部分を両手で押さえる。少し体が冷えた。
月を見ながら、思索にふける。
この場所から、グラコニアスの塊だけが見つかったというのはおかしい。今まで発掘されてきたのは、いずれも都市の残骸ばかりであったからだ。ここ数年の研究でここの遺跡が住宅地もしくは大きな都であることが推察されているのだ。
「だとしても、だ。ここから見つかったことには変わらない。それがどこから来たのか」
考えているうちに、鼻がむずむずとしてきた。どうやら、風邪気味のようだ。私は、今考えていたことを手帳に単語として書いて保留することにした。
「これ以上は明日からの仕事に支障が出るしな」
今日はもう遅い。すこし眠りにつかないとな。そう考えると、自然と欠伸が出てきた。
私は手帳を白衣のポケットにしまい、寝所のある簡易家屋に向かって歩くことにした。
簡易家屋に戻る途中、日中に見つかった遺物を確認したくなった。明日、機械を用い、年代測定等の科学的調査を行うことが予定されているが、なんとなく一人だけで見たくなったのだ。
何基もある簡易家屋のうち数基は発掘した遺物を保存、調査、梱包、移送などをするために使用している。そのため、警備員が配置してあり、出入りは管理されているのだ。
「こんばんは。イシガミ先生、なにか気になることでもあったんです?」
独特の訛りのある若い警備員に話しかけられた。
「む……。ああ、少し気になることがな」
私は身分証出しながら、彼にそう応えた。
「わかりました。まあ、先生方の研究は難しいんでオラにはわからんです」
訛りがかなりひどいことが少し気になったが私は気にしないつもりだ。
「まあ、そういうもんか」
「そういうもんです。どうぞどうぞ」
どうやらよくわからないものを研究していると思われているようだ。理解しがたい部分もあるようだと、改めて実感した。
簡易家屋の扉は開かれた。
私が簡易家屋に入っていくと、体が少し震えていることに気づいた。保存するための施設であるからか、常にある湿度、温度に保たれているのだ。
「それにしても寒いな」
薄暗い簡易家屋の中を進む。ゴトリ。足に瓶が当たった。靴を履いているから大丈夫だったが、裸足だったら小指にぶつかっていた。瓶は軽く小突いてしまっただけなので、少し揺れただけで倒れなかった。ここには発掘品のほかに、助手たちが持ち込んだ果実酒、蒸留酒などの酒類の保管に使わせてやっているのだ。
「それにしても多いな。今度注意しておかないと」
見れば十本以上ある。研究するつもりがあるんだろうか。今からでも宴会が出来そうな量だ。中には、年代物のお酒もある。おそらく、相当なお金を出して購入したんだろう。もし、研究費に手を付けていたら、即解雇だな。
そう思ったが、人手が無くなるのでその場合は最初に買った値段よりも高い値段で売って、研究費を補てんすればたぶん大丈夫だ。
「いや、研究費の使い込みと同じだろ」
私の思いついた方法はどう考えても、不正な研究費の使い方だ。その場合は、彼(まあ、誰がこのお酒を買ったか私にはわかっている)の給料から天引きさせてもらうこととしよう。そうしよう。とは言え、不正は多分、おそらく、きっと無いと思う。
お酒の群れを私は一瞥し、日中に運び込まれたはずの黒いグラコニアス石(仮説)があるはずの簡易家屋の奥に向かった。
簡易家屋の奥には、資料の原本も保管されている。普段、私が呼んでいるのはそれを複製したものだ。原本は本来なら大きな施設で一括管理すべきなのだが、この島国にはまだそれがないため、簡易家屋を改造して保存できるようにしている。そのため、
「外より、寒いな」
案の定、冷房が効いている。しかも空気が乾いているので、体感温度がものすごく寒い。発掘した物体を保管している場所は一番奥なので、もう少し歩くことになるはずだ。
ようやく、日中に見つかった発掘物がある場所にたどり着いた。
その物体をさっそく巻尺で測ってみるとその直径は55・5センチメートル。昼間の自分の目測とほぼ同じ長さだった。黒い表面を見ていると、なんとなく素手でこの成果に触りたくなった。ふと、私は素手で触れていないことに気づいた。作業中は安全のため手袋を外せないのだ。不意に手袋を外し放り投げた。
外で触った時は手袋を着けていたから気付かなかったが、手のひらを近づけてみて初めて気づいたことがある。微量だがこの物体からは空気が噴出している。室内の気温のせいかヒンヤリしている。
そんなことよりも、この物体に素手で触ってみたいという知的欲求が自分の名から沸々と湧き上がってくることに驚いた。
そして、私はこれに手のひらを当てた。
『認証。完了――、当該人物を新たな契約者として認定。当機はこれより覚醒シークエンスに移ります』
私は腕が何かに包まれていることに気づいた。これは――、人間の手? いや違う、ここに他に人はいなかった。
そう、目の前には、黒い服を着た女の子がいた。
「君は誰だい? ここには誰もいなかったはずだけど」
「ええ、当機は人類ではありません。当機は“黒い黄昏”端末の一台です」
端末? それはなんだ。
「端末って君は機械なのか?」
「はい。当機は――、記憶領域に破損を発見。自己修復を開始します」
そう言って、彼女は倒れた。