シアと炎竜王
少女シアは、竜騎士になるために山深い洞窟で竜の卵を見つけ、訓練兵となった。
竜騎士は国を守る精鋭で、訓練兵となるには自ら卵を見つけ、卵に魔力を注ぎ、孵った竜に主として認められねばならない。
シアがその卵を見つけたのは、父が寝物語で語ってくれた「竜王の眠る洞窟」の最奥だった。
足場は崩れ、魔力だまりが渦を巻く危険な場所だったが、シアは父の物語を信じて進んだ。そして洞窟の最奥で卵と出会った。
卵に触れた瞬間、胸の中に温かなものが広がった。きっとこの出会いは運命だとシアは確信した。
訓練兵達は毎日卵に魔力を注ぎながら、基礎体力を上げる、魔力を上げる訓練の他、竜騎士としての座学も行なっていた。
その中で、かつてシアの故郷を瘴気で襲った黒竜王の話があった。本来竜は人と共に生きる。しかし黒竜王は主を亡くし、狂気に呑まれた。今もまだ亡くなった主を探し彷徨う悲しい竜と学んだ。しかし、シアはそのせいで故郷を失い、退役竜騎士だった父は黒竜王を鎮めに行き、帰ってこなくなった。それが、許せないと思った。
ひと月すると仲間たちの卵は次々孵り、幼竜の育成訓練や飛行訓練へ進んでいく。
しかしシアの卵はもう三か月になるのに沈黙したままだった。
教官たちの反応はさまざまだ。励ます者もいれば、別の卵を探した方がいいと提案する者もいる。同僚たちも「まだ孵らないのか」と気の毒そうな目を向けてくる。
仲間たちが空へ上がる中、自分だけが兵舎に残されている現実に、シアは焦りを募らせていった。
それでも、あの深い洞窟の奥で出会ったこの卵は、諦めたくないと強く思った。
憧れの竜騎士だった父が話してくれた竜王の眠る洞窟のお話が好きだった。父が大好きだった。だから、そのお話の洞窟にあったこの卵をなんとしても孵したかった。竜騎士になることは、ただの夢ではなく、生きる理由でもあった。
ある日、教官がシアに竜騎士以外の道も考えるよう告げる。孵化の兆しがない以上、見込みは薄いという判断だった。
だがシアは頑なに首を横に振る。
シアが魔力を注ぐたび、卵の奥から魔力の鼓動を感じるのだ。この卵の中には確かに命がある。
もしかしたら、注いでいる魔力量が足りないのかもしれない。そう考えたシアは、毎日魔力が尽きるまで卵に注ぎ続けた。体力作りも、魔法学も、騎乗訓練も手を抜かない。
卵の魔力の鼓動も、シアの努力に応えるように少しずつ強くなっていった。
そんなある日、見回り竜が黒竜王襲来を知らせる警告音を鳴らした。
訓練兵たちは避難し、教官や正竜騎士たちは竜に騎乗し、迎撃に出る。
だがシアは、卵に魔力を注ぐことに集中しすぎ、警告音に気づかなかった。
部屋の窓が黒竜王の羽ばたきで一気に割れる。驚いて振り返ると、窓の外の目がシアを睨んでいた。
慌てて卵を抱き、崩れた兵舎の中を走るシアを、黒竜王は狙い澄ましたように襲う。
迫る瘴気に、シアは故郷を失った日の恐怖を思い出した。ここで死ねば、また多くの人が大切なものを奪われる。崩れた壁のかげでうずくまり、私はなんて無力なんだろうと、溢れた涙が卵に落ちた――その時。
『待たせたな!!シア!!』
頭に声が響いた。
卵はシアの腕からゆっくりと回転しながら宙に浮かぶ。卵を中心に、水の波紋のように周囲へ赤い文字の魔法陣が広がっていく。
魔法陣が巨大に展開するほど、シアの魔力は激しく削られていった。意識を保つのも苦しい。しかし、シアはキッと顔を上げた。
竜が応えてくれた。
『我を信じ、我が力を行使せよ!!』
シアは立ち上がり、黒竜王を睨み返す。
黒竜王の大きく開いた口の奥に魔法陣が見えた。
瘴気が来る。
シアは両手を赤い魔法陣へかざし、「撃て!!」と叫ぶ。
殻が完全に割れ、深紅の竜が咆哮を上げて現れた。
同時に魔法陣から紅蓮の炎が立ち登り、吹きかけられる瘴気を焼き払い、無数の炎の矢となって黒竜王を撃ち抜く。
黒竜王はたまらず地に落ち、駆けつけた正竜騎士たちの追撃を受けながら、シアと深紅の竜を睨んで飛び去っていった。
戦いの後、力尽きてへたり込むシアの前で、小さな深紅の竜が振り返る。
「我は炎竜王。シア、お前を我の主人と認めよう」
集まった竜騎士や教官たちは驚愕する。誰より遅く生まれた卵は、竜王の卵だったのだ。
シアは炎竜王を抱き上げ、「ずっと待ってた……信じてたよ」と言う。
こうしてシアは炎竜王に選ばれ、正式に竜騎士として認められた。
だが炎竜王は、竜王同士は互いの気配を感知し合うため、傷が癒えれば黒竜王は現れるだろうと告げる。
ならばここに留まってはいられない。
シアは炎竜王をしっかり抱き直し、教官や仲間たちを見渡した。
黒竜王を鎮め、この国に平和を必ず取り戻す。それがどんなに険しい道でも、誰からも故郷を奪わせないために。
そう告げたシアは、炎竜王と共に旅立つ決意を固めた。




