第八十六話 成敗 その3
ミルディベールは僕に睨みをきかせながら、剣の柄に手を伸ばそうとしている。
「僕のことを覚えてくれていてありがとうございます。ミルディベールさん」
「なぜ俺の名を知っている?」
「それはもちろん、先ほど耳にしたからですよ。団長さんというくらいですから、盗賊団なんでしょうか? それとも兵団でしょうか? まさか、騎士さんだったりしませんよね? そのいかつい見た目で」
僕はわざと、口角をつり上げて笑ってみせた。
「レディエレート、ワールテルズ、賊が侵入した。すぐに来い」
さきほど一階へ降りて行った者か、それとも元々いた者がどちらなのかはわからない。少なくとも二人はこのミルディベールの部下であることは間違いがないのだろう。
「無駄ですよ。下にいる二人には聞こえません」
僕の言うことを聞いたからか、それとも何かを思ったからか。
ミルディベールは立ち上がって腰の剣を抜いた。
そのまま振りかぶり、僕に斬りつけてくる。
だが僕は慌てることはなかった。
ミルディベールが振り下ろす剣の動きを見て、しっかりと避けた。
僕の身体は阿形さんと吽形さんの二人の眷属となってから、二人の体質を受け継いだ。
歳を重ねて成長すると共に変化していった身体は、再生の力だけではない。
身体能力も反射神経も、それなり以上に成長していたのである。
避けられると思わなかったのか、それとも酒が入っていて力の加減ができなかったのか。
ミルディベールの剣は、地面にぶつかる。
ぶつかるという現象は、本来ここにあったはずの床は阿形さんが作り上げた空間だったから起きてしまった。
同時に僕は、『偽装の術』で姿を変える。
脳裏に焼き付く、屈辱の記憶。
イメージするのはあの忌々しき、ファルブレスト王国の王女。
タイミングは間に合ったようだ。
力強く剣を振り切ったことで、片膝をついた状態になっているミルディベール。
顔を上げて、僕を睨む、予定だった。
「――なに故其方は私に剣を向ける?」
ミルディベールは酒に酔っていたから、余計に効果があったようだ。
「ひ、姫様っ。も、申し訳ございま――」
僕はそのまま、ミルディベールの顎をかすめるようにして蹴りとばした。
一瞬のうちに意識を失ったようで、その場に崩れ落ちる。
僕はミルディベールの襟首を掴むと、転がった椅子を直し、それに座らせた。
『ほほぅ。なかなかどうして。そのような見た目だったのか。実に興味深いな』
(ありがとうございます。阿形さん。このミルディベールを、見えにくい糸かロープで椅子に固定できますか?)
『あぁ。容易いことだ。……これでいいだろう』
阿形さんは細い糸状のマテリアルでグルグル巻きにして固定してくれたみたいだ。僕にはそれが見えるから、なんとも滑稽な感じがする。
(ありがとうございます)
「まぁ、それはさておきとしましょう。ミルディベールさん」
「……ひ、姫様はどこに?」
「ここには僕以外いません。何を寝言言ってるんです? お酒飲みすぎでしょうに。さて、このブルガニール男爵領で、異変が起きたのを知っていますか?」
「……『外壁の老朽化による補修中』と聞いてはいるが?」
「あははは。なんとも頭の悪い。いや、攻められるのが怖くて、ここの領主は報告しなかったんでしょうね」
「何を?」
『あぁ、言うのかい?』
(えぇ。間抜けがどれだけ落ち込むか見ておきたいですし)
『あははは。それは実に興味深いな』
「それは僕がやったんです。ついでに、この領主の館に隣接して建てられているはずの、倉庫兼牢屋を知っていますよね?」
「あぁ、知っている」
「そこに、僕より以前、『召喚術式』で連れて来られた『魔力庫』として幽閉されている女性を知っていますね?」
「あぁ」
「もう、いません。建物ごと、僕がいただきました」
「な、なんだと?」
おそらくミルディベールは知っているのだろう。
イヴという女性が僕よりも前から、幽閉されていることを。




