第八十四話 成敗 その1
僕たちはブルガニール男爵領で最後の一つとなるであろう、『隷属の魔道具』の回収に向かうべく、ある二階建ての建物へ向かっている。
『怖いか?』
(はい。怖いです)
僕たちの姿は、阿形さんが『隠形の術』を解かない限り、他人から感知されることはない。
だからこれまで通り、この建物から『隷属の魔道具』を回収するのも容易いだろう。
明かりの漏れる建物を覗き込むようにして、僕は中の様子を窺った。
そこには、僕たちに気づくこともなく、テーブルに着いて何やら書類整理を行っていると思われる男性がひとり。
男性は二十代くらいだろうか?
身に包む服装は、この男爵領の出入領を管理する兵士のようにも見える。
でもやはりこの服装は、僕の記憶にあと思った。
なぜなら、額から脂汗が出るかのような、嫌な感覚に襲われるからだ。
(今思えばなんですが、あの服装。忘れるはずがないんです)
『ほほぅ。一八くんから聞いた話から察するに、オレが見ていない者なんだろう。ということは例の「あれ」かな? ……なるほど。実に興味深いな』
阿形の声のトーンが一段低くなった。
(はい。あの男は違うと思いますが、僕を始末すると言った男と同じ服装をしているんです)
『なるほどな。だから一八くんの心拍も上がっている。そういうことか。実に興味深いな』
阿形さんの言う『興味深い』の言葉は、いつものような興味本位の楽しげなものではなかった。
『どうだい? 反応はどこにありそうかな?』
(『我が魔力を捧げる。捜し物を指し示せ、捜し物』。……はい。二階にあると思います……)
何度も繰り返したからか、『捜し物』は口で詠唱せずとも、頭に思う様にして唱えたなら発動するまでになっている。
『人程度であれば、何も恐れることはない。今の一八くんにはオレがいる』
(そうですね。もちろん忘れてはいません。ですがそれでも……)
『あぁ。もしかしたら、この上にヤツがいるかもしれないのだから。不安になるのは仕方のないことだ』
二階にある以上、一階を通り過ぎて階段を上らなければならない。
僕はテーブルにつく男性をじっくりと見ながら近寄っていく。
匂いで感知される可能性も考慮に入れて、必要以上に近寄ったりはしない。
それでも、僕の姿に気づいた感じは見受けられなかった。
(建物の中なのに、こんなに近寄っても気づかないんですね)
『あぁ。上から酒の匂いがする。二階から匂いが降りてくるということは、上の階は窓が開いている。同時に、上で酒を飲んで酔っている者がいるということだな。オレたちの匂いがあったとして、出入り口へと逃げて行くのだろうな』
(そうなりますね)
『落ち着いてきたようで何よりだ。では上に行こう』
(はい)
テーブルにつく若い男性を見ると、僕たちに気づいていないのがわかる。
(もしここで、触れたらどうなるんでしょうね?)
試したことはなかったが、僕はそう思った。すると、
『興味深くはあるが、それはまたの機会にしようじゃないか?』
(そう、ですね)
『冗談が言えるようであれば心配はないな。落ち着いてきたようで、何よりだ』
階段を上がっていくが、僕の足音は聞こえない。
しんとした二階からは、グラスに何かが注がれる音が聞こえるだけ。
「――まいったよなぁ。小僧もじじいも、俺が斬ったのは間違いないんだが、始末した証拠を持ってこいとか無理を言いやがる。仕方なく見に行ったらほら、やはり本当に魔獣が持って行っちまった。だからってなんで俺が王女様のお付きさんたちに叱られなきゃならないんだよ……」
「せめて例の魔道具だけは回収したと報告したなら、状況は変わっていたと思うのですが?」
だが、この男がいるテーブルの上には、『隷属の魔道具』がある。
中央に填まっている赤い宝玉は見覚えがある。
もちろん、この男の目尻にある傷も忘れはしない。
「確かにそうかもしれないんだよな。魔道具を回収するつもりで手だけは切りました。けれど魔獣がやってきて、撤退せざるを得ませんでした。って報告するべきだったんだろうな。でもなぁ、商人の馬車、持って来ちまってるし。なぜ魔道具を回収できないで、馬車だけ回収できたと言われたら終わるしなぁ……」




