第五・二話 躊躇ってなんていられない(Girl's Side)
時間は二十時を回っていた。
千鶴は吽形と一緒に、一八と阿形の帰りを待っていた。
対面キッチンでは、一八があらかじめ米をとぎ、セットしておいてタイマーで炊飯器が動いた。
そのごはんはもう、とっくに炊き上がっている。
もちろん、炊けたごはんを混ぜることはしたが、食べるのを我慢して待っていた。
その代わりと言ってはなんだが、千鶴は一八に対して『お姉ちゃん、お腹空いたんだけど?』と、メッセージを送った。
シスコン気味な彼は、授業中やオクターヴに変身している間でなければ、レスは返すことができなくとも秒で既読はつけてくれる。
ちなみに、付属の中等部、高等部に在学中の時も、浮いた噂すら立たないほど、自他共に認める千鶴もかなりのブラコンである。
「……どれだけ待っても、既読にならないんです」
『確かにおかしいで――え?』
「どうかしたんですか?」
『これまでなかったことなので、なんとも表現しがたいのですが』
「はい」
『一八さんとの、繋がりが切れているのです』
「え?」
『千鶴さんもご存じとは思いますが、一八さんにあるはずのマーカーを辿ることができません』
「それってまさか、やーくんが死んでいるかもしれないということですか?」
『いえ、もし生命活動が止まっているだけであれば、マーカーの反応があるはずなのです』
「あぁ、そういう――ということはもしかして?」
『はい。あの人も、行方不明となっているのです』
「なんてこと……」
『あの人との間にある繋がりは、なくなっていないのです。ですから、死んだとは思えません。そもそも、どうしたら死ぬことができるのか? わたくし自身のことも、わからないのですけどね』
吽形と阿形との繋がりとは、一八との間のものではない。
いわゆる夫婦であることの繋がりを意味するのだろう。
そういえば、以前吽形から聞いたことがある。
一八と出会ったときもそうだったが、この千年以上の間に、何度も飢餓によりかなり良くない状態へ陥ったことがあった。
だが、身動きがとれなくなっただけで、阿形、吽形どちらもそれ以上重篤な症状になることはなかった。
血の繋がりを持ったことで、ふたりの眷属となった一八は、体質をも引き継いで、『超』と頭につけていいほどに、恐ろしい傷の治りや体力の回復をするようになった。
そのおかげもあって、正義の味方活動ができるようになったのだが、学校の体育などでうまく誤魔化さなければならないようにもなったのだ。
「とにかくね、吽形さん」
『はい。なんでしょう?』
「今は夏休みに入ったばかりだから、時間はあります。色々手を打って、あちこち誤魔化して、それでも駄目なら、お婆さまに相談することだってできると思うんですね」
『はい。そうなりますね』
「今、直面している問題があるとするなら、こっちじゃないですか?」
千鶴は薬箱を棚から持ってくる。
蓋を開けて、消毒用の脱脂綿を、鞄から安全ピンを取り出し、テーブルに並べる。
安全ピンの針をはずして、消毒用の脱脂綿で人差し指の腹を消毒する。
そのまま安全ピンの針も消毒する。
消毒を終えると、針先を左手の人差し指の腹にあてて、少し力を加える。
すると、ぷつっというちょっとした抵抗感と共に、彼女の指の腹からは血が染み出て珠になっていた。
吽形たちの眷属となった経緯は一八から聞いていた。
だから千鶴はこの方法で間違いないと思ったのだろう。
千鶴は迷うことなくそのまま指を吽形の前に突きつける。
彼女も千鶴の意図をくみ取ったのか、躊躇することなく口に含んだ。
くすぐったい。
ちょっとした刺し傷のあるところに、吽形の舌が撫でている。
「どうです?」
『はい。千鶴さんとの血の繋がりが確認できました』
よく見ると、左手の人差し指、その腹にあった刺し傷は徐々に消えていく。
これが眷属となった証。
吽形の体質を引き継いだということなのだろう。
(吽形さん、聞こえるかしら?)
『はい。大丈夫です。ですが、躊躇されなかったのですか?』
千鶴は頭に思い浮かべた言葉が吽形に伝わっていることを確認できた。
「何はともあれですね、家族の吽形さんが困るのは目に見えていたんです。やーくんの代わりができるのは、わたししかいません。だから迷ってなんていられませんでした」
『ありがとうございます』
「これで少なくとも、吽形さんは魔力エネルギーを枯渇することもない。それにわたしも、あなたたちの魔法を使えるようになるわけでしょう?」
『それは練習次第ですね』
とにかく、千鶴は吽形と協力して事にあたらなければならない。
吽形が千鶴の気持ちを察したのも、お互いを必要としているからこそなのだろう。




