第五話 行き着く先は?
「あの、すみません。どなたかいらっしゃいませんか?」
すると、馬の鳴き声がして、ガタゴトという揺れが止まった。
壁から明かりが漏れて、そこから声が聞こえてくる。
「……目を、覚ましたのかい?」
口調は優しい、落ち着いた感じの男性の声だった。
年齢的には中年から初老くらいだろうか?
「あ、はい。そうです」
「ワシはな、輸送を引き受けただけの商人なんだ。奴隷だと聞いているお前さんをな、ブルガニール男爵領の奴隷商へ運ぶ途中なんだよ」
「奴隷、ですか。……その、魔力庫ってなんだかわかりますか?」
「あぁ、魔力庫かい。それなら悪くないのかもしれないね。魔力を供給するためだけに使われる奴隷の事を魔力庫と呼ぶんだ。比較的丁寧に扱われると聞いてはいるよ」
(どっちにしても、このまま一生奴隷? 比較的って、どれくらいなんだろう?)
「そうなんですか……」
「何をやらかして奴隷になったかは知らんが、まぁ、生きてりゃいいこともあるだろうさ」
窓が閉まってまた、馬が鳴いた。
ここは馬車の荷室のようだ。
僕は、ブルガニール男爵の領地らしきところへ届けられている途中らしい。
意識を失う前に聞いた話は本当なのだろう。
(でもあの王女とかいう人が言った『処分』ってどういう意味なんだろう? 処分価格? 安くてもいいから売ってしまえってこと?)
▼
しばらく馬車に揺られていたと思ったらまた、馬車が停まった。
目的地に着いたのかと思ったのだが、何やら外が騒がしい。
「やめてくれ。ワシは荷を――ぐぁああああああっ!」
先ほどの商人の悲鳴。するとすぐに明かりが差し込んでくる。
荷室らしいここの扉が開けられたのだろう。
「悪いな。盗賊に襲われたってことにしないとな、駄目だって言われたんだよ」
「え? 盗賊に?」
僕は胸ぐらを捕まれて、馬車から引きずり降ろされる。
その男は向かって左側の目元に傷を持っていた。
だが、見た感じは盗賊には見えない。
それは身なりはものすごく整っていたからだ。
人相が悪いとはいえ、まるで兵士か騎士のように思える。
「このおっさんには悪いがな、一緒に死んでもらうしかなかったんだ。使い物にならなかったお前が一番悪い。だからおっさんが死んだのもお前のせいだ。まぁ、おっさんの運の悪さもまた、罪ってことなんだろうけどな」
(とにかく、そうだ。『隠形の術』だ。姿を消そう――『隠形の術』。……あれ?)
僕はあちらの世界で使い慣れている、『隠形の術』を使った。
姿を消して、音も消して、気配まで消してくれる、阿形さんたちから教わった術である。
だが、術が発動している感じがない。どうしたことだろうか?
(――『隠形の術』。消えて、消えてってば。こいつ、僕を見てる。ううん、見えてるんだ、まだ)
「ど、どういう、こと、ですか」
(――『隠形の術』。駄目だ。消えてくれない。どうしちゃったんだ?)
「あ? 聞いてなかったのか? お前は初めから処分されるのが決まっていたんだよ。おっさんはついでだ。生きてもらってたら困るんだよ。盗賊がおっさんだけ見逃すのは、おかしいだろう?」
僕に話をしてくれた商人らしき人は、この男に殺されてしまったみたいだ。処分というのは、そういうことだったのだろう。
「なんでこんなことを……?」
とにかく何か話しかけて時間を稼ぎ、隙をうかがってなんとか逃げ出さないといけない。
「王女様の命令なんだ。とにかくまぁ、運がわるかったな。恨んでくれるなよ?」
男は剣を振りかぶったかと思うと、躊躇なくそのまま振り下ろしてくる。
この状況下で逃げ出すのはやはり、考えが甘かったのだろう。
「そんな、待っ――」
男は舌を出して僕を馬鹿にするような表情をしていた。
僕は右腕を顔の前に出して避けようとした。
だが、腕をあっさりと切り落とされてしまう。
その痛みと共に、意識が徐々になくなっていくところまでしか、覚えていなかった。




