第五十六話 捕らえられていた女性。
屋敷から領都の入り口ともいえる門へ向かう。
僕はまだ、彼女を抱えたまま。
それでも苦もなく抜けることができた。
塩田あたりまでやってきた。
あとは、領都を抜けるために走ることにした。
もちろん、彼女を抱えたままである。
「見た目より力持ちだね?」
「こうして、人を助けることには、慣れてますから」
オクターヴとして人命救助などを行った際は、要救助者を抱えることは数多くあった。
だから慣れているのは間違いではない。
おそらくはブルガニール男爵領の領地は抜けたと思う。
僕は全力で走っていた足をゆっくりと止めた。
「この辺りなら大丈夫でしょう?」
「あたしもよくは、知らないんだけどね」
「立てますか?」
木陰に彼女を降ろす。
すると彼女は、力なく座り込んでしまった。
僕は阿形さんに『隠形の術』を解いてもらった。
姿を現した僕と、ここまで連れてきた彼女。
「すまないね、まだ無理のようだよ」
(阿形さん、鞭、出してもらえますか?)
『あぁ。これでいいかな?』
(はい。ありがとうございます)
「おや? それはもしかして?」
「はい。倉庫からいただいてきました」
鍵穴らしき場所に鞭から鍵を出して当ててみたが、形が違ったらしく解錠はできないようだ。
「んー、……施錠に使ったものじゃないと無理ですか。それなら」
(阿形さん。この鍵、外せますか?)
これまで数々の鍵を解除してきた阿形さんであれば、おそらくはいけるかと思っていた。
『魔法による癒着がない限り、物理的な鍵なら開けることはできるな』
(それじゃ、お願いできますか?)
『あぁ、少し待ってくれたまえ』
「ちょっと待ってくださいね」
阿形さんが僕へ待つように言った。
僕はそのまま、彼女へ伝えた。
阿形さんは蛸腕の先を隷属の魔道具にある鍵穴に滑り込ませる。
中はおそらく物理的な鍵だったのだろう。
ほどなく開けることに成功したようだ。
力なく別れる魔道具。
それを見て驚きの表情を見せる女性。
「これは驚いた。鍵を使わずに開けてしまうだなんてね。先ほどまで姿を消していたことといい、どんな魔法を使ったんだろう?」
彼女の腕には、しばらく着けられていた魔道具の痕があった。
それは実に痛々しい。
「魔法みたいなものですね。ところでその、何故あそこにいたんですか?」
女性は僕をみて、首を傾げている。
何か困ったことがあるのだろうか?
「あ、すみません。僕は、一八と申します」
「そうそう、君のことをなんと呼べばいいか困っていたんだ。改めてカズヤさん、助けてくれてありがとう。あたしの名は、イヴァンジェリナ・メルムスティン。イヴ、と呼んでくれたら嬉しいよ」
力なく微笑むイヴ。色白で、ハニーブラウンのくるくるとした巻き毛。どう見ても、僕より年下の可愛らしい女の子。ただ、見慣れないと思ったのは、彼女の瞳が吸い込まれるような深紅だからだろう。
「あたしはね、『召喚術式』とやらを使って連れてこられた、らしいんだ。目を覚ましたときにはもう、見覚えのない部屋にいたからね。そのため、状況はよくわからなかったんだよ。色々あってしばらくの間。この魔道具で魔力を吸い上げられていたみたいでね。これは、体中に力がはいらないだけでなく、逆らおうという気持ちが薄れる厄介な魔道具だと思われるんだ。あたしはあのエレオノーラとかいう女たちに名を名乗っていないから、しばらくの間は『魔力庫』と呼ばれていたかな?」
「なんですって?」
『なんだって?』
「あの女がね、『迷宮を挟んで対局の位置に存在する、魔族等の脅威に晒されている』だなんて世迷い言を言うものだから、口を閉ざしていたらこんなことになってしまったんだね」
間違いない。イヴも僕と同じ、いや、僕より前にここへ連れてこられた、ファルブレスト王国の被害者ということで間違いはないだろう。
「ほんと、笑いを堪えるのが大変だったんだよね」
「何故、ですか?」
「だってほら、あたしがその女の言うところの、『迷宮を挟んで対局の位置に存在する魔族』、そのものなんだからさ」
「ど、どういうことですか?」




