第五十三話 潜入開始。
ここ、ブルガニール男爵領は、ファルブレスト王国のお膝元にあった王都と思われる町に比べると、それほど人は多くないようだ。
あのときは夕方で人の往来が多かったせいもあったのだろう。
だが、こっちはまだ明るいのにそうでもない。
(ファルブレスト王国の王都よりも海に近いからですかね。潮風が吹いてなんとなく、海沿いにある僕の実家近くの匂いに似てるような気がします……)
僕の実家は沖縄の離島で、海からすぐのところにあった。だから常に潮風の香りがして、それが日常でもあったからだ。
『あぁ、そうだな。今は辛いかもしれんが、いつか必ずオレが戻してやる。期待して待っているがいい』
感情を抑えていたはずだったが、阿形さんにダダ漏れになっていたようだ。
(そ、そうだ阿形さん、今は――)
『十三時を超えたあたりだ』
(え? あ、はい、時間を聞こうと思っていたんです。よくわかりましたね?)
『なんとなくな、そう思ったんだよ』
(あはは)
こんな、なんでもない会話のやり取りが、僕の心を落ち着けてくれる。
阿形さんたちはもう、僕たちにとってかけがえのない家族になっていた。
男爵領に入ると、高台になっていて町を見下ろせるようなところに、かなり大きな屋敷が二つ並んでいた。
どちらかに領主が住んでいるのか?
それともどちらにも領主が住んでいるのか?
僕には正直よくわからない。
『それでは、まずはそう、……だな』
(はい。ここの領主が住んでいる、……と思われる、大きな二つ屋敷がありますね)
『あぁ、そうだな。とりあえずそこを目指すことにしようじゃないか』
ここまで飛んできた道中に、阿形さんと話をしていた。
この男爵領に奴隷商が存在するのは僕もこの耳で聞いてる。
そこには阿形さんが欲しいと言ってる『隷属の魔道具』があるはず。
だが見た感じ、奴隷商の建物がどこなのかまではわからないのが現状だ。
どちらの屋敷も、ファルブレスト王国の王城とは比べものにならないほどに規模は小さい。
表から見た感じはせいぜい、冒険者ギルドの建物数個分というところだろうか。
また、どちらの建物も昼過ぎだというのに、正面入り口らしき場所は扉が開け放たれている。
そこには衛兵が立っているだけ。
日中はそれなりに来客もいるのだろう。
(さて、どちらから入るかですけど)
『ここは奥の建物だと思う』
(なぜです?)
『そうだな。手前の建物のほうが、人の気配は多い。おそらくは、手前の建物が領主の屋敷で間違いないと思う。まぁ、あくまでもオレの予想でしかないんだけどな』
(どちらにするかは、阿形さんに任せます)
『ありがとう。それなら奥からにしよう』
こうして僕たちは、壁側にある奥の屋敷から潜り込むことになった。
ファルブレスト王国の橋にいた衛兵同様、ここに立っている衛兵もそうだった。
『隠形の術』を使っている僕たちに気づいていない。
それ故にあっさりと屋敷の中へ入ることができてしまう。
領主の屋敷にしては少し薄暗く感じる。
どう考えても、領主の屋敷とは思えない雰囲気がある。
『当たりかもしれんな』
(そうですか?)
『あぁ。まずはこの階を探そう。ここが領主の屋敷でなければ、おそらくだが倉庫か何かとして使っているはずだからな』
(はい。確かにそんな感じですからね)
『人の気配は感じられるんだが、動いてはいないようだ。もしかしたらこの階ではないかもしれん』
(あ、捕らえられている人がいるかもしれませんね……)
『まぁ、時間はある。もし捕らえられている者がいたとして、必ず助けることを約束しよう。だがまずは魔道具を探したいのだが、どうだろうか?』
確かに、この男爵領へ来た理由のひとつは、魔道具を探すことだった。
時間が許すなら、僕もそうすべきだと思った。
(はい、そうですね)




