第四十三話 ローストされたお肉が美味しかった。
(そういえばなんですが阿形さん、あの王女が言ってた迷宮なんですけど)
『あぁ。「迷宮を挟んで対極の位置に魔族がいる」、という話だったかな?』
(はい、その迷宮です)
『オレが知る限り、迷宮とは入り組んだ迷路のようになった構造物などの名称だと思う。だがそのエレオノーラとやらが言っている迷宮は、何を指しているかはわからん』
(そうですね。物語では化け物が出る地下牢や洞窟、ゲームなどのダンジョンも含めて迷宮と呼ばれていることがありますね)
『なるほどな。一八くんが寝ているときに、王都を見て回ったのを話したと思うが、その際にな、王都の外れからかなり離れたあたりに、もの凄く標高の高い山が見えた。おそらくあれは、地球にある最高峰の山どころではないかもしれない』
(そんなものがあるんですね)
『あの山をくぐるようにしてその迷宮とやらが伸びていて、その向こう側に、魔族の住む領域があるのかもしれない。そう仮定することもできなくはないと思う』
(はい)
『あの山は、オレの調子が戻ったとしても飛んで超えられる高さではない。おそらくはオレの船のようなものでなければ難しいだろう』
阿形さんがそこまで言うのだから、とてつもなく高いのだろう。
彼も生身の人間なのだから、困難なことがあってもおかしくはない。
(そんなに高いんですね)
『あぁ、そうだな。ファルブレストの上空を抜けて、大陸の先端をぐるりと回れば、もしかしたらあちら側へ行けるかもしれない。だが、あちらへ行くまでに、どれだけの距離があるかはわからない。一八くんが目を覚ますまでに時間が足りないから、飛んで戻ってくるわけにもいかなかった』
(ファルブレストで手に入れた地図でも、山の向こう側への描写が曖昧に書かれていましたからね)
山がどれだけ高いかなどは書かれていなかった。
同時に、この大陸の南北の厚さが、山脈と思われる反対側への描写が詳しく描かれていなかった。
まるであちら側へ、誰も行けなかったかのようなそんな地図にも見えるのである。
『あぁ。どちらにしても、金銭的にも生活が安定したら、調べてみようじゃないか。転移術式とやらが魔法なのか? 魔術なのか? それとも別の何かなのか? それすらわからない状態なんだからな』
(そうですね)
正直、ここが異世界だから、期待に胸が躍る。
などということは、正直僕は思えない。
あの日あのとき、刀で斬り殺されそうになった絶望感がまだ残っている。
千鶴姉さん、吽形さんたちの元へ帰る手立てもまだ見つかっていない。
そもそも、ここがどこかということも判明していない。
でもこうして阿形さんが近くにいてくれるから、僕は正気でいられる。
阿形さんがいたから、僕はこの世界でもなんとかやっていこうという気持ちになれている。
もし僕一人だったとしたら、ここまで前向きになれなかったかもしれない。
生きていくことを諦めたかもしれない。
そう考えると、阿形さんの存在はかけがえのないものだと僕は思った。
時間になり夕食をご馳走になった。
肉料理だった、それもローストされたかなり大ぶりな肉。
柔らかくて、肉々しい食感で。
あれはおそらく、部位的に肩ロースだと思う。
一人前はそれを一センチくらいの厚さにカットして、数枚お皿に並べてある。
肉には酸味があって肉汁を軽く煮詰めたようなソースが肉にかけられている。
肉の傍には、付け合わせの煮野菜が逸れられている。
ちょっと大きめで丸いパン。
これがまた香ばしくて美味しい。
阿形さんと二人、お腹いっぱいになるまで堪能させてもらった。
さすがに悪いと思って洗い場に進んで手伝いをする。
夜の営業の、ピークになる九時過ぎまで手伝った。
女将さんから『ありがとう、助かったよ』と感謝の言葉をかけてもらって、僕はちょっと嬉しくなってしまった。




