第四十一話 女将さんは、案外頑固?
女将さんはちらりと、僕が見せた身分証を確認すると笑みを浮かべた。
「それはよかった。ところで、お昼は食べたのかい?」
「はい。仕事を世話してもらいまして、終わったあとにお弁当をもらいました」
「そうかい、それなら夕食まで、ゆっくりしてるといいよ」
「いえその、早速仕事を斡旋してもらいまして、報酬で銀貨を一枚もらいましたから」
「へぇ、なかなかいい割のいい仕事を紹介してもらったんだね」
女将さんは少し意外そうな表情をしていた。
「はい。外壁沿いの側溝のつまりを解消する仕事でした。長く誰も受けていないと聞いたので、それなら僕がと思ったんです」
「なるほどねぇ。『あれ』を解消してくれたんだね。人の嫌がる仕事を率先してやれるのは、なかなかできることじゃないんだよ」
女将さんは、『雨水側溝のゴミさらい』の依頼を知っていたみたいだ。
「いえ、その、ありがとうございます。それでですね、お金があるうちに部屋代を――」
「いいや。あの部屋はね、客室ではなくて従業員の寮として空けてあった部屋なんだ。カズヤくんも知っての通り、リムザもここに住んでいるんだ。もちろん、部屋代はもらっていない。だからね、別に慌てなくてもいいんだよ。もっと余裕ができてからで構わないから、頑張って働いておいで」
女将さんは僕の申し出に対して食い気味に待ったをかけてしまう。
部屋代を渡そうとしたのだが、何やら受け取ってくれなさそうだ。
『せっかくの好意だ。甘えておこうじゃないか』
(はい。このまま僕が無理にお願いしたとしても、女将さんのせっかくの気持ちを台無しにする。そういうことですよね?)
『あぁ、そうだな』
「ありがとうございます。では、そうさせていただきます。ですがそれならせめて、忙しいときは遠慮なく声をかけてくださいね」
女将さんは僕を後押しするかのように、背中を軽く叩いて部屋へ行くよう促してくれた。
「あぁ、そうさせてもらおうかね。あのときは助かったから、期待しているよ」
お礼を言って僕たちは三階にある部屋へ戻った。
時計をみるとまだ四時前のようだ。夕飯までは三時間ほどある。
『そういえば一八くん』
(どうしたんです?)
『先ほどの例の症状だが、大丈夫だったのかい?』
(あぁ、あの『女性アレルギー』みたいな蕁麻疹ですね? 出ました出ました。痒くてたまらなかったです。危うく鼻血も出そうになっていて、危機一髪でした……)
僕はこれまで正義の味方の『オクターヴ』として、阿形さんたちの力を借りつつ様々な術を使って悪者を捕らえていた。
阿形さんたち異星人の能力を使っているときは、『偽装の術』でヒーローらしい見た目に姿を変えている。
そのときは、タコマテリアルの薄い皮膜で僕の身体を覆ってくれているような状態。
だから例えば助けた女性に直接触れてしまったとしても、たいしたことにはならなかったようだ。
だが『オクターヴ』から、元の僕のこの姿に戻ってしまえば話は別。
再生のおかげで蕁麻疹が出てもすぐに治まってくれはする。
とはいえ油断していたら最悪の場合、鼻血を出して倒れるまである。
僕にとって『女性アレルギー』は、予想出来ない分本当に、悩ましいことだった。
冒険者ギルドで報酬の銀貨をシファリアさんから受け取った際、手を握られた途端に蕁麻疹が出ていた。
あの間本当に、誤魔化すのが大変だった。
このアレルギー症状が出たからこそ僕は、ここは現実の世界だと改めて実感した。
さっき女将さんに背中を叩かれたが、服の上からだったこともあり、肌に触れたわけではないから痒くならなかったのは幸いだったと思う。
(僕がこの世界へ来たあの日、侍女の指が僕の手に触れたけど、蕁麻疹が出て痒くなることはありませんでした。もしかしたら、あの腕輪が何か影響してたのかもしれませんね)
『確かに、一八くんの、体質と言ってもいいのその症状は、オレも興味深いと思っていた。それを口にしてよく吽形に怒られていたからな……』
確かに、阿形さんが僕のアレルギーが出る度に『実に興味深い』と言うと、吽形さんが『一八さんは苦しんでいるんですよ』って怒ってくれたのを覚えている。
面白がってあちこち触ってきて、暴走気味になっていた鈴子先輩も、千鶴姉さんに窘められることがあった。
阿形さんと鈴子先輩は、本質的に少し似ているところがあるのかもしれない。




