第三十八・二話 良い知らせと悪い知らせIN地球 中編(Girl's Side)
波打ち際から足のつくあたりで水浴び、泳ぎを楽しむ観光客に混ざりつつ、千鶴は深い場所を目指して歩いて行く。
ゴーグルをし、深く息を吸って、海中へ潜る。
様々なサンゴ礁や、亜熱帯の魚たちが泳ぐ姿が一面に広がる。
そこはまるで、レジャーで訪れる海底散歩の景色そのもの。
その場からゆっくりと深い場所へ泳いで移動。
普通であれば、ダイビングド素人の千鶴が何の装備もなくこんなに深い場所で泳ぐなどできないはず。
それでも、二十分以上は経ったと思う。
これまで千鶴は息継ぎをしに、海面へ戻ってはいない。
(あー、お風呂でもそう思ったんですが)
うまく話せないと思ったから、千鶴は頭の中から吽形に話しかける。
『どうされたのです?』
(わたし、溺れる気がまったくないんです。呼吸も苦しくないんですよね)
『あぁ、そういえばそうですね。わたくしたちは、海の中でも陸の上でも、苦労なく呼吸が可能です。おそらく、わたくしの体質が引き継がれているのでしょう』
(そういえば、この世界のタコさんみたいな性質も持っているですね)
『タコさんたちは鰓呼吸ですが、わたくしたちは肺ももっています。なので少し違いますね』
(なるほど、そうなのですね)
千鶴の身体のどこにエラの機能が備わっているかはわからないが、おそらくは海水中の酸素を取り込んでいるのだろう。
海水を飲み込んでも、塩辛いが苦しさはない。
腹一杯飲み込めば何か違う症状は出るかもしれないが、それは地上で大量に水を飲むのと変わらないはずだ。
結果、彼女が溺れるという窮地に立たされることはないのだろう。
本当は、死ぬギリギリまで身体を追い込んで、死んでしまいそうになる限界を調べようと思っていた。
なんなら、少しくらい危なくなっても、吽形がなんとかしますと言ってくれたから、ギリギリまでやってみようと思っていた。
それが失敗に終わってしまった瞬間だった。
水着から着替えているときに、肩を落とし気味な千鶴に吽形は声をかける。
『日焼けの心配がなくなったのですから、良しとしませんか? 千鶴姉さん』
(そ、そうですね。毎年この時期は大変でしたから)
着替え終わった千鶴は髪をまとめ、キャップを被ってサングラスをかける。
本来であればこの上に、雨傘を差して外に出るところだが、もうそれはいらない。
そう思えば、得るもののほうが多かったことがわかるだろう。
『帰ってごはんにしましょう。お昼は何がいいでしょうね?』
(久しぶりに、とんかつにしませんか?)
『えぇ、それはもう、待ち遠しいですね』
千鶴も吽形も、揚げ物は大好物だった。
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とんかつ弁当を食べ終わった後に今回の結果を思い出し、ちょっとだけ期待外れだったことから、しょんぼりしている千鶴。
『ほらほら、千鶴さん。術の鍛錬をしてはどうでしょうね?』
「そう、ですね。わたしも早く身につけたいです」
やりこみ系のゲームが大好きな千鶴は、鍛錬などが案外好きだったりする。
要はレベル上げのような感じだからだろう。
手鏡を鞄から取り出して、ちゃぶ台の上に置く。
同じようにスマホを取り出して、操作してある写真を映してから手鏡の隣りに。
手鏡には自分の顔が映し出される。
隣のスマホには、親友である仲田原鈴子の写真があった。
千鶴は首から上だけを、鈴子に変化させるつもりで術をかけてみる。
(鈴子ちゃんになるように、……『偽装の術』――)
何度も何度も繰り返しては失敗。
一八もこうして鍛錬したのだろうか?
一瞬でも顔かたちが変わっていくのが楽しくてたまらない。
『さすがは金剛。あの人が作っただけはありますね』
千鶴が『偽装の術』の鍛錬に熱中していると、吽形が嬉しそうな声を出すではないか?
「どうしたんですか? 何かわかったんです?」
『あのね、千鶴さん』
「はい?」
『良い知らせと悪い知らせがあるんです』
「……何ですかその、漫画のような展開?」
吽形の表情からはわかりにくいが、声のニュアンスからどちらにしても困った感じに聞こえた千鶴だった。




