第十一話 この世界って
姉さんが貸してくれた漫画やラノベには、確かに命の軽い世界の描写もあった。
地球のどこかでは実際、そういうところもあるかもしれない。
またその昔、そのような時代もあったのかもしれない。
けれど、そうでないところに生まれ育った僕にはよくわからない。
(あのね、阿形さん。この商人さんを……)
『あぁ、そうだな。ちょっと待ってくれ。何をするにしても、マテリアルが足りなすぎる。そこの木に触ってくれるか?』
(はい)
僕が右の手の指先で木の幹に触れた瞬間、木が消えてしまう。
それは、僕手を介して阿形さんが木を取り込んで、自らのマテリアルに変換したからなのだろう。
彼が使ったものは魔法ではなく、確か『他食の術』といって、どのようなものでも取り込んで必要な種類のマテリアルに変換する術だという。
ただ、食事とは異なるらしく、いくら取り込んでも空腹が癒えることはないそうだ。
僕が隣の木に触れるとまた消えた。
すると、見覚えのあるタコに似た触手と、その先に大きな五本の指を持つ手。
僕たちが蛸腕と呼んでいる腕そのものが現れた。
『これくらいでとりあえずいいだろう』
(はい、それであの)
『どうかしたのかい?』
(いえ、そのですね。さっきの血だまり。あのまま放っておいていいのかな? と思ったんですが)
僕が倒れていた場所には、乾ききっていない血だまりがあったはずだ。
僕は『血を回収しなくてもいいのだろうか?』と思ったのである。
『あぁ、そのことかい』
(はい。もし、僕と商人さんを斬った男がこちらへ戻ってきたとしたらですよ? 僕の死体がないことに疑問を抱いたりしませんかね?』
『その心配はないと思う。さっき見た、大きな足跡を覚えているだろう? オレはあえて野犬を屠ったりせず、追い払うだけに留めておいた。だから野犬はいずれまた戻ってくる、同時に足跡も増えるはずだ。そうすれば、獣が一八くんの遺体を持ち去ったと思わせることも可能だと思ったわけだな』
(なるほど。さっきのはそういうことだったんですね?)
『もちろん、ここに来るまでの一八くんの足跡はできる限り消しておいたが、どうなるかは、なってみないとわからん。だからこれといって問題にはならないだろう』
確かに、あそこには腕を切り落とされた僕の死体があっただろう。
阿形さんが言うにはあの足跡の主はクロサイほどの大きさがあるらしい。
その獣がもし肉食獣だとしたら、僕の死体を持ち去ったとしても不思議なことではないだろう。
『それとだな、一八くん。この場でこの商人を弔ってしまうとどうなるだろう?』
(あ、……僕の死体が獣に攫われたかもしれないのに、商人さんが埋められているのはおかしい、ですよね?)
『その通り。少なくとも獣ではない、第三者の介入があったと思っても不思議ではない』
(そうですね。そういえばあの男は、僕が使い物になっていたなら、この人は死ぬことはなかった、みたいな言い方をしたんです。だからこの人が死んだのも……)
『それは詭弁でしかない。一八くんのせいではないんだから、深く考えないほうがいい。この商人は命の軽いこの世界の言葉で言うならそれこそ、運が悪かったんだろうな』
(はい、そうですね……)
確かに僕は、この先に起き得ることを何も考えていなかった。だからといってこのままにはできない。
『だから一八くん。ここはオレに任せてくれるかな?』
それならば、何か阿形さんにいい考えがあるということだろう。
何も対案が浮かばない僕は、お願いするしかないと思った。
(はい、お願いします)
『あぁ、任された。そうだな。確か、あちら側がそのファルブレストとやらがある方角だろう。一八くん、少しばかり多く魔力をもらっても大丈夫だろうか?』
(はい。大丈夫だと思います)




