第十話 まさか……。
僕が今身につけているのは、白いシャツに濃いグレーのズボン。
靴もデッキシューズみたいな地味なものだ。
あの日の僕は、上が黒の長袖インナーで下も同色で踝までのインナー。
その上にデニムのズボンと麻のシャツを身につけていた。
おかしい、確かにおかしい。
僕が身につけているものは、千鶴姉さんがコーディネートしたものだから、こんなに趣味の悪いもののわけがない。
(え? あ、そういえば確かに違いますね――あー、靴。あれ、姉さんに買ってもらったお気に入りだったのに……)
靴は消耗品だからと、定期的に姉さんが買ってくれていた。
それでも僕のお気に入りのブランドだったから、腹立たしく感じる。
下着もボクサータイプのを履いてた。
だが、ゆるいトランクスみたいなのに変わっている。
おまけにゴムではなく紐を結ぶもので、緩ければ脱げてしまいそうだ。
『状況的に考えるならば、だ。その召喚術式とやらでこちらの世界へ来た際は、全裸だった可能性があるな』
(え? ということはもしかして?)
『スマホも何もかも。オレが一八くんを落下から守るために出していた、蛸腕のマテリアルも含めてごっそりなくなっていたことを考えるに、その可能性が高いと思うが、どうだろう?』
(確かにズボンも靴も、シャツも違います。中にインナーを着けていましたが、それもありませんし。パンツもぜんぜん違うんです……)
正直、全裸だったと考えると、ある意味ぞっとする。
(見られた? もしかしてあの侍女みたいな人たちに? それはかなりショックだと思うんですけど? じっくり見られて『あらあらまぁまぁ』なんて言われてたりして。それとも箸かなんかでつままれて『汚らわしい』とか――)
『一八くん、一八くん。大丈夫かい? 気を確かに持つんだ』
(い、いえ、はいっ。大丈夫です)
『ここにいても仕方がない。移動しようじゃないか。辺りに生きものの気配は感じられないが、警戒は怠らないようにしよう』
(はい)
『用心のために、『隠形の術』を使ったほうがいいと思うが、できそうかな? まだ難しければオレがやるが?』
(ちょっとやってみます。えっと――『隠形の術』)
僕は阿形さんたちが使うのを見て体得した、『隠形の術』を使った。
これは、阿形さんたちから体質を引き継いだことにより、使えるようになった術のひとつ。
タコマテリアルに近くなっている僕の、異星人体質の外皮を変換させて、外の景色に溶け込むように、まるで工学迷彩を使っているかのように限りなく透明になる術。
この術は、工学迷彩よりもチートな部分がある。
それは、気配や音も遮断してくれるという効果だ。
阿形さんたちと何度も一緒に使ったことで、そのうち僕でも使えるようになったんだ。
阿形さんは術を展開するのに、僕のように術名を頭に思い浮かべたり、口に出す必要はない。
けれど僕はまだ未熟だからか、こうして術名を唱えないと発動させることができないでいる。
(あ、なんとかできました。ちょっと前に使ったときはきっと、魔力が枯渇していたのかもしれませんね。ということはおそらく、僕の身体にも魔力が戻ってきたんだと思います)
『なるほどな、それはよかった』
阿形さんの声は、僕の耳に直接入ってくるわけではない。
基本的には、僕の思考を通じて話しかけてくれている。
僕からは口頭で伝えるだけでなく、思うことで意思の疎通が可能であった。
阿形さんと話しながら歩いていると、林が切れる場所に出た。
(街道に出ましたね)
『あぁ。街道らしいのはわかるが、舗装はされていないんだな。魔法があるらしいとはいえ、文明レベルは一八くんたちが暮らしていた地球より低いのだろうか?』
(僕が目を覚ました部屋は、同じくらいに思いましたよ)
『なるほどな。場所によってということなんだろう』
(はい)
街道の左右を確認しているときだった。
『一八くん』
(はい)
『右側から、血の匂いが確認できるな』
(え? は、はい)
僕には感じられないが、阿形さんが言うならそうなのだろう。
彼が言うように街道を右へ少し歩いて行くと、街道と林のすき間に何かが確認できる。
(阿形さん、あそこですけど……)
『あぁ、血の匂いの出所はあれだな』
僕が指差した場所には、人が倒れている。
近寄ると、袈裟斬りにされて事切れている男性の遺体があった。
(この人、もしかしたらですが、僕を奴隷と聞いていた商人さんで、ブルガニール男爵領、……という場所の奴隷商へ運ぶ依頼を受けていたんだと思うんです)
『そうだったのか……』
(この人が殺められてしまったのも、僕が斬り殺されそうになったこともそうですが……)
『あぁ。オレたちがいた場所とは、命の重さが違いすぎるな』




