第八十八話 成敗 その5
僕の声と、阿形さんの声が重なる。
それはまさに、魔族の、異形の声の演出。
「お前たちは人ならざる者を敵に回した。近いうちにまた、お前たちの前に現れる。いずれお礼をしに戻ってくると、王女とやらに伝えるがよい。忘れるな。お前たちは我々を敵に回したのだ。狩られる側の立場になり、怯える日々を送るがいい」
少しの間、僕の声を黙って聞いていたようだ。
あれだけ偉そうに、僕を処分しようとした男がこのざまだ。
胸につかえたものが、すぅっと落ちて行く感じがした。
おそらくは酒が抜けてきたのだろう。
ミルディベールは立ち上がって、腰にあるはずの剣の柄に手を伸ばした。
まだ抵抗する気力が残っているのは感心する。
だが、何かに気づいて驚愕の表情になっている。
手の指が動かない状態にあるからか、腰にある剣の柄を握れなくなっているのだ。
(もういいです。ありがとうございます)
『わかった』
「だから言ったじゃないですか? 人ならざる者の恨みを買ったんです。その手は呪いみたいなものですよ。剣はもう使えないでしょう。農機具もどうかな? 騎士だか、兵士だか知りませんが、その立場にいられるのかは疑問ですよね? 偉そうにしていられるかも疑問ですよね? ミルディベールさんのこれからのご活躍を心よりお祈りいたします。お疲れ様でした。……あ、忘れていました。この『隷属の魔道具』はもらっていきますね。僕の魔力が抜き取られているようですから」
(阿形さん。『遮断の術』を解除してください)
『構わんが。そのままでいいのかい?』
(あちらにいた犯罪者と同じです。暫くは何もできないでしょう)
『実に滑稽だな。だがこれで、一八くんが生きている。おまけにイヴ殿を逃がした犯人でもある。そう伝えさせることになるが』
(それが狙いです)
『いいだろう。面白くなってきた』
「ほら、仲間を呼んだらどうですか? 僕はこのままお暇させてもらいますけどね。でも忘れないでください。僕はこれからも『見ています』から」
そう言って僕は『隠形の術』を使って姿を消した。
同時に阿形さんは『遮断の術』を解除。
この空間は、元の場所へ戻っただろう。
「……レ、レディエレート、ワールテルズ、賊が侵入した。すぐに来い」
ミルディベールは思い出したかのように、部下を呼ぶ。
するとすぐに、一階から同じような格好をした部下と思われる二人がやってくる。
ちなみに僕はまだ一階へ降りていない。
ことの次第を眺めるつもりでいたからだった。
(まだいるんですけどね)
『喜劇以上に滑稽だな』
(そうですね)
「ミルディベール団長。ど、どうなさったんですか? それにこの臭い、だから飲み過ぎないでくださいとあれほど言ったではありませんか?」
ミルディベールが悲しいかな、失禁した状態は変わらない。
入ってきた部下二人は、臭いに顔をしかめる。
「それよりも、ワールテルズはここの領主に問いただせ。幽閉していた奴隷はどこへやったと?」
「は、はいっ」
「レディエレートは手伝ってくれ」
レディエレートというのは、僕と入れ違いに一階へ降りたミルディベールの部下の名前。
「こ、これはどうしたのです? いえ、どうなっているのやら……」
握りしめることの叶わない手をレディエレートに見せる。
絶望したような表情も添えて。
「魔族だ。魔族が現れて、俺の手をこんな――そうだ。あのときのガキは魔族だったんだ。王女様にご報告せねば……」
「何を仰っているのです? 一階には誰も――」
僕は『隠形の術』を解いて一瞬だけレディエレートの後ろに姿を現して、ミルディベールに向けて手を振る。
「ひぃっ!」
また『隠形の術』を発動させて姿を消す。
楽しくて仕方がない。
『逞しくなったものだ』
(阿形さんが鍛えてくれたおかげですよ)
『あははは。そういうことにしておこう』
僕たちは笑いながら一階へ降りていく。
「飲み過ぎないでくださいと、あれほど――」
そう、窘められているミルディベール。
『実に滑稽だな』
(でも、気持ちは少し晴れました)
『そうだな。よし、此奴等は放っておいて、オレたちはファルブレスト王国の王都へ向かうとしよう』
「はいっ、そうしましょう」




