第六話 どうなってるの?
『――一八くん、一八くん』
誰かが僕を名を呼んでいた。
これまで何度も呼ばれたこの声。
なじみ深いこの声。
忘れるわけがないこの優しげな声。
時として僕の隣りにいてくれる。
時として僕の身体の中に宿っている。
僕の家族の一人である、阿形さんの声で間違いないはずだ。
やはりそうだ。
これまで見ていたのは、質の悪い夢なのだろう。
やたらと真に迫った夢だったが、それもまた夢ならではのリアルさだったのかもしれない。
なぜなら、あのときまで体中に感じていた気怠さや、全てのことに投げやりになっているような気持ちになってはいない。
持ち上げるのに苦労をするくらいに重たい目蓋を開けて、最初に僕の目に入ってきた景色は、予想していた街中や僕の部屋などではなかった。
辺りは暗かったが、間違いなくどこかの林か森の中だった。
「……あれれ? ここって?」
『すまなかった』
(阿形さん、無事だったんですね? そうだ、僕、……あれ?)
『あぁ。一八くんが大変だったのに、何もできなかったのは申し訳なく思っている。何分オレもつい先ほど目を覚ましたばかりで、その、な……』
(いえ、いいんです)
僕は、斬られてしまったはずの右腕を目の前に出してみた。
すると、僕の右腕はそこにあるではないか?
(あれ? 僕、右腕を、斬られたはずなんですけど?)
そのとき僕の左手のひらに、ぴちゃりと冷たい何かが触れた。
何だろうこれ?
水たまり?
薄暗いけれど目を凝らせばなんとなく見えるはず。
そうしたらなんと、そこには……。
(うぁっ!)
思わず声を出してしまいそうになって、僕は慌てて自分の口を手で覆った。
(あ、辺り一面血だらけじゃないですか? これって誰の血――)
『落ち着くんだ。ここにはオレと一八くん以外誰もいないように思えるが? そうなると消去法で、君の血ということに、ならないかな?』
(あぁ、そうですね、……ってこんなに流れていたら普通、死んでるじゃないですか? あれ? でも僕、生きてるっぽし)
『一八くん。ゆっくり深呼吸をするんだ。いいね?』
僕は阿形さんに言われたとおり、一つ深く深呼吸する。
身体の横に流れる血の匂いは気になるが、肺に涼しげで新鮮な空気が入る。
動転していた先ほどよりは、多少マシになっているはず。
(……はい。取り乱してすみませんでした)
『落ち着いてくれたようで安心したよ。辺りに人影も気配もないから。普通に話しても大丈夫だろう』
(はい。でも、……あれ? 僕の右腕に填められていたはずの、『隷属の魔道具』という腕輪がないんです)
意識を失う前には確認できたもの。僕の腕にあったはずの、『隷属の魔道具』が填められていない。
『それはどんな形のものだったんだい?』
(はい、あのですね――)
僕は覚えている範囲で阿形さんに説明をする。
『……そうだな。オレが目を覚ましてからは、一八くんの周りに落ちていたとは思えない。そう考えるとだな、おそらく誰かが持ち去ったと考えるのが妥当だろう』
(え? ということは僕)
やはり僕はあのとき斬り殺されたはずだ。
だがどうやって、生き返ったのだろうか?
『あぁ。見てはいないが、一八くんが思っているとおりかもしれん』
(やっぱり……)
『前に教えたと思う。もちろん、一八くんも体感したことはるだろう。知っての通りオレたちは長命の種族だ。怪我をしてももすぐに治ってしまうのは確認している。だが、不死性があるかどうかはわからない』
(どういうことですか?)
『オレはこれまで、オレ自身が相手に脅威を感じて、戦闘行為に及ぶこともなかった。正直言えばオレは、大きな事故に遭ったこともなく、殺されるような危険に遭ったこともない。平たく言えば、瀕死の重傷という状況下に置かれたことがない。だからオレには、一八くんの身に何が起きたのか予想ができないわけだな』
(はい)
『一八くんたちに比べたら、オレたちは不老かもしれない。だが、不死性があるかは確かめたことはなかった。もし死んでしまったらどうしようもないからな。一度だけ、ちょっと死んでみようか? という軽い気持ちで検証作業をしようと思ったことがある。だが、吽形にもの凄く怒られた。……だからこれまで、試しようがなかったんだ』
(そのときの吽形さん、……想像するとちょっと怖いですね)




