第41話 命をつなぐ祈り
洞窟の入り口をくぐった瞬間、一行の視界は闇に呑まれた。
外の光はすぐに遮られ、ひんやりと湿った空気と、岩肌を伝う水滴の音だけが耳に残る。
「……ひんやりしていますね。壁から水がぽたぽたと落ちて……」
エリシアが小さくつぶやく。
「……光もほとんど届いてないですしね。足音ばかり響いて、背中がゾクッてします」
リアナは剣の柄を握り直し、慎重にあたりを見回した。
「全然、光の洞窟じゃないよね。キラキラしてないし……ちょっと怖いかも」
ミミはセイの袖をぎゅっと掴み、不安げに顔を寄せる。
「そうじゃな。一度引き返して、明かりになりそうなものを探すか」
セイが肩をすくめる。
だが、その言葉を遮るように、エリシアが一歩前に出て静かに首を振った。
「セイさん、大丈夫です。こういうときのための魔法がありますから」
彼女は胸の前でそっと手を組み、祈りの言葉を口にする。
「――光よ、我らの歩む道を照らしてください」
次の瞬間、掌から温かな光がふわりと生まれた。
小さな光が宙へ浮かび、暗闇を押しのけるように洞窟の奥を照らしていく。
照らし出された岩壁には、無数の結晶が散らばっていた。
光が反射し、まるで星空の中を歩いているような幻想的な輝きが広がる。
「わぁ……見て見て! 壁いっぱいに光る石があるよ! あっちなんて虹みたいに色が変わってる!」
ミミが目を輝かせ、嬉しそうに指を伸ばす。
「……本当ですね。天井まできらめいて……まるで洞窟全体が星空みたいです。
足元の石まで光を映して……水面に月が揺れているみたい。こんな場所、初めて見ました」
リアナは剣を下ろし、見とれるように天井を見上げた。
「すごーい……! 怖いって思ったけど、これなら平気かも!」
ミミは弾むように歩き、セイの袖を掴んでいた手を放す。
その様子を見ていたエリシアが、表情を引き締めた。
「……でも、みなさん。景色に気を取られないでください。洞窟の中です。何があるか分かりません」
「うむ、その通りじゃ。慎重に先に進むぞ」
一行は再び足を踏み出し、輝きに満ちた洞窟の奥へと進んでいった。
奥へ進むにつれ、結晶の色合いが少しずつ変わっていく。
先ほどまで澄んでいた光が、次第に不気味さを帯びはじめた。
「……さっきまでと違う。結晶の光、色が濁ってきてる?」
リアナが眉をひそめる。
「うん……影も変に揺れてるよ。まるで誰かがそこに立ってるみたい……」
ミミの声がわずかに震えた。
そのとき――
「……あれ? セイ?」
ミミが首をかしげる。隣にいたはずのセイが、少し先の闇の中で手を差し伸べていた。
「こっちじゃ。早う来い」
声も姿も、違和感はない。不安がやわらぎ、ミミは思わず頷いた。
「うん!」
差し出された手を掴む。――だが次の瞬間、指先の感触が消えた。
「えっ……!?」
目の前のセイの姿が淡く揺らぎ、霧のように崩れていく。残ったのは、濁った結晶の光と、歪んだ影だけだった。
「ミミさん!」
リアナが駆け出そうとする。
「待ってください――それは幻です!」
エリシアが制し、両手を前に向ける。
「……聖なる光よ、虚ろを祓い、真の道を示してください」
宙に浮かぶ光がより一層強く瞬き、周囲の揺らぎが静まっていく。歪んでいた影が消え、一本の通路がはっきりと現れた。
「……危なかったのう。幻惑の仕掛け、というわけか」
セイが低くつぶやく。
「……見えているものが、本物とは限らないようです。気をつけましょう」
エリシアが静かに言った。
「う、うん……ごめん……」
ミミはしゅんと肩を落としながらも、しっかりセイの後ろへ戻った。
◇
正しい道を進んでしばらくすると――最奥の祠へとたどり着いた。
空気は重く淀み、足元から低い振動が伝わる。岩肌を震わせる唸りが、奥から響いていた。
「……みなさん、何か来ます」
エリシアの囁きと同時に、祭壇からまばゆい閃光が走る。
現れたのは、光を纏った巨大な狼。
透き通る結晶の毛並みが輝き、その光が洞窟内に乱反射して一行を照らす。
「この洞窟の守護者か……見た感じ、クリスタルウルフといったところかの」
セイが目を細め、構えを取る。
「セイ、いくわよ!」
リアナが剣を抜き、先陣を切る。セイも呼応して踏み込んだ。
狼の鋭い爪とリアナの剣が正面からぶつかり、洞窟に衝撃音が響く。
「《加速支援》!」
セイの動きが一段と鋭くなる。一気に間合いを詰め、敵の体勢を崩した。
その隙を逃さず、リアナが斬り込む。冴えた剣筋がクリスタルウルフの体毛をかすめ、光の欠片が散った。
だが、相手は守護者。反撃は苛烈だった。
狼が大きく口を開くと、結晶の破片が光とともに弾け飛ぶ。鋭い閃光が矢のように降り注ぎ、リアナの頬を裂き、セイの防御をも貫こうとする。
「きゃっ……!」
閃光を受けてよろめくリアナを見て、ミミが慌てて両手をかざした。
「《癒しの手》……お願い、リアナちゃんを癒して!」
温かな光が傷口を包み込む。裂けた頬が、ゆっくりと塞がっていく。
続けざまに、ミミが声を張り上げた。
「みんなを守って! 《防御結界》、ぽんっ!」
声に応じるように、柔らかな光の膜が広がり、セイとリアナを包み込む。
「助かるぞ、ミミ」
セイが短く礼を言うと、ミミは必死に首を振った。
「だ、大丈夫だよね……? みんな、倒れないで……!」
「ありがとうございます、ミミさん」
リアナは微笑みを残し、再びクリスタルウルフへ駆け出す。
そのとき、エリシアが一歩前へ出た。
胸の前で手を重ね、静かに目を閉じる。
「……光よ、我らを覆う脅威を打ち払い、道を示したまえ」
聖なる輝きが洞窟に満ち、クリスタルウルフの結晶の鎧を削り落としていく。
「よし――《威圧》、そして《時間停止》!」
セイの声とともに空気が重く沈む。狼の動きが鈍り、わずかに硬直した。
「今じゃ! 行くぞ、リアナ!」
「ええっ!」
二人の声が重なる。刹那の隙を逃さず、剣と魔力が同時に叩き込まれた。
セイは威圧の気配で敵の意識を引きつける。その瞬間、リアナが鋭く踏み込み、懐へと斬り込んだ。
剣先が結晶の毛並みを裂き、振り抜いた一撃が狼の体を深く貫く。
クリスタルウルフは洞窟を震わせる雄叫びを上げ、体を軋ませながら崩れ落ちた。
砕けた結晶が床を転がり、淡い光を放ちながら消えていく。
――しかし、その瞬間。
断末魔の咆哮が洞窟を裂いた。
「……っ!」
耳をつんざく声に、一行は思わず身を固くする。
砕けた結晶が宙へ浮かぶ。光を帯びた破片が鋭い矢へと変わり、四方八方へ放たれる。
容赦ない閃光の雨が防御結界へ叩きつけられ、甲高い衝撃音が連続して響く。
光の膜が大きく軋み、亀裂が走った。
「結界が……!」
リアナの声が震える。
次の瞬間、結界は砕け散った。光の破片が霧のように消える。
守りを失ったリアナの胸を、一本の閃光が貫いた。
「リアナちゃん!」
ミミが悲鳴を上げて駆け寄る。
「《癒しの手》……お願い、リアナちゃんを助けて!」
必死に光を注ぐ。だが、あふれ出す血は止まらない。
ミミの顔がみるみる青ざめていく。
「《癒しの手》……っ、なんで……! 止まらないよ……!」
リアナは苦しい呼吸の合間に、かすかに笑った。
「ミミさん……大丈夫。私は……まだ、戦えるから」
「リアナちゃん、もう戦いは終わったよ! だから、お願い……今はしゃべらないで!」
涙をにじませ、ミミは首を振る。
その横で、エリシアが膝をつき祈りを重ねた。
「どうか、この命を守りたまえ……」
柔らかな光がリアナを包む。痛みに震えていた体が、少しずつ和らいでいく。
「……あたたかい……」
リアナが小さく息をもらした。
しかし――出血は収まったものの、傷そのものは閉じない。
エリシアの祈りが途切れれば、再び裂け出してしまうのは明らかだった。
ミミは唇を強く噛み、思いついたように息をのむ。
「……リアナちゃん、ちょっと我慢してね。魔法より、やっぱり……こっちの方がいいかも」
震える指で胸当ての隙間を押し広げ、露わになった傷口へ顔を寄せる。
ぺろりと舌を這わせた瞬間、舌先から淡い緑の光がじわりと広がった。
エリシアの祈りとミミの癒しが重なり、淡い光はじわじわと血に濡れた傷口へ染み込んでいく。
そのとき、リアナの傷が、少しふさがった気がした。
「これなら……治せるかも」
「ミミさん……はじめて癒してもらったときも、魔法が使えないからって……そうやって……」
「リアナちゃん、今はしゃべらないで……」
「ありがとう……ミミさん、エリシアさん……でも無理しないで……」
「何言ってるの、リアナちゃん! 怒るよ!」
「そうです。リアナさんは黙って癒されていてください」
にじむ血を押しとどめるようにエリシアは祈りを絶やさず、ミミも震える舌を必死に動かし続ける。
――どれほどの時間が経ったのだろうか。
秒か分かも分からない。ただ二人の力だけが、リアナをこの世へとつなぎ止めていた。
やがて、ゆっくりと裂けた肉が寄り合い、光に溶けるように塞がっていく。
祈りは途切れず、舌先も休むことなく傷をなぞる。
そしてついに、リアナの傷は閉じ、穏やかな呼吸が戻った。
「……助かったのう。本当に、よう頑張った」
セイが深く息をつき、肩を撫で下ろす。
ミミは涙をこぼしながら舌を離し、ほっとしたように微笑んだ。
「リアナちゃん、助かってくれてありがとう」
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▼ステータス情報
【名前】セイ
【年齢】25(肉体年齢)
【職業】テンプレ詰め込み勇者
【レベル】32(+2)
【スキル】生活知識大全/魔法知識大全/発想展開/世界法則書き換え/時間停止/運命介入/魅了体質/加齢無効/無限成長/強制ハーレム誘導/おじいちゃんの優しさ(ヒロイン全員好感度+100)/威圧/加速支援/魔法適性鑑定/精霊感応/状態異常回復/索敵
【同行者】
・ミミ(記憶喪失の少女/推定15歳)
- 好感度:かなり高(洞窟の中ではしっかりと隣を確保)
- 能力傾向:回復系(第一段階覚醒済)/ヒーラー適性あり
- 状態:旅人風の白いワンピースを装備。リアナを救いきった直後でぐったりしている
- 補足:魔法でもしっかりと癒せるように練習の大事さを痛感したが、なによりリアナを救えてほっとしている
・リアナ(元騎士団の見習い/19歳)
- 好感度:かなり高(戦いの連携がすごく板についてきたと感じる)
- 能力傾向:攻撃系(雷・風属性)/貫通・麻痺・加速タイプ
- 状態:結構高そうな銀の胸当ては破損。致命傷を負い、辛うじて回復したばかりで極度の消耗状態
- 補足:意識朦朧の中で、ミミに優しく包まれていた夢を見たとか見てないとか
・エリシア(元聖女様/24歳)
- 好感度:かなり高(前線での戦いに信頼が増している)
- 能力傾向:支援・結界・祈祷(神聖属性)
- 状態:青と白のシスターっぽい洋服を装備。絶やさぬ祈りで精神力を大きく消耗し、ふらついている
- 補足:正直諦めかけていたが、ミミの必死さに引っ張られ踏みとどまった
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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もちろん「面白くなかった」などのご意見も大歓迎です!
しっかり次につなげるべく、泣きながら執筆します。
それと、本作とは少し雰囲気の違う シリアス寄りのファンタジー作品
『暁のアストラニア』( https://ncode.syosetu.com/n2326kx/ )もぜひぜひ!
気分転換に「じっくり読める作品が欲しいな」と思ったときにでも、
ふらっと覗いていただけたら、すごく嬉しいです。
皆さまの感想が、何よりのモチベーションです。
それでは、次回もぜひよろしくお願いします!




