第2話 奴隷少女ミミ
少女の悲鳴の先では、三人の「モブ盗賊」が彼女を取り囲んでいた。
「おら、逃げんじゃねぇぞ、小娘!」
「素直に売られりゃ楽できたのによ……!」
男の一人が少女の腕を掴もうとした――その瞬間。
「そこまでじゃああああッ!」
怒声が草原に響き、男たちがびくりと振り向く。
「……誰だ、てめぇは?」
「通りすがりの――転生勇者じゃ!」
「はぁ? 頭でも打ったか?」
「問答無用じゃ!」
セイは地を蹴った。草が弾け、空気が裂ける。
拳を振りかぶった瞬間、背骨を駆け抜けるような熱が走り――全身の血が、一気に拳へ集まる感覚。
ドガァンッ!
爆ぜるような衝撃音。盗賊の身体が弾丸のように吹き飛び、数メートル先で土煙を上げて沈んだ。
「……今の、なんじゃ……?」
拳に残ったのは、ただ殴った感触ではない。
振り抜いた瞬間、何かが全身を駆け抜け、そのまま外へ爆発するように抜けていった。
(スキル……か?)
この世界では魔法も能力も当たり前――どうやら今の自分は、それを無意識に発動したらしい。
一人目が沈むと、残る二人の盗賊は一瞬たじろぐ。
だが次の瞬間には歯を剥き、剣を構えて怒鳴った。
「てめぇ、やりやがったな……!」
「一発当てたくらいで調子に乗るなよ!」
掛け声とともに、二人の盗賊が同時に飛びかかってくる。
セイは反射的に飛び退く――が、
(……っ、頭では分かっとるのに、体が追いつかん!)
力はある。だが、この肉体はまだレベル1。
速さも耐久もまだ足りない。
避けきれず、剣先が左腕をかすめ、焼けるような痛みが走った。
「ぐっ……!」
じわりと血がにじむ。それでも、退く選択肢はなかった。
(……スキル、スキル……! 何か使えそうなもの――これじゃ!)
「《時間停止》……!」
集中――だが発動まで、ほんの一拍の遅れ。
背後から迫る殺気、振り下ろされる刃。
「もらったぁあああッ!」
その瞬間、《時間停止》が発動し、目の前の男の動きがふっと途切れた。
その空間の中でセイは盗賊の武器を逸らし、渾身の拳を叩き込む。
時間が動き出すと同時に、轟音とともに男の顎が砕け、宙を舞って地面へ叩きつけられた。
「……あと一人!」
左腕から滴る血は重く、呼吸も荒い。足も思うように動かない。
最後の盗賊が短剣を抜き、猫のように低く腰を落とした。
「てめぇみてぇな英雄気取り……刻んで土に埋めてやるよ」
踏み込み、間合いを一気に詰めてくる――セイも反応して後ろへ距離を取るが、一瞬の遅れが痛い。
鋭い刃が肩をかすめ、鮮血が飛び散った。
「ぐっ……!」
それでも拳を握り直す。逃げない。――逃げられない。
脳裏に、芽衣の笑顔が浮かんだ。
(負けるわけには……いかんのじゃ……!)
その瞬間、頭の奥で鐘のような音が響いた。
【新スキル】
《威圧》:強い意志と殺気を瞬時に放ち、対象の動きを鈍らせる。闘志が高まるほど効果が上昇する。
(……なんじゃ、このタイミングで!)
驚きより先に、身体が動いた。
スキル《威圧》を込め、渾身の拳を突き出す。
盗賊が一瞬たじろぐ――
次の瞬間、男の身体が後方へ吹き飛び、背後の木に叩きつけられて崩れ落ちた。
同時に、セイの膝も力を失う。
「……ふぅ……勝った……が、ギリギリじゃの……」
草の上に膝をつき、左肩を押さえる。
その前に、おずおずと小さな影が近づいてきた。
「……だいじょうぶ……?」
「おう、多少な……いや、まあまあヤバいかもしれん」
少女はセイの顔をじっと見つめ、視線をもじもじと揺らしたあと、ふわりと微笑んだ。
「助けてくれて……ありがとう」
返事をする間もなく、少女はするりと背後に回り込む。
「……あのね、昔、誰かが言ってたの。こうすると、傷って早く治るんだって……」
次の瞬間――ひやりとした感触が左腕に触れた。
ぺろり。
「……ちょ、待――」
舌先が傷口をなぞる。草の香りと、やわらかな吐息。
生温い湿り気が混じる不思議な感覚に、セイは思わず叫んだ。
「なっ……お、おまっ、なにをしとるんじゃあああ!?」
少女はきょとんとした目で振り返る。
「こうすると治るんだよ? わたし、ニワトリで試したことあるから……」
「ニワトリとワシを一緒にするな!」
そう言いながらも、痛みはみるみる引いていく。
淡い光がじわりと傷を満たし、血は止まり、熱も消えた。
「……うそじゃろ……ほんまに効いとる……?」
少女はほっとしたように胸をなでおろす。
「よかった……まだ痛いところがあったら、教えてね」
セイはしばし絶句し、深いため息を吐いた。
「まったく……ヒロイン枠、想像以上に天然やのお……」
少女は力を使い切ったのか、ふらりとその場に倒れ込むように眠り始めた。
セイはそっと抱き上げ、近くの木陰へと運ぶ。
(まさか第一村人が……この子とはのう。しかも、奴隷か)
足首には錆びた鉄の枷。誰かに売られ、見捨てられた過去を物語っている。
それでも眠る顔は穏やかで、泥にまみれてなお整った顔立ちをしていた。
きちんと手入れをすれば、間違いなく“ヒロイン”と呼ぶにふさわしいだろう。
(……ふむ。テンプレ通りすぎて、逆に安心するわい)
セイは小枝を集め、控えめな焚き火を起こす。
ちらちらと揺れる火の明かりを横目に、草むらへ目をやった。
「たしか……このへんに薬草があるはずじゃな」
しゃがみ込み、地を這うように広がった葉を数枚摘み取る。
脳裏に浮かぶのは――《生活知識大全(薬草の作り方)》という、やたらふざけた名前のスキル。
(ヒールグラス。止血と抗炎症に効果あり。すり潰して患部に塗布すれば、軽度の外傷を回復――)
教本でも開いているように、手順が鮮明に思い浮かぶ。
セイは薬草を小石の上で丁寧にすり潰し、火で温めた布に包んで少女の擦り傷へそっと当てた。
包帯代わりの布をきゅっと巻き付け、手を離す。
「……よし。応急処置としては及第点じゃろ」
夜が更けるころには、少女の顔色も少し戻り、穏やかな寝息を立てていた。
◇ ◇ ◇
「……ん……」
夜明け前。空が白み始める少し前、少女が目を覚ました。
セイは火の番をしていたらしく、背を向けたまま声をかける。
「目が覚めたか」
「……あなたは……?」
振り返ったセイは、思わず苦笑した。
「えっ……忘れておるのか? 昨晩、おぬしを助けた者じゃ」
少女は視線を落とし、申し訳なさそうに首を横に振る。
「……ごめんなさい。なんか……混乱してるみたいで……」
セイは少し声を和らげた。
「なら仕方ないのう。ワシの名はセイじゃ。この世界ではそう呼ばれることになっとる」
少女はしばし考え込むように黙り――ぽつりと呟く。
「……名前、思い出せないの。でも、“ミミ”って呼ばれてた気がする。やさしい声で」
「ミミ、か。ええ名じゃ。じゃあ、それで呼ばせてもらうかの」
少女――ミミは、小さくうなずいた。
セイは立ち上がり、明け方の空を見上げる。
「さて――まずは村を探すとしよう。腹も減ったし、ギルドにも登録せねばな」
「ギルド……?」
「冒険者の集まりみたいなもんじゃ。転生ものといったらギルドじゃろう。そこからワシらの冒険が始まるんじゃ」
ミミは瞳を輝かせて、嬉しそうに微笑んだ。
「……ありがとう。よく分からないけど……どこへでも、ついていくね」
こうして、おじいちゃんの第二の人生が幕を開けた――
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▼ステータス情報
【名前】セイ
【年齢】25(肉体年齢)
【職業】テンプレ詰め込み勇者
【レベル】2(+1)
【スキル】生活知識大全/魔法知識大全/発想展開/世界法則書き換え/時間停止/運命介入/魅了体質/加齢無効/無限成長/強制ハーレム誘導/おじいちゃんの優しさ(ヒロイン全員好感度+100)/威圧(New)
【同行者】
・ミミ(記憶喪失の少女/推定15歳)
- 好感度:中(警戒心なし・親和性あり)
- 能力傾向:回復系(未覚醒)/ヒーラー適性あり
- 状態:枷あり・衣服ボロボロ・金銭なし(保護直後)
- 補足:天然な癒し行動あり(舐めて回復)/名前は記憶の断片より
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