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第八話 夜のような昼下がりの中で



 招待状に指定された時刻は、今日の十五時だった。

 てっきりまた夜を指定されると思ったのだが、昼下がりをご所望らしい。


「ソフィアの時は数日間の猶予はあったみたいだけど、私は速達でお届けってわけね」


 村の入り口へ三十分前から待機し、軽口を述べる。

 隣のベネットは心底暗い顔つきで、時計の針が進む事を拒んでいた。


「アンジェリカ様、本当に……行くのですか?」


 彼女は不安げに、姫君の黒い袖を掴む。


「やっぱり……危ないですよ。いくらアンジェリカ様がお強くても、こんな不気味なことをしてくる国へ行くべきじゃありません……もしものことがあったら、わたしは……」


 震える声を聞き、アンジェリカは逡巡を置いてからベネットに向き合う。


「ありがとうベネット。でも、何も罪のない人達が犠牲になってるかもしれないと思うと、私はどうしても許せないの。まして、私達に良くしてくれた人も巻き込まれているとなれば、この力を傍観に置くわけにはいかない」

「……でも……」


 主の理屈は分かっても、感情が納得いかない。そんな彼女を——アンジェリカは優しく抱きしめた。

「んっ……アンジェリカさま?」


 やや小柄なベネットの総身を包み、お互いの体温と存在感を感じながら、頬に細い髪が触れ合う。


「大丈夫。これからもアナタとたくさんの世界を一緒に見たいもの。ほんのちょっと行って帰ってくるだけよ。夕食までには戻るわ」

「……はい」


 涙声で答え、強く抱きしめ返すベネット。頬を伝って溢れる涙がアンジェリカの服へ溶けていく。

 二人きりの世界に、ふいに男の声が割り込む。


「どうしたんだ、アンジェリカさん。そんなところで」


 先日、デッドウルフを倒す際に森のガイドを務めた男だった。

 村の入り口で抱き合う少女二人を心配そうに見つめている。


 アンジェリカは大事な時間を邪魔をされたような気分でやや不機嫌になりながらも、魔導陣に収納しておいたそれを彼へ見せつける。


「これ貰ったから、少し顔出しに行ってくるのよ」


 銀のチケットを取り出すと、彼は飛び退いて驚愕する。


「そ、それ、招待状じゃないか!? いつ出発するんだ!?」


「十五時になったら送迎が来るわ」


 それを聞いた男は慌てて他の村民達を呼びに行った。

 瞬く間に、クラーケンを倒した時の漁師やシーエンペラーを釣り上げた時の人を筆頭に村の約七割ほどが集まってきた。

 大人達は多くの激励や感謝を告げ、子供達はお菓子や似顔絵を渡してくれた。

 アンジェリカは彼らに一つ一つ礼を告げながら、貰ったものを魔導陣にしまう。


 最後に目が合ったのは、最初に浜辺へ降りた時の茶髪の女性とその子供だった。


「主人が向こうに招かれてから、もう手紙すら出してこなくなったんです。ソフィアちゃんにも言ったんですけど、もし見つけたらたまには一報入れてと伝えてください。いつも魔除けの黄色いミサンガを付けてた人です」


 推定、犠牲者の情報を聞いて、アンジェリカは不安を与えぬように答える。


「ええ、必ず伝えるわ」



***



 規定時刻、十五時。空気は重く塗り変わった。

 風が止み、仄暗い森の奥から、馬の足音と金属が擦れる不協和音が響く。

 あの夜と同じように、いや、太陽が照らす昼下がりなのに、あの時より暗鬱とした気配を漂わせている。

 二頭の馬が引く馬車。御者台に人はいない。

 手綱を握る者なしでここまで来れるのは、馬がよほど利口か魔術を使っているのだろう。


 馬車はアンジェリカの少し先で停止。

 キャビンの扉をゆっくりと開けて、想定通りの存在が舞い降りた。二メートル近い長身、白い仮面、黒いロングコートに身を包む案内人。


 改めて凝視するアンジェリカは、本当に人間なのか疑いを向ける。

 どうにも、人間としての気配がなさすぎる。

 家で戦った魔導傀儡兵を脳裏に連想するが、魔晶石を核にしたアレは魔力の出所は胸の中央に固定される。この男は全身から出力を感じるので、もっと別の答えがあるはず。


 そんな思考も無視するように、彼はアンジェリカを見つけると、相も変わらず三日前のリプレイのように右手をキャビンへ向けた。


「手厚い歓迎ね」


 アンジェリカはベネットへ振り返り、手元で生成した黒いベルを渡した。


「何かあったらこれを鳴らしなさい。全てを中断してでも、最優先で駆けつけるから」


 両手で受け取って、お守りのように包むベネット。


「ソフィアさんの分も……三人分のご夕食を準備してお待ちしていますから……必ず帰ってきてくださいね」


 精一杯の微笑みを浮かべて送り出してくれた。家族からの愛を背に、アンジェリカはキャビンへ乗り込んだ。


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