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第七話 届いたものは



 手紙を待つアンジェリカ達は、この二日間、村の作業を手伝ったり、近隣の森や海峡を荒らすモンスター達を召喚獣で軽く吹き飛ばしたりしていた。

 二人を受け入れてくれた村へ少しでも恩返しをしたいと思ったからだ。


「あれが以前村を襲ったデッドウルフです! アンジェリカさん! なんとかしてください!」

「ふふっ、任せなさい!」


 森林で木々を破壊して迫る、二メートルほどある漆黒の狼を前に、アンジェリカは詠唱を紡ぐ。


「“叫び声は風の綻び

 走る起源は焦燥の跡

 繰り上げた末路を呼び覚ます

 蹂躙禍動(じゅうりんかどう) 惨劇の舞”!」

 

 疾風を巻き起こす黒緑の魔導陣を出現させ、吹き荒れる膨大な魔力は輪郭を成す。


「純獄開錠・第三騒嵐(そうらん)

 月華風凛――フェンリル!」


 十三メートルの大型狼、銀色の体毛を靡かせる獰猛な獣を召喚。

 フェンリルはその巨大な図体でデッドウルフを見下ろす。

 共に狼の外見だが、力の差はアリと象を同じフィールドに置いたような状態。

 逃げ出そうとする矮小な敵を、目にも止まらぬ迅速で引き裂き、骨の髄まで食い尽くす。


「あ、あのデッドウルフを一瞬で……!?」


 森のガイドを務める男が、驚きの声を上げた。並の人間では退治どころか、追い返すのも一苦労な相手だ。

 それを軽く捻り潰した存在は風が吹くと消えていき、見上げる男の瞳は最高の劇が見れたかのように光輝いてる。


「凄まじいものを見せてもらった。俺が出会った人間の中であんたが間違いなく最強だ!」

「あら、ありがたい言葉だわ」


 世辞ではない本心で褒められると、生きていていいと言われてるようで嬉しかった。



 森の脅威を取り除くと、昔から一部の海峡にのみ巣食い、そこだけ漁に向かえない地点があると言われた。

 バハムートを召喚して空に並走させながら漁船で該当地区に馳せ参じる。辿り着くと海の水が盛り上がり、数メートルはある巨大なイカ型モンスター、クラーケンと相対した。


「エルゼリア・レーゲン!」


 バハムートに攻撃命令を下し、黒龍の口元に白い魔導陣が回転。極太の純白のビームを放って瞬殺する。

 古くからの脅威をチリ一つ残らない虚無に還したことで、船主の初老や若手の男達が和気藹々と持て囃してくれた。


「すげーよアンジェリカさん! あんたは紛れもない英雄だ!」

「今夜は祝わせてくれ! とびきりの料理を村のみんなで食おう!」

「俺と結婚してくれ!」


 アンジェリカは黒髪を風にたなびかせ、セルフハグをしながら大いに喜びまくる。


「あぁ……不特定多数からの声が罵詈雑言ではなく賞賛だなんて……なんて気分が良いのかしら……!!」


 そして両手を腰に当て、


「ふふん、もっっっと褒めてもいいのよ!」


 上機嫌な声で言い放つと更に皆が湧き上がった。

 そしてアンジェリカは、くるりと海へ振り返り、遠い海の先——山の上に佇むディートルード王国を寂しげに見つめる。


「ソフィアの手紙……本当に来るのかしら……」



 そして迎える三日目の朝。

 大活躍を続けるアンジェリカは――布団を深く被って、カーテンの光から逃れようとしていた。


「アンジェリカ様! 起きてください! 朝ですよ!」


 カーテンを開けた主はベネット。彼女は“いつものこと”を予見して既に自分の布団を畳み終えている。


「今日は絶対お昼まで寝ちゃダメです! 何がなんでも起きてください! 生活リズムを戻してください!」

「うぅ……朝は辛いわ……」


 アンジェリカは朝に弱い。週明けはもっと弱い。城では黒髪が恐怖の対象だったのもあり、ヴァンパイアなんじゃないかと陰口されたことも多々ある。


「村のみんなに認められたカッコいいお姫様なんですから、お天道様にも立ち振る舞いを見せつけてください!」

「……それは……そうね……」


 のそのそと重苦しく起き上がり、乱れた髪をベネットが金色の櫛で猛スピードに整え直す。

 黒い寝巻きは自分の魔力糸で作ってあるので、内部構造から魔力で仕立て直してゴシックドレスへ変形。顔を洗えば問題なく外を歩ける状態になった。



 アンジェリカは眠い顔で居間に向かい、コップに水を入れた。

 眠気覚ましのそれを飲むより先に、ポストを見に行ったベネットが声をあげる。


「アンジェリカ様! ソフィアさんから手紙が届いてますよ!」


 水やアラームよりも、目を冴えさせた。


「本当? 持ってきて頂戴!」


 玄関からドタドタとやってきたベネット。彼女はテーブルの上で、封筒から手紙を取り出した。

 二人は覗き込み、ベネットが読み上げる。



『アンジェリカさん、ベネットさんへ。


お久しぶりです。ソフィアです。

私は無事ディートルード王国の一員になり、ここで暮らすことになりました。

皆さんとても親切で、村の時以上に仲良しです。家族と言っても過言じゃありません。

とっても可愛い妹もできたんですよ。


もうお腹が空くことも、お金に困ることも、誰かに嫌われることも二度とありません。

私はここで永遠に幸せのまま生きていきます。

よければアンジェリカさんも来てみてはいかがでしょう?

この幸せを共に分かち合いたいです。

ありがとうございます。  ソフィア・オーエンスより』



「ソフィアさん、元気そうでなによりです!」


 ベネットは身内の幸せを喜ぶようにはしゃいだ。しかし、


「……変よ」


 違和感。

 文字の内容は平和なのだが、心の中はとても拭いきれない。腹の底に思いっきり泥を塗りたくられたような気分だ。

 あるいは、遺影を蹴飛ばされたような気持ちに近いかもしれない。


「絶対に……変」

「まあ、妹さんができたってのは文として変かもですけど、単にものの例えなのでは? 小さい子と仲良くなったのでしょう」


 砂浜に自分達が来た時、幼い子供にたくさん囲まれたことを思い出す。ベネットの言い分は一理なくもない。ソフィアは人に好かれる人間だ。


「でも、私は納得できない」


 居間を出て、暗い廊下を歩き出す。


「アンジェリカ様? どこへ?」

「確認したいことがあるわ」


 ソフィアの部屋に押し入り、真っ先に本棚へ向かった。

 上から下までビッシリな背表紙に軽く目を通してから、次に机を見る。

 机上ラックには勉強ノート・日記・彼女が気に入っていたであろう小説などが立ち並んでいた。その中から目的の物を取り出す。


「な、何してるんですか!? 家主がいないからって、勉強ノートや日記を漁るのはダメですよ!?」


 遅れてやってきたベネットに制止されるも、構わず“彼女の文字”を何冊にも渡ってページを高速でめくり確認する。

 内容ではなく、字の形や書き方を入念に見ていた。


「……ベネット、もう一度手紙を見せて」

「え? ど、どうぞ」


 訳がわからないと言いたげなベネットから受け取って、手紙の文字列を再度チェックする。そして疑惑は確信に変わる。


「……筆跡がまるで違うわ。これを書いたのはソフィアじゃない」


 アンジェリカの発言に、ベネットは背筋にゾワっとしたものを感じた。顔を青ざめて、“ソフィアの名が入ってるだけの手紙”に目を向ける。


「え……じゃあ、誰が書いたんですか……?」

「分からないわ。代筆が必要な内容とはとても思えないし」

「ソフィアさんに……何かあったのでしょうか……腕を怪我されたとか?」

「それなら『腕を怪我しちゃいましたけど私は元気です!』みたいな文を入れる性格でしょう、あの子は」


 アンジェリカは口に手を当てて考え込む。


「やっぱりあの国、かなり胡散臭いわ。噂とはいえ『永遠の命を貰える』なんて、そんなホイホイ売れる安い商品なわけないし、噂になること自体おかしいのよ」


 最初にバハムートの背に乗って飛んでいた時と釣りの際に見た景色を思い出す。


「ディートルード王国には結界が張られていたわ。でも私の召喚獣なら、家出の時と同じで破れるはず……」


 派手に立ち回って解決するものなのかは分からない。しかし、何もしないで放置することは絶対にできない。

 思考を回そうとしたその時――手紙が何者かに強く引っ張られたように、手元からぐいっと動き出した。

 指をすり抜け、二人の間に舞い、苦しむようにぐしゃぐしゃと、悲鳴に似た音を立てて悶え始める。


「ひぃっ!?」

「ベネット!」


 アンジェリカが足元の影を全速力で伸ばし、ベネットの前面に分厚い黒い壁を生成する。自分はやられてもいいが、この子だけは傷一つでもつけるわけにはいかない。

 攻撃を警戒し、周囲に魔導陣を錬成して身構えるアンジェリカ。

 しかし、小さく潰れきった手紙は……数秒を置いて一気に細長く広がった。

 銀色で、固い材質。受取人の名前が刻まれている。


『アンジェリカ・リリス・エザーテイル』


 銀のチケット。上層からの招待状。ソフィアが持っていたものと全く同じだ。


「そう……そっちから呼んでくれるってワケね」


 アンジェリカのフルネームを知ることができた人間は、記憶を覗けるソフィアのみ。このチケットを送った人間達によって、記憶かそれ以上のものを奪われていると見て間違いないだろう。

 何者かがアンジェリカを欲している。風巻く噂の本拠地『永遠の命を貰える国』が。

 紅い瞳で睨み据え、黒き少女は決意する。


「なら、アナタ達のやり方で、真正面から乗り込んでやるわ!」


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