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第五話 幸せの噂



 ソフィアの心優しき提案によって村を見て回った。


 彼女は村の看板娘のような存在らしく、行く先々で村人に声をかけられたり、子どもに袖を引っ張られたりと、とにかく顔が広い。

 おかげでアンジェリカ達は、よそ者でありながらも不思議と歓迎されている空気を感じられた。

 更にガイドも手慣れていて、見慣れぬ世界を丁寧に教えてくれた。


「ここが漁師たちの作業場です。潮風で錆びやすいから、道具の手入れが欠かせないんですよ」

「へぇ」


 木槌の音や網を繕う指先の速さは、アンジェリカにとって見たことのない光景だった。

 続けて、近くの市場を通れば、干し魚や果実の香りが混ざり合い、賑やかな声が飛び交う。


「値段はその日によって違うのですが、今日はちょっと高いかもしれませんね」

 そう言って彼女は、背中に手を回すと、何処からともなく三本の釣竿を取り出した。


「お姫様とメイドさんが宜しければ、こちらをどうぞ」


***

 

 堤防釣りを三人横並びで糸を垂らし、暫く波を眺めていた。


「わたし、こういう穏やかな雰囲気好きです。アンジェリカ様は、初めての釣りはいかがですか?」

「そうね。活き餌を刺すのが思ってたよりエグかったわ。意図的に食物連鎖生み出してる感あるわね」


 ベネットの呼びかけに答えながら、港から出港し始める船に目が行く。結構な大型で、数は四隻。


「漁師の人たち、随分と張り切ってないかしら?」

「この村はですね、頑張った超優秀な人には“ご褒美”が貰えるんです」


 ソフィアのその発言へ二人同時に、


「「ご褒美?」」


 首を傾げるアンジェリカとベネット。

 ソフィアは振り返って山の上を指差した。


「あそこにある上層の大国、ディートルード王国というのがですね、周辺の村々や街でとても良い成績を収めている人間に対し、時々招待状を送るんです。受け取った人は入国許可が下りて国民として暮らせます。新生活用にたくさんお金も援助してくれるので、みんな今より幸せな生活がしたくて日々頑張っているんです」


 それに、と彼女は言葉を続ける。


「これは噂ですが『永遠の命が貰える』なんて話を聞いたことがあります。流石にこれは尾ひれがつきすぎでしょうけど」


 最後のはアンジェリカも冗談と思いながら頷いた。


「教えてくれてありがとう。アナタなら、その内招待状を貰えてもおかしくないわね」


 思った事をそのまま口にすると、ソフィアは自慢げな笑顔を輝かせる。


「お! 流石ですねアンジェリカさん。実は私……先日頂いたんです!」


 彼女は服のポケットをまさぐり、ジャジャーンという効果音を口にしながら見せてくれた。

 銀色のチケットのようなデザインで、ソフィアの名前や説明事項などが書いてあった。


「これです! 今日の夜十時には送迎の方が来るみたいで、今が最後のガイド役なんです」


 おお、と二人は感嘆の声を上げ、パチパチと拍手を送る。


「今日という日にアナタに出会えた私たちは、幸せ者ね」


 人の巡りと時の運に感謝を抱いた時、釣竿がグンッと下へ引き込まれた


「なっ!?」


 竿先が海へ持っていかれそうになる。慌てて両手で竿を握り直し、軽く力を込めた。

 糸先で暴れ出す魚影のサイズは、明らかに大型魚の類だった。


「アンジェリカさん、フルパワーで釣り上げちゃいましょう!」

「流石にフルパワーだと……周りが吹き飛んじゃうわ」

「アンジェリカ様、いい感じのパワーでいい感じに頑張ってください!」

「くぅ……このくらいかしら!」


 釣竿が壊れないギリギリの力加減に微調整し、彼女は一気に振り上げた。

 大きな水柱が立ち上り、勢いよく跳ね上がった魚の巨体が、弧を描いて宙を舞う。

 銀鱗と大きなヒレを持つそれは、サイズにして約三メートルほど。水飛沫が無数の宝石のように散り、陽光を受けて白く煌めいた。


「……綺麗」


 城の絵画に描かれた名品よりも、それはずっと美しく思えた。

 ソフィアがあわあわと網を準備する中、アンジェリカは二つの魔道陣を出現させ、鎖を撃ち出してグルグル巻きに拘束。一気に胸元へ引っ張ってキャッチした。


「おおっ! す、すごい! これシーエンペラーですよ!沖でも中々見られないサイズです!」


 ソフィアが大興奮で褒めてくれると、近くで釣りをしていた老人や若者もこぞって集まってきた。


「ほぉ、このサイズのシーエンペラーを一人で釣り上げるとは……凄まじい人じゃのう」

「お……俺なんか五十センチくらいのでも三人がかりだったのに……なんてお嬢さんなんだ」


 他にもワイワイガヤガヤと野次馬が集まってきて、各々の言葉で明るい賞賛を渡し、輝いた目が飛び交った。


「そんなに凄いことなのね。ふふん、なんだかとっても嬉しいわ! もっと褒めていいのよ!」


 アンジェリカはにっこりと笑顔を咲かせた。


 ベネット以外の他人に褒められることがほぼない人生だったので、彼らがくれる言葉一つ一つがとても嬉しかった。もっと早くこういう喜びをたくさん感じたかったんだとも思った。

 ソフィアが人差し指を立てながら、ずいっと割り込んでくる。


「良かったら今晩はお刺身にしましょう。市場で捌いてもらえますし、私の家も部屋が空いてるのでご招待します!」

「結構お世話になってるけど、いいのかしら? 今日は村の人と過ごせる最後の日なんでしょう?」

「お別れ会というか、祝祭は二日前にしたので。今はあなた達二人との出会いを大事にしたいんです!」

「そうなの。ありがとう、ソフィア」


 どこまでも爽やかで太陽のような彼女に、アンジェリカは礼を告げた

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