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第三話 このくだらない結婚式に喝采を



 ギルフォード大帝に告げられた契機、アンジェリカの誕生日はすぐに到来した。


 昼を前にして、大帝が用意した婚約者を筆頭に来賓者が多数見受けられる。

 黒き令嬢への差別や好き嫌いはあれど、王族の婚約パーティーともなれば格式高く華やかな祭典にするしかない。

 会場では奏楽団の絢爛たる調律が響き渡り、宮廷召使いは銀食器を抱えて朝から大忙しである。

 その正式な開催時刻まで、残り十分を切っていた。


 当のアンジェリカ本人は、式典へ向かう最中の廊下を歩きながらベネットと会話をしていた。

 その衣装は既にエザーテイル家に馴染みの金色と白を基調とした花嫁姿であり、長い髪も後ろに結び留めている。


「いい? もしも私が家出のヘマをした時を考慮して、アナタは私の近くにいちゃダメよ。危なくなったら迷わず私を切り捨てなさい。何も知らなかったと言い張るのよ」

「アンジェリカ様がヘマをするなんてあるわけありません。もしも! 仮に! 万が一の時は! 地獄の果てまでお供致します」

「縁起でもないことを――」


 言葉を言い切るより先に、ベネットが勢いよく抱きついてきた。

 突如密接する相手の体温と存在感に驚きながら、アンジェリカは聞き返す。


「……ベネット?」

「……わたしは……他人に石と暴言を投げつけられても、ただ泣いてるばかりでした。だからこそ、どんなに心にヒビ入っても、自分の人生を諦めないあなたが大好きなんです……」


 もう二度と会えなくなってしまうかもしれない。今生の別れとなるかもしれない。その恐怖が抑えきれなかったのであろう。

 アンジェリカは右手にいっぱいの優しさを込めて、彼女の頭を撫でた。


「私もアナタから、これ以上ない勇気を貰ったわ」


 涙目のベネットと視線を繋ぎ、にっこりと笑顔を作って見せる。


「行ってくるわね」


 そうして、最愛の従者を廊下に残し、運命の祭典たる大扉の向こうへ歩みを進めた。


***


 会場の大広間は、玉座の間と同様に純金と白に満たされていた。

 壁一面に飾られたタペストリーは歴史の重みを醸し出し、天井に埋め尽くされた神話の天井絵は理想の高さを描いている。

 立ち並ぶ周囲の人間から好奇・冷淡・軽蔑の視線を向けられる中で、アンジェリカは部屋の中央に辿り着いた。


「君が、アンジェリカ・リリス・エザーテイル嬢かな?」


 声をかけてきたのは、大帝が用意した婚約者、エルデバル侯爵。髭を逞しく生やした齢三十七の貴族。

 彼の詳細を知るアンジェリカは嘲笑の言葉を向ける。


「ええそうよ。お初にお目にかかるわエルデバル・サーヴェイン侯爵。億単位の金額に昇る汚職と、元奥様に暴力を振り続けた結果夜逃げされて没落寸前だとか。お互い世間の邪魔者ってわけね」


 あまりにも直球な罵倒にエルデバルは眉間に皺を寄せ、鋭い眼差しでアンジェリカを睨み返した。


「お前のような(すす)けた女を拾ってやるんだ。仮にも王族なら感謝の念くらいはないのか?」

「おあいにく様、私は白馬に乗った王子様に夢抱くようなロマンチストよ」


 ほんの少し。砂粒程度には大帝の用意する相手がまともな可能性を期待してみたかったが、そんなものは最初から捨てるべきだったのだろう。

 アンジェリカの不遜な態度を見かねた宴席の各貴族、親族たちが罵声を飛ばし始める。

 吹き抜けの二階に鎮座するギルフォード大帝もまた、アンジェリカを見下しながら言葉を投げかける。


「聞き分けのない者に育ったようだな」

「育てられた記憶が薄いもの。父上に言う資格はないでしょう」


 この空間の中に、望むべきものは何もない。

 後ろに結んでいた髪を解き、ロングヘアへ舞い戻る。


「やっぱり私には、豪華絢爛(ごうかけんらん)なんて彩色は似合わないわね」


 諦めを吐き捨てるように、アンジェリカは足元に漆黒の魔力を濃く練り上げた。

 泥の如き黒い水が勢いよく立ち登り、アンジェリカの全身を覆い隠すと、身につけていた金白のドレスは跡形もなく再形成される。

 すぐさま黒水は蒸発し、顕れたのは普段から愛用するゴシックドレス。

 白と呼べるものはほぼない純黒の造り。細い両脚は足先から静謐な黒タイツを塗っており、動きやすいショートブーツを履いている。

 髪から足までを“黒”に染め上げる中で、振りかざす眼差しは真紅の眼。


「家出という不躾なやり方は、あまりしたくはないのだけれど」


 その単語に周りの視線が鋭くなる。ざわめきが波のように駆け巡る。

 アンジェリカ自身は、したくないだなんて、心にも無いことを言ったものだと内心で自嘲していた。


 ――今こそが人生最大の演目。この舞台の主役なのだ。


「ではここに、盛大なる喝采を」


 アンジェリカは右手を天に掲げ、黒紫色の魔力の炸裂弾を生成。躊躇いなく天井に撃ち放った。

 神話を描いた天井絵は砕け散り、衝撃波が複数のシャンデリアを粉々に破壊する。

 舞い落ちるガラスの破片。女性貴族が上げる悲鳴。湧き上がる動揺の数々。

 すぐさまアンジェリカは闇魔術による魔導陣を展開。

 二十四の小型魔導陣が連続展開し、カラスとコウモリの眷属が出現する。

 宴席たちの命を奪う気はない。だが、騒ぎの引き立て役として盛大に阿鼻叫喚を歌ってもらう。


「叛逆者を捕らえよ! 黒き魔女に裁きを下すのだ!」


 ギルフォード大帝の怒号が飛び、近衛兵と護衛用に備えられていた魔導傀儡兵たちが一斉にアンジェリカ目掛けて飛びかかる。


 最初に飛び込んできた近衛兵が振り下ろす剣を、アンジェリカは軽やかに一歩退き、わずかに空けた距離に交わす。

 続く連撃を踊るように避けながら、背後の人間から放たれた雷撃魔法・氷霜魔法はドス黒い瘴気を巻いて完全無力化。

 小型魔導陣から八本の鎖を高速錬成し、周囲の近衛兵をがんじがらめに拘束する。

 一級の戦士であろうと、アンジェリカには蠅を追い払うのと相違ない。


 次に襲いかかってきたのは魔導傀儡兵――重厚感のある銀色の鎧に、操縦者の魔力を刻まれた魔晶石を核とする兵士。

 腕が四本あり、武器を持つ手が二本、背中から伸びる追加の二本腕には属性魔術を放てる刻印を施して手数の多さを誇っている。

 アンジェリカの半径二メートルに人形たちが立ち入り、各々の武装と魔術で攻撃を開始しようとする。

 刹那――屈強な鎧は突如現れた黒い“線”によって胸部が貫通された。

 布にまち針を通すかのように容易く行われる行為。

 それはアンジェリカの影から伸びる糸。影糸が一瞬にして核を破壊したのだ。


 更に追撃として、手元に魔導陣から蛇腹剣を取り出し、一振りで近遠の傀儡兵をバラバラに切り裂く。


 破滅のオーケストラが鳴り響く中で、彼女は壁に向かって走り出した。

 左手に魔力を一気に集中させ、目の前にかざすと同時に、黒紫色の斬撃を撃ち放った。数にして十二。

 鋼の剣など棒切れに思えるほどに鋭利な魔力斬撃の嵐は、歴史あるタペストリーごと強固な城壁を粉微塵にし、アンジェリカは城外へ飛び出た。



 十メートル以上ある高さにより風と重力に抱きしめられながらも、闇魔術による身体強化を受けている身体は無事着地を成功させた。


「ふぅ……」


 軽く息を吐き、目の前には様々な花を愛でた庭園が広がっていた。最終目標はこの先にある。

 美しく華やかな花の群れ。咲くたびに誰かを喜ばせ、人々に愛されるそれらを通り過ぎ、駆け続けた足は目標地点にて止まる。

 庭園と外の境界に張り巡らされた薄い水色の結界。ドーム状にこの城を取り囲み、アンジェリカのみが外に出ることを禁ずる。

 さながら、鳥かごのように思えた。

 それに向けて蛇腹剣を振るうが、衝突と同時に蒼い電撃が走り、結界はビクともしないばかりか、逆に武器の方が一瞬にして破壊されてしまった。


「流石に、こんなおもちゃじゃ無理ね」


 納得といった物言い。悲観はない。


「やはり、大型の召喚獣を呼ぶべきかしら」



 アンジェリカはこの十七年で自身の闇魔術の内容を把握し、分かりやすい名称を付けていた。

 “純獄開錠”

 概念を実存に書き換えていく「召喚魔法」系列の中でも最高クラスの代物。

 自身の内なる世界で不完全に漂う想像生物や武器へと魔力を吹き込み、現実世界への輪郭を与えることで顕現が可能だ。

 先刻のカラスやコウモリ、鎖や蛇腹剣ならすぐに出現可能だが、大型召喚獣ともなれば言霊を込めた詠唱が必要となる。


 それをしようと思い立った時、背後から気配を感じた。振り返るとそこにはギルフォード大帝と武闘派の貴族、親族たちがいた。


「あら、意外と来るのが速いのね」

「お前が遅いのだ。何もかも、考えもな」


 ギルフォードの言葉が空気を切り裂く、彼の金色と白色が共存した魔力が迸り、吹き荒ぶ粉塵が戦場の様相へアンジェリカを誘う。

 そしてギルフォードは、十五メートルを超える巨大魔導陣を頭上に展開し始め、彼を大帝へ押し上げた最大要因である召喚魔法を発動する。


「“永き光を我が元に

 果てなき黄昏へ祈りを捧ぐ

 宵を記した夢の器よ 今ここに顕現せよ”!」


 召喚詠唱を得て魔導陣は燦然と煌めき、電光が空間を撫で付ける。


「第七神聖龍――ファフニール!!」


 真名を授けられた存在は現実への輪郭を纏い、轟雷を纏う金色の龍が顕現した。

 これこそがギルフォード大帝の切り札。

 召喚に対して周りの貴族たちは驚愕と称賛を一斉に色めき立つ。


「これがギルフォード大帝の最強召喚獣か……!?」

「この圧倒的な気迫、もはや叛逆者の魔女など相手になりませぬな!」


 ギルフォードとアンジェリカには、彼らの言葉は耳に入らない。

 ファフニールは咆哮を上げ、凄まじい衝撃が空気を轟き、アンジェリカの髪が強く揺れる。

 一国の主として十二分な潜在能力の解放を前に、アンジェリカは慈しみの表情で問いかける。


「ねぇ……お父様。幸せって何かしら?」


 相手からの返答はない。


「私は別に、この箱庭での生活の何もかもが嫌いってわけじゃなかったわ。大好きな本を読んでるだけで時間と知識欲は満たせたし、ベネットとのお茶はいつだって美味しかった。誕生日の時ならアナタも願いを聞いてくれる時があった。でもね、“現状維持”という最低限の望みすらも叶わないなら、私の人生って意味があるのかしら?」


「元より意味はない。私にとってはお前も他の子も、使える時に切るカード、ただそれだけだ。道具が無駄なことを考えるな」

「なら、切り方を間違えたのね」


 見解の相違を改めて感じ取り、アンジェリカは視線を結界に向ける。


「アナタはこれを私への“檻”として作ったのでしょう? でもね、今の私からすればこんなもの、窓や扉と相違ないの」


 ――だから、ここで全てを終わらせる。


 アンジェリカの周囲に(おびただ)しい出力の黒い魔力が輝きを放ち始めた。

 頭上の遥か先に、二十メートルを超える巨大な漆黒の魔導陣が紋様を刻み始める。


「“枯れる事なき闇の奔流

 渇くほどなき光の鼓動」


 口上の開始と同時に周囲一体の空気が塗り変えられた。

 彼女の心象は現実との境界を捻じ曲げ、神話の一端を呼び覚ます。


「崩れ、揺らぎ、移ろい狂う

 虚無の唄へと祈りを呪う

 遥かなる空に嘆き響かせ

 愚かなる夢に 断罪を”!」

 

 溢れ出る紫電は空を走り、奇蹟は影へ色付いていく。そして——


「純獄開錠・第七召雲!

 神影龍王――バハムート!!」


 真命を受け止めた影は絶対なる黒龍へと生まれ変わり、大翼を広げて雄叫びを上げた。

 嵐の如き龍の咆哮。厳格を纏う畏怖の本懐。その他と呼ぶべき全ての命が、眼前の光景に魅入っていた。

 そして天を支配する龍へアンジェリカは、金色の龍とその先の結界を見つめながら攻撃命令を下す。


「エルゼリア・レーゲン」


 発動の許しを得たバハムートは口元に純白の魔導陣を展開し、自身だけでなく大気中の魔力を集約させ、極撃のビームにしてファフニールへ放射した。

 速すぎる攻撃スピードと攻撃範囲から逃れられなかったファフニールは質量の乱気流に押し潰され、耐える間も無く消滅。そのまま有り余る勢いで結界にビームが到達した。

 結界が衝突部に絶大な出力をぶつけられた事で大地震のような振動が巻き起こり、僅か数秒で天井部がヒビ割れ始め、ガードしきれずに破れ裂く。

 穴を開けられた結界はシャボン玉のように一気に砕け、破片が雪のようにゆっくりと落ち始めた。

 そして、太陽の光がアンジェリカを照らし出す。


「やっぱり、青空とお日様が一番ね。アナタもそう思うでしょう? お父様」


 周囲の貴族たちが事態に追いつけない表情をする中で、ギルフォードはただ静かに目を閉じた。

 バハムートが旋回して主の元へ舞い戻り、そのままアンジェリカはジャンプして背に乗った。

 そして彼女は、城のとある一角へ飛行し、その天井を黒龍の爪で丁寧に破壊した。

 約束をした人の姿があった。


「うわぁっ! ……アンジェリカ様!?」

「待たせたわね。今日はとってもお散歩日和な良い天気よ」


 軽い口調と共に、バハムートをベネットに向けてギリギリまで接近させる。

 これまで見せたこともない強大なアンジェリカの力を前に、ベネットは少し自信がなさげのようだった。


「アンジェリカ様。わたしはこれからもずっと、あなたのおそばにいてもいいのですか?」

「当たり前じゃない。私の家族はただ一人、アナタだけよ」


 右手を伸ばし、決意を宿した瞳で呼ぶ。


「私が死ぬまでの永遠を、共に生きなさい! ベネット・クルーガー!」

「……はい! これからも、お供させていただきます!」


 満面の笑みを咲かせるベネットを引き上げ、バハムートは箱庭を飛び立つ。

 未練も迷いもない。初めての“外”へ一気に加速して突き進んだ。



 瞬く間に景色は平原を越え、海を目の前にして二人ははしゃいだ。


「わぁ、海ですよアンジェリカ様! このドラゴンの子とっても凄いです!」

「青空と重なると、一面真っ青なのね。ふふっ」


 黒龍は翼を広げて、主達を未来へ導いていく。

 アンジェリカは大好きなその髪を靡かせながら、遠い先へ目を輝かせていた。



「長いお散歩になりそうね」



 これは、小さな箱庭で蔑まれた黒き令嬢が、大いなる世界を手にする話。


お読みいただき、誠にありがとうございます。

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