第二話 最愛たる従者と決意
「ベネットぉー……最悪な宣告をされたわぁ……」
自室のソファで意気消沈と溶けかかっているアンジェリカ。
彼女専属の宮廷召使い、ベネット・クルーガーは慌てて対応しようとする。
「アンジェリカ様!? 一体どうしてしまったんですか!?」
「幼なじみのシャリオとの婚約、父上に破棄されたのよ。最悪だわ。終わりだわ。私のこと差別しない外部の人って彼くらいだったのに……」
玉座の間での冷静な態度とは一転。ひたすらに溜まり切ったものを吐き出す。
ベネットの前なら泣き言も慟哭も全て曝け出せた。
宮廷召使いの中で魔術成績が悪く、身長と自己肯定感の低いベネットもまた他の召使いからの差別対象であり、行き場のない彼女の辿り着いた先がここだった。
虐げられる辛さを知る者同士、お互いの存在を大切にしながら何年も支え合って生きてきたのだ。
「男の人は星の数ほどいます! アンジェリカ様の美しさと心意気を認めてくださる方だってきっといますよ!」
「もう私、ベネットと結婚したいわ……」
「えぇ!? わたし達女の子同士だから無理ですよ!?」
「国と時代によっては許されるらしいわ。まあ、アナタこそ、いつか良い男見つかるわよ」
ソファの背もたれから身体を戻すと、アンジェリカの髪は心を映すようにボサボサに変わり果てていた。
見かねたベネットは金色の櫛を取り出し、アンジェリカの髪を丁寧にとかしていく。
「……わたしは、姫様の黒髪ってすごくカッコいいと思いますよ。静かな夜をそっと宿したみたいで。それに世界に一人の個性なんて、まさにオンリーワンです!」
ベネットの声は純粋だった。世辞も打算もない。素直な心が語りかけていた。
長い黒髪と金色の櫛の共存が、夜に浮かぶ月のように思えてとても気に入っていたのだ。
「もしかしたら、次に決まる結婚相手は超イケメンの優しい人かもしれませんよ」
「……あの父親にそんな気遣いがあったら、私はほんの一歩くらい、この城の外を歩けたわ」
アンジェリカの諦めの視線は窓を捉え、その先に広がる城と庭園、更なる先の青空を見つめた。
少し目を凝らしてみれば、庭園の境界に薄い水色の結界が張られているのが分かる。
アンジェリカのみが外に出られない国家規模の特殊施工結界。これによって彼女は生まれた時からずっと、この箱庭に閉じ込められている。
十年ほど前の幼き日、無理やり抜け出そうと結界に触れた時には全治三ヶ月の大火傷を負った。
この鳥かごの中で嫌われながら生きていく。それがアンジェリカに定められた立ち位置だ。
***
その日の夜、柔らかな月明かりが薄いカーテン越しに差す中で、アンジェリカは眠れずに自身の存在を振り返っていた。
アンジェリカ・リリス・エザーテイル。齢十六。
本来黒髪が生まれないこの世界で、唯一その髪色を持って生を受けた存在。
母親のお腹にいる時から予言師・占い師たちが口を揃えて「今ある世界を壊す黒き魔女」だと言われ続け、父の反対も重なる中で、母は全てを振り切って産むことを選んだ。
そして国民に慕われていた女王たる母は、出産の際に命を落とした。
最愛の妻を亡くし、哀しみに暮れる父王は感情の矛先をアンジェリカに向け、今日まで虐げられている最大の要因となっている。
だがそんなこと、言われたって困る。
別に嫌われたくて生まれたわけじゃない。
皆に慕われるお姫様になりたい。
アンジェリカは身体を起こすと、隣でベネットがすーすーと静かな寝息を立てていた。時々甘ったるい寝言も混じってる。
「あんじぇりかさまぁ……だいすきですぅ……」
安らかなベネットの姿に笑みを向けてから立ち上がり、カーテンと窓をそっと開いた。
冷たい夜風が頬を撫でて、闇染めの髪がたなびく。
夜空を見つめる瞳の色も漆黒色。だが、この色だけは変えることができる。
それは――内に秘める魔力を行使する際に巻き起こる。
アンジェリカはペン回しのような手慣れた動作で、右手に魔力を練り上げてブラックダイヤを作ったり、すぐさまルビーへ再変換するという暇つぶしをした。
手持ちの物が奪われ続けた結果、自力で物体を生成できるようになっていた。
この時、瞳の色が紅へ塗り変わる。
この力の真髄は確かに魔女の名に相応しいかもしれない。
アンジェリカの思い入れと愛着次第で様々なものが生み出せる。
伝説に記された獣すらも、召喚することは容易に可能だ。
天然と見紛うルビーも手品師のように消滅させ、指で軽く輪っかを作る。
そこにふぅーっと息を吹くと、虹色を宿したシャボン玉が幾つも風に乗っていく。
「……もっと早く決めるべきだったのかしら」
正直を言うなら、十四歳になった辺りから結界の破壊はできるはずだった。魂の感覚で分かる。
だが過去に死にかけたトラウマも重なって踏み出すのが怖かった。
生きることが、怖いのだ。
しかし……好きでもない相手を勝手に用意されて、周囲から蔑まれ、狭苦しい世界で暗く澱みながら死んでいく。それは人生と呼ぶには寂しすぎる。
指折り数えて哀しみを積むのは、もうやめよう。
天より賜った呪われし“黒”を、唯一無二の奇跡だと声高に歌えるのは自分だけなのだから。
「……うーん……アンジェリカさま……? どうしたんですか?」
物音のせいかベネットを起こしてしまったらしい。しかし悪びれるよりも先にアンジェリカは、心に決めたことを告げる丁度良い機会と捉える。
「決めたわ、ベネット」
月光を背に、決意を宿した真紅の瞳は微笑む。
「来週の誕生日パーティー、私は自分自身への誕生日プレゼントとして、めっっっちゃくちゃな“家出”をしてやるわ!」
そうだ、盛大に壊してやろう。
あの傲岸不遜なる大帝に赤っ恥をかかせて泥を塗ろう。
押さえつけられたこの人生に、眩い輝きに満ちた闇を――
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