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 終礼が鳴った。

 部活に向かう生徒を横目に、浦部と目を見合わせスマホゲームの起動画面を見せ合い、「やってくか?」「でもなぁ」とアイコンタクトをしたが、教室に向かって走ってくる誰かの足音が聞こえたので、察した俺達はスマホをそっと机に置いた。


 飼い主を見つけた犬のような笑顔で2年の教室にやってきたのは――かりんだ。

 今朝ぶりだが、やはり可愛い。もう学校一可愛いな。異論は認めない。

 なんか髪の毛巻いてる? しっかり見たわけじゃないけど、今朝こんなじゃなかったよな。手には体操服の入った袋――今日は体育があったのか。かりんが運動するとこも見てみたいな。たぶん何やっても様になるんだろうなぁ、俺と違って……。


「せーんぱいっ!」


 ぴょんと教室に入ってきたかりんは、他には目もくれず俺の席にやってきた。

 浦部は「やれやれだぜ」なんて呟いているが、まんざらでもなさそうな顔である。昨日と今朝、合わせても数分しか関わっていなくとも、彼女が自分たちをオタクというだけで嫌わないような性格だと理解したからだろう。


「おう」

「お昼、どうでした?」

「旨かった。天才だ。店持てるぞ」

「いや褒めすぎですって。店は持ちません。……でも、満足頂けたようで何よりです」


 少しだけ頬を赤らめたかりんに、弁当箱の入ったポーチを返そうとし、いやこれは洗って返すべきなのか? と今更な疑問を抱いているうちにポーチごと強奪された。

 どうやら洗うところまでセットらしい。至れり尽くせりとはこのことか。まぁ俺が持って帰ったらどうやって翌日の弁当入れるんだって話にもなるしな。


「かなり手込んでたけど、本当に良かったのか?」

「あ、はい。前から自分と妹の分も作ってるので、大した負担じゃないですよ」

「あー……妹さんは弁当持参の中学か」


 かりんはコクリと頷いた。めっちゃ良いお姉ちゃんじゃねえか。なんで嫌うんだろうな妹ちゃん。……血が繋がってないからか。まぁそうか。多感な年頃だしな。

 やけに弁当を作り慣れてると感じたのは、正しかったのだ。

 しかし部活をやってたとなると、朝練とかあったろう。俺はしたことないから知らんが、それで弁当まで作るとなると、相当な早起きが必要になりそうだが――


 かりんは意外なことにすぐ外に連れ出そうとせず、空いた近くの席に座って荷物を置いた。ここで話していくつもりのようだ。

 机に置かれた二人のスマホに同じゲームの起動画面が表示されており、それを見たかりんに「二人とも同じゲームやってるんですか?」なんてオタクホイホイな質問をされ、今日一テンション高くゲームの説明を始めた浦部に、「うんうん」と聞いてるのか聞いてないのかも分からない相槌を打つかりんを見ていると、――近づいてくる男子生徒の姿。


 ――日下部だ。


「燧さん」

「なんですか」

「……昨日は悪かった」

「はぁ」

「…………それだけだ。話し中悪かったな」


 頭を下げると、日下部は去っていった。

 それを眺めていた男子は困惑した顔をしている。諦めずナンパでもすると思ったのだろうか。正直ちょっと思ってたよ。でもたぶん、謝るべきところでちゃんと謝れるあたりもイケメンなんだろうな。知らんけど。

 当のかりんは日下部のことなんて秒で忘れたか、こちらを見て小さく頷いた。よく分からんが頷き返す。「ほら大丈夫だったでしょ?」なんて言いたげな顔だ。うーん、すごいぜ鬼瓦先輩。


 そのまましばらくゲームの話をしているうちに、教室に残っている生徒は俺達だけになっていた。部活がないなら帰るか外で遊ぶかするからだろう。

 静かになった教室の窓から、グラウンドで部活に励む生徒を眺める。

 ――かりんも少し前までは、あちら側に居たのだ。名残惜しいところもあるだろう。いやバレーは室内競技だろうけど。


「あ、そういえばクラスの柏原が」

「部活戻れって言ってるんですよね?」

「……あぁそれだ。退部届はまだ受理されてないんだと」


 明らかに落胆した顔をしたかりんは、「はぁ、」と小さく溜息を吐く。


「いやまぁ、先生の態度からしてそんなことだろうとは思ってましたけど、戻る気はないですよ。やりたいこともできましたし」

「そうなのか?」


 やりたいこと見つかるのは良いことだよ。まだ高校1年生、青春真っ盛りだしな。お先真っ暗で灰色の人生送ってるオタクとは違うんだよ君は。いつでも日の光の下に出られるんだぞ。

 かりんは何を言うでもなく、にぃ、と目を細めて俺を見た。浦部は「あまずっぺぇ、あまずっぺぇよ……」なんて呟いてる。


「帰りましょうか」

「……そうだな」


 夏の夜は長いが、そう長く教室に居る理由もない。

 話すだけならいつでもできるし、なんなら会話といってもかりんはほとんどリアクションしか取っていなかったのだ。オタクのオタク話とか陽キャであるかりんにはなんの面白味もないはずなのに、にこにこ笑顔でずっと話を聞いていた。

 そんな態度だったら、そりゃ俺も浦部も喋っちゃうよ。コミュ力すげえなあ。


 教室を出、校舎を出ると浦部がすっと消えた。別れの挨拶も無しに、と思ったか、かりんが「あ、」と声を漏らすが、校舎を出る頃には後ろから自転車の音。自転車通学の浦部だ。


「トモナリさん、自転車通学なんですね」

「そう、丹下には出来ないが俺には出来る、そう自転車の二人乗りがな――ッ! 乗るかい?」

「いえ結構です」

 即答である。


 いや浦部もよくやるよ。答え分かってただろ。っていうか二人乗りは校則違反だ。

 ちなみに俺も自転車を持っているが、登下校には使えない。駅前の自転車置き場の混雑緩和策として、学校から何キロ以内の登校は自転車通学不可と校則で定められており、自宅から一番近い公立高校を選び徒歩圏内な俺もそのルールに抵触してしまっているのだ。悲しきかな。


 その点、普通ならば電車に乗る距離に自宅のある浦部は自転車通学である。電車に乗らないのは節約とかでなく、浦部の身体能力ならば自転車に乗った方が速いからなのだ。

 ぽっちゃり系にしか見えない浦部の自転車は、籠すら付いていないスポーツタイプ。当然ママチャリについてるようなリアキャリアはないし、二人乗りをする時に使うであろう足の置き場もない。それでどうやって二人乗りする気なんだよ。浮けってか。無理だろ。


「じゃあまた明日!!」


 いつもの100倍くらい元気に別れの挨拶を告げた浦部は、ぐい、とペダルを踏み、あっという間に視界から消えていった。いつもなら「じゃ」「おう」くらいなのに。


「ああゆう自転車乗ったことないですけど、速いもんですね」

「あー……浦部が速いだけだ。というかあいつ、ああ見えて体力テストかなり良いんだよ」

「筋肉質だなー、と思ってましたけど、やっぱりそうなんですね。先輩と違って」

「そう、俺と違ってな……」


 身長は160cm弱、しかし体重は80kg以上ある浦部は、一般的には小さいデブに該当するだろう。

 ――だがその実、贅肉はほとんどない筋肉質。チビではあれど、デブではない。肉の付き方が力士のそれで筋肉の外側を贅肉が覆っているため、見た目だけ太って見えるのだ。


「スポーツは苦手でも、身体能力は高いタイプだな。筋トレ好きによくいる」

「……先輩みたいなインドアな人ってみんな身体動かすの嫌いと思ってましたけど、そういうんじゃないんですね」

「オタクって言わないの優しいな。言って良いんだよ……」

「なんか蔑称みたいに聞こえますし……?」


 そうか、陽属性のかりんにとって、『オタク』は蔑称なのか。なんなら俺達は自称してるからそんなつもりはないが、確かに自虐的意味が込められていないでもない。

 とはいえ、浦部はだいぶ特殊な事例だ。高校や身近なところに居るオタク友達で浦部みたいなタイプは他に居ない。あれで特に理由なく(モテたいという目的はあれど)筋トレしてるっていうんだからよく分からん。

 でも趣味ってそういうものだよな。一般的でない趣味なんて、同好の士以外には理解されないものなのだ。

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