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「……おい」

「なんだ。やらんぞ」

「いや俺が食うと華凛ちゃんが悲しむから食わん。……だから今はっきりと殺意を送ってる。腹壊せ」

「やめろ……」


 昼食の時間。かりんから渡されたポーチを開くと、可愛らしいキャラものの弁当箱が入っていた。

 二段重ねで、開けてみると――下段には、小ぶりなおにぎりが3つ。上段には色とりどりのおかずがこれでもかと詰め込まれていた。

 ありあわせと言ったが、こんなに色んな種類の食材は普通の家の冷蔵庫にあるのだろうか。自炊しない家庭で育った俺には分からん。


「ミートボール……」


 真っ先に目についたそれに箸(これまたキャラものだ。女子中学生が好きそうなやつ)を突き刺し考えてみると、ミートボールなんて、コンビニの総菜コーナーとかにあるチルドのものしか食べた記憶がない。だがそれは記憶にあるそれより随分と大きい。


「…………マジで手作りか」

「みたいだな」


 恨めしそうな目でプロテインバーを齧っていた浦部に溜息を吐かれるので、奪われる前に口に放り込む。――「おぉ、」と声が漏れた。加工肉のような不自然な食感とは全く違う、肉のみで作ったハンバーグのような肉肉しさが、口の中にじゅわりと溢れてくる。

 味付けは醤油をベースとしているらしい。ソースがかかっていないように見えたので少し心配だったが、どうやら焼いた後にタレの上を転がすように炒めたようだ。焦がし醤油の香ばしさが鼻を抜け、暖かくない弁当ということを忘れさせるほどの味わいを感じさせた。


 口の中に肉が残っているうちにおにぎりを頬張る。少しだけ硬めに握られたおにぎりの中身はおかかで、そういえば自分で意識してコンビニで買うことはない具材である。

 甘辛い味付けは少しだけ塩味を感じる米との相性も抜群で、海苔はしっとりしてもしっかりと米をホールドしてくれるいぶし銀。


 次いで選んだ食材は、――揚げ物だ。こちらにもソースはないが、さてお味は。


「……海苔塩!」


 一瞬で、脳裏に浮かんだポテトチップス。――そう、このフライは海苔塩味なのだ。


 脂身の少なさから、部位は恐らくささみ。淡白でありながらも飽きを感じさせない海苔塩味は、ソースなど不要と言わんばかりに米を進ませる。

 肉系のおかずはこの二種類。ほかは弁当ではよく見るが自分で作るのは絶対避けたい高難度料理卵焼きに、ホウレンソウの胡麻和え、レンコンの煮物。きっと栄養バランスをよく考えているんだろうな、と普段食べない食材に舌鼓を打った。


 ノンストップで食べ進め、5分もかからず完食。いつもはスマホゲームをしながら15分くらいかけて菓子パン2つを食べているのに、スマホに触れる暇すらなかった。


「……うまかった」


 コンビニ弁当を温めず食べてもこうはならない。つまりこれは、冷めた状態で食べることを想定された、正しき意味での『お弁当』なのだ。

 昨日今日料理を覚えた者ではこうはなるまい。きっと、前から作っていたのだろう。料理が出来るというのは嘘ではなかったのだ。


 しかし、かりんが家でどんな生活を送っているか、想像出来ない。優しい義理の両親が居ると言っていたが、両親が居たら弁当はそちらが作るのではないだろうか? それとも弁当は作らない家なのか、どうなのだろう。

 義理の妹は2個下と言っていたから、中学2年生か。給食のところもあるが、弁当持参の中学だってある。そうなると、――うん、わからん。今度聞こう。


「感想を言え。140字以内で」

「率直に言うと、旨い。あとなんか手慣れてる印象を受けたな。少なくとも普段から料理してないとこういうものは作れないだろう。だから俺の分だけ作ったわけではないと思う」

「……そうか」


 どこか思い詰めた顔をした浦部は、何かに気付いたか「あ、」と声を漏らす。


「土下座すれば俺にも作ってくれたりするのか……!?」

「やめとけ」

「何故だ! 止めるな裏切者め!!」

「俺も頼んでるわけじゃないからな。かりんの性格から考えると、頼めば浦部の分も作ってくれるかもしれないだろ」

「だから頭下げようってんだろ!! 女子の手料理を食べるというこの機会を逃す手はないッ!!」

「後輩を振り回すなよ……」

「どの口が……ッ!!」


 ところで浦部の昼食は、プロテインバーが一本、水道水を注いでジャカジャカ振って作ったプロテインドリンク、――以上だ。ダイエットとかではなく、昼食はいつもこんな感じである。それなのにどうして太ってんだろうな。


「あれか、タイムリープが必要なのか……!? 過去編から好感度上げておかないといけないタイプのキャラクターか……!?」


 ぶつぶつと呪文のように唱える浦部に、耳打ちした。


「……昨日の対応、見たろ」

「……あぁ、クッソ塩対応だったな」


 二人して日下部の方を見、小声で言い合った。

 ところで日下部は、昼食の時間に至っても俺のところには寄り付かない。時折こちらを見ている様子はあるが、話しかけてはこないので気にしないことにした。

 朝のような恨みのこもった視線で見られることもない。となると、本当にもう怒っていないのだろうか。一体何したんだよ鬼瓦先輩。


 そして話題もひと段落、二人でいつものスマホゲームを起動すると、一人の女生徒が席に近づいてきた。

 えっと、――柏原だっけ。話したことはない。陽キャだ。短髪の、いかにも運動部っぽいクラスメイト。何部かは知らん。


「……丹下くん」

「なんですか」

「燧さんのことなんだけど」

「……幼馴染です。それ以上でも以下でもありません」

「そんな感じには見えなかったけど……あの、お願いがあるんだけど」


 こんな畏まった女子だったろうか。いや話したことはないけど、クラスではもっと輪の中心に居るタイプの、がさつな女子という印象だった。

 柏原のそんな態度には浦部も疑問を抱いたようで、怪訝な顔をしている。


「俺じゃなくて、本人に言えば良いんじゃないですか」


 敬語。それも早口。目は絶対合わせない。オタクが陽キャと話す時なんてそんなもんだ。俺や浦部が自然体のまま話せるかりんがおかしいのである。聞き上手カンストだよ。


「……もう言ったの。でも、聞いてくれなくて」

「部活のことですか」

 柏原は、コクリと頷いた。


 あぁ、そういうことか。というか、日下部のような軽い男でなく、女、それも運動部で他学年の女生徒がかりんに用事があるとしたら部活関連しかないということくらい、ちょっと考えれば分かる。部活でもないと後輩と関わる機会なんてないもんだ。


「引き留めとか、そういうのですか。でももう退部したって聞きましたが」

「……退部届は、まだ受理されてないの」

「へぇ、そういうのって出されたその日に受理されるもんだと思ってました」

「…………」


 煽りに行ったつもりはないが、どうやらそうなってしまったらしい。柏原から、一瞬だけ怒りの色が見えた。だがすぐに落ち着き、口を開く。


「顧問の木出先生も、落ち着いたら戻って来て良いんだぞって言ってたって、伝えておいてくれる?」

「別に、伝えるくらいなら良いですけど……」


 まぁ、かりんの性格から考えたらこうなるだろう。

 ――恐らく、かりんを嫌っているのは部員の中でもごく一部なのだ。それも恐らく、エースを奪われたという上級生とそのお仲間といったところか。


 まだ2年の柏原にとってのかりんは、可愛い後輩で、新たなエースでしかない。それにかりんの人当たりからして、大多数に嫌われるような行動はとらないだろう。

 そうなると、顧問も部員も、怒りの熱が冷めれば戻ってくるはず――、そんなことを考えているに違いない。だから退部届を受理しなかったのだ。


「ただ、説得するつもりはありませんので」

「どうして!?」

「辞めたのはあいつの意志でしょう。あぁ、でももしかしたら来年とかになったらひょっこり戻ってくるかもしれないですよ」

「……本当に?」

「さぁ、適当言ってるだけです。何せ再会して二日目なので、部活が一緒の皆さんの方がよく知ってるんじゃないんですか」


 そう伝えると、明らかに嫌悪の感情を向けられた。

 ――まぁ、今更クラスメイトの一人や二人に嫌われたところで何も気にならない。既にほぼ全員に嫌われてるだろうしな。


 俺の知ってるかりんは、小学生の頃の全く喋らないかりんと、昨日一日話したかりんだけ。会話の回数自体は4月から9月まで同じ部活に居たバレー部の部員の方が多い。

 でも、かりんが考えていることはなんとなく分かる。通じ合ってるとかじゃない、良くも悪くも、かりんは()()()()の動きをするからだ。

 かりんはきっと、部員たちに怒っているわけではない。ただ、失望しているだけ。部活の話をするとき、そんな目をしていた。だから、誰の悪口も言わなかったのだ。


「じゃあ、伝えたからね」

 それだけ言うと、柏原は友達の輪の中に戻っていった。


「サイテー」

「対応クソすぎ」

「マジなんなの?」

 なんて女子たちがわざと聞こえるように話しているのを聞いても、別になんとも思わない。仲良くなりたいわけじゃない相手に嫌われたところで、無関心と然程変わらないから。

 幸いにも虐められるようなことはないし、陽キャの男子にからかわれる程度――なら、こちらも無関心を決め込めば、心穏やかに生きられる。


「丹下」

「……なんだ」

 浦部は、ぐ、と親指を立てて頷いた。よく分からんが満足したらしい。何にだ。

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